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ひとり焼肉リーディング

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作品名小暮写眞館
作者名宮部みゆき
評価(星4つ)
 宮部みゆきが好きだ、なんてことを声を大にして言うと、大抵の人からは気の抜けたような返事が返ってくる。相手が読書好きであればなおさらだ。鉄板レースを前にして、一番人気の単勝に大金をぶち込むようなもので、醍醐味も何もあったものではない。

 一人暮らしをしていた頃に身について、未だに抜けきらない悪癖に、読書し「ながら御飯」がある。何かを読みながらでないと飯が食えない。これが朝食のトーストを齧りながら新聞を読むといった程度なら問題はないが、一人で外食をする際などは読む物のチョイスに大変苦労する。本を読み「ながら御飯」を食べるというのは、テレビを見ながらとか音楽を聴きながらに比べると、かなり文化的だと思うのだけれど、はたから見ると大変様子が悪いらしい。餃子の王将のカウンターで見ず知らずの酔っ払いから、米粒に宿る三人の神様について、こんこんと説教をされたこともあった。

 活字でさえあれば、たとえば御品書きでも、醤油の容器の裏にある成分表でも構わない。しかし、あまり褒められたことではないからこそ、最低限の嗜みだけは身につけるべきだ。肴がなければ手の塩を舐めてでもというのは、酒飲みの台詞としては痛快ではあるけれど、実際を目にするとあまり品が良いものではない。酔えれば何でもいいなんていうのは、アルコール中毒患者の言い草だ。肴には徹底して拘るべきで、むしろ両者を主体としたマルチタスクを行うのが正しい。旨いものを食うと本が読みたくなり、面白い本を読むと小腹が空くといった域にまで昇華しない限りは嗜みとは言えない。飲酒や喫煙でも同じことだ。ちょっとしたルールと制限を課し、あれやこれやと試行錯誤をするだけで、どこに出しても恥ずかしくない大人の嗜好になる。
 
 カバンの中に、常に外食用の本を一冊忍ばせておく。書籍の体裁であればなんでもいいというわけではない。食事には、それに適した本というものがある。箸を持つ手が留守になるほど重いものでは駄目で、もちろんその逆も然りだ。逆に言えば、食事の楽しみを邪魔しない程度に、あっさり読めるものでなくてはならない。いい塩梅の読み物というと、最近はやりのまとめサイトなどが最適だと思うのだけれど、スマホし「ながら御飯」は、読書しながらに輪をかけて様子が悪い。専門書や雑誌のコラム、エッセイ集などが手頃だ。普段の読書でこれぞという本を見つけたら、読むのを中断して食事用にとっておくのがいい。読書の志向は人それぞれなので一概には言えないけれど、作家によっても向き不向きがある。僕にとって、宮部みゆきは「ながらご飯」には適さない作家の筆頭だ。食事が手につかなくなること請け合いで、気が付けば料理は冷え切って、そろそろ閉店の時間などということになりかねない。

 ただし、焼肉に限ってはその限りではない。絶妙に噛み合って、最適のパートナーとなりうる。これに気付いたのは、長年にわたる僕の研鑽の賜物であり、読書し「ながら御飯」が紳士の嗜みである証拠だと胸を張って言える。
 そもそも焼肉というものは、食べるの前段階として焼く作業を行わなくてはならない。「ながら御飯」だと、これが実に難しい。本に気をとられている間に特上ロースが真っ黒焦げなんてことは序の口で、脂の多いホルモン類などは、気を抜くと炎の柱が立ったりもする。ゴウゴウと燃え盛るコンロを前に、泡を食って鎮火作業をせねばならず、読書の内容がすっかり消し飛んでしまうのだ。どこまで読んだかも憶えていないので、仕方なくページの最初に戻って読み返すことになる。最近の焼肉屋のコンロはトロ火の調節がしにくいというのもあって、これを何度も繰り返すと、終いには食い終えてから読もうかという気になる。ある意味、それこそが正解ではあるのだけれど、「ながら御飯」を嗜む身としては、かえって闘志が湧くのだ。

 宮部みゆきの凄さは、同じセンテンスを何度読み返しても、まったく苦にならないところにある。名文というのではないけれど、堅苦しさがなく、リズム感があって、七面倒な表現を用いない。内容がすんなり頭に入り、なおかつ記憶に留まりやすいから、どこまで読んだかを忘れても、読んだ内容まで霞むことはない。それだけではない、一つの文章に含まれている情報量が多くもなく少なくもなく、焼肉を焼いて口に運ぶペースと絶妙にマッチする。僕はどちらかといえば速読派で、じっくりと読み進めることをしないタチだから、なおさら新鮮な驚きを感じる。何度も読み返すことを余儀なくされているうちに、1度目には気付かなかった発見をすることがままある。行間に秘められた登場人物の心理に、だけではない。てにをはの使い方、読点の打ち方ひとつに深い感銘を受けることがある。
 読書し「ながら御飯」は満腹と共に終わる。せいぜいが2時間ほどだ。網の上で丸腸を転がしながらページを繰るひとときに無常の喜びを感じる。

 宮部みゆきは一人焼肉に耐えうる作家だ。これは最大級の賛辞だといっても過言ではない。しかし、これだけ高く評価し、大ファンであることを公言していながら、未だに全作品を読み切ったわけではないのが悲しいところだ。なぜなら、僕が薄給にあえぐメタボリック・サラリーマンであり、外で焼肉を食う機会など月に一度あればいい方だからだ。長期にわたるダイエット中であり、意識して焼肉屋を遠ざけていることもある。宮部みゆきが、その時のために温存しておかなければならない稀代の作家であるがゆえに、僕の読書は遅々として進まないのだ。
 

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by TigerSteamer | 2014-11-07 00:46 | | Comments(0)