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今年もあの日がやってくる

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 もうずっと昔の話だ。
 当時小学校の低学年だった僕は、好きだった女の子に小さな嘘をついた。この歳になるまで、色んな嘘をついてきたし、それについていちいち憶えてはいないけれど、記憶している限りでは最初の嘘だ。

 いつもとかわらない学級の光景に、なんとなくウキウキとした、それでいて厳かな、なんとも言いようのない雰囲気が漂う時期がある。普段は男子と女子の二つに分かれて交わることの殆どないグループが、この日だけは一つの関心事に集中する。一年にいちどのバレンタインデーを直前に控えて、男の子と女の子はまったく別の感慨を抱きながら、同じ空気を共有していた。
 仮にヨーコちゃんとしておこう。
 オーバーオールの似合う、活発で髪の長い女の子だった。スポーツが得意とか、勉強ができるとかお洒落だとか、そういうめだつ存在ではなかったように思う。ただ、誰にでも気さくに話しかけることができる女の子だった。
 前の年の春に、北海道から福岡に引っ越してきた僕は、そろそろ一年がたとうというのに、まだクラスになじめずにいた。お調子者だった性格はなりをひそめ、いつも教室の片隅で静かに本を読んでいた。みんなと一緒に遊びたいのに、なんと言って仲間に加わればいいのかわからない。そんな悩みを抱えてウジウジしていた僕にとって、ヨーコちゃんの存在は唯一の救いだった。

「ずるいと思わない?」
 いつもいきなり話しかけてくるのだ。僕の胸はおさえようがないくらいドキドキした。いつもクラスの真ん中の方にいるヨーコちゃんが、ときどき疲れたようにして僕に歩み寄ってくる。かしましいクラスメイト達を冷めた目で眺めながら、独り言のようにして声をかけてくる。僕はその瞬間をいつもいつも心待ちにしていた。
「えっ」
 そしてただおろおろする。もっと落ち着いて、話したいことは沢山あるはずなのに、なにも思いつかない。
「女の子からチョコをあげるのにさー、男の子からは何もお返しがないじゃない。これってずるいよねー」
「そ、そうだね」
「女子だってはずかしいのにさー」
「うん」
 僕は必死に考えていた。いつもふたことみことで終わるヨーコちゃんとの会話を、できるだけ長く伸ばすために。
「男の子はマシュマロをあげるんだよ」
 口をついてでた。苦し紛れの一言だった。
「女の子がくれたチョコレートのお返しに、両想いのときだけだけどね」
 僕はずるくないよ。ヨーコちゃんが僕にチョコをくれたら、僕は他のみんなには内緒でお返しをするよ。そう続くはずだった言葉は、途中で途切れてしまった。
「それほんとう?」
 遠い土地からやってきた転校生は、この日はじめて、自分が転校生であることを利用した。
「うん、僕のもといた学校じゃそうだったよ」

 黒くて硬いチョコーレートのお返しは、白くて軟らかいマシュマロ。とっさに、子供なりに必死に考えたデマカセだった。僕の周りには、あっという間にクラスの女の子達の垣根ができた。
 嘘は、あっという間に学校中を駆け巡った。その日の昼休みには、他のクラスの女子までがわざわざ僕の席までやってきて、詳しい話を聞きたがった。
「マシュマロの代りに、ホワイトチョコでもいいんだけどね」
 北海道ではそうなんだよ。むしろホワイトチョコの方が多いかな。あれは北海道のお菓子だからさ。真実味を増すためにオカズまで付け足した。大勢に囲まれて、僕は有頂天だった。長いあいだ潜めていた、にあがり者(博多弁で、お調子者の意)の血が騒いだ。

 そしてその数年後、今度は福岡から沖縄に引っ越した僕は、そこでどこかで聞いたことがある行事のことを知った。3月14日はホワイトデーといって、バレンタインデーでチョコを貰った男の子が、お返しにマシュマロをプレゼントする日だという。
 起源には諸説があるし、誰も信じてはくれないし、何も主張する気はないけれど、これだけは謝っておきたい。あの忌まわしい日がとってつけたように生まれた背景には、ひょっとすると僕のついた嘘が関係しているかもしれない。貰ったチョコのお返しは三倍にして・・・などという、噴飯もののお約束に、毎年頭を悩ませている人もいるだろう。まことに申し訳ない。

 女性の多い職場だから仕方がないといえば仕方がないが、毎年安っぽい義理チョコのお返しに奔走しているのは僕も同じだ。深い意味はないよといわんばかりの安物であるにもかかわらず、礼を失すると途端に針の筵に座らされるはめに陥る。それにしても、毎年こんなに苦労しているのに、翌年の本命チョコにはまったく反映されない。これはひょっとすると、昔ついたつまらない嘘の報いなのかもしれない。
 

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by TigerSteamer | 2012-01-20 02:06 | 食べ物一般 | Comments(4)