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追憶という名の列車

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 今年の夏は珍しく夏バテした。日がな一日だるくて力が出ない。これはおそらく、来るべき日に備えて食事制限を課したせいだ。なにせ今まで経験したことのない症状だったものだから、なにか深刻な病気なのではないかと心底恐れおののいた。今思えば、炭水化物をカットしたのがいけなかったのかもしれない。夏の熱い盛りに一日あたり3リットル強の水を飲んで、大量の汗をかいたのも原因のひとつだったのかも。飲水ダイエットというやつで、健康にも良いのだと聞いたが過ぎたるは及ばざるが如しだ。今の職場は一日中冷房が効いているから、体が冷え過ぎたのだと思う。

 仕事中に頻繁に立ちくらみを起こすに至って、同僚もだいぶ心配してくれたようだ。何か精のつくものを食べに連れて行ってやるとまで言ってくれた。正直何も食べたくはなかったのだけれど、「何でも好きなものを奢ってやる」と言われたら断るわけにもいかない。我ながら現金な上に意地汚い。
 毎年恒例の夏バテ防止食である焼肉や、強壮食の定番である鰻も考えたのだけれど、どちらもいまひとつしっくりこない。僕にとってこの二つは夏バテ予防食であって、治療食ではないからだ。ラムチョップを他人の金で腹一杯食うというアイディアも浮かんだけれど、お気に入りの店は自分一人のためにとっておきたい。それに、なにより重すぎた。朝食の塩鮭ですらゲンナリしてしまうのに、肉の塊が美味しく食べられるはずもない。

 そこでとっさに口にしたのがトンカツだった。焼肉やラムチョップと何が違うのだという疑問は棚上げして欲しい。毒を以って毒を制すというわけではない。口が滑っただけだ。蕎麦かうどんの類にしておけばいいものを、青白い顔でフラフラしながらトンカツとは我ながら狂っている。長年培った貧乏性と厚かましさゆえか、他人から物を奢ってもらえるような千載一遇の局面で、肉料理以外のものをリクエストする選択肢を持ちえないのだ。それに、脂っこさでは勝るとも劣らないけれど、大の好物であるトンカツなら、何とか食べられそうな気がした。
 もっとも専門店のトンカツというのは、聞いて連想するほどギトギトはしていない。どこの店もイヤミなくらい健康志向で、極力脂身を排除した肉を、これまた植物性のアッサリした油で揚げて客に出す。僕のような脂っこいもの好きに言わせればまさに目黒の秋刀魚なのだけれど、エコロジーだのロハスだのがもてはやされる昨今にあって、ヘルシーかそうでないかは、客の入りを左右する重大なセールスポイントなのだろう。
 もしどうしてもダメそうだったら、できるだけ小さな一口カツかなにかを注文すればいい。もしくは一番高価なメニューを選ぶ手もある。肉料理店の常として、値段が張れば張るほど質が向上する代わりに、肉自体の体積は減少していくものだ。下手をすると友情を損なう恐れもあったが、よもや嫌だとは言うまい。しっかり言質は取ってある。
 
 同僚はそれなら良い店を知っていると言う。なんでも、家族でちょくちょく利用する店だそうだ。まさにうってつけだと得意げに胸を張る。
 何がうってつけなんだろう。同僚と言えば今どき珍しい子沢山で、高校球児の長男を筆頭に男ばかりの5人兄弟、それに小山のようにふくよかな奥さんと、老いてなお筋骨逞しい元自衛官の父親、山姥の如き母堂をあわせた9人家族ではなかったか。なんだか急に雲行きが怪しくなってきた。トンカツと言ったのは自分だし、せっかくの厚意でもある。むげに断るのは気がひける。さりとて食欲はない。心なしか胃の痛みが増しているような気さえする。もし食べ切れなかった時のことを考えて、あらかじめ詫びを入れながらその店に向かった。恨めしいのは自分の胃袋だ。いつからこんなに脆弱になったのだろう。少し前までなら、このくらいの無理は平気だったような気がする。それもこれもみんな歳のせいなのかしら。

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 わざわざ連れて行ってくれるくらいだから、それなりのお店なのだろうという僕の予想は、ものの見事に外れた。いや、悪い予感が的中したと言うべきか。たしかに子供連れで来るには良さそうだ。
 トンカツ屋の看板を掲げていなければ、ここを食物屋だと思う客はいまい。どうみても玩具店だ。入り口に描かれている絵は、全て初期シリーズに登場するロボットだ。ということは、30年くらいは経っているはずだ。古ぼけた店構えから、なんとなく味も窺い知ることができる。こんなこと同僚の前では口にできないけれど、きっと安くて量だけは多いのだろう。

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 入り口を入ってすぐのところに、デゴイチの車輪が鎮座していた。以下、熱海の秘宝館もかくやと思えるほどのカオスっぷりだ。
 店主はよほどの多趣味なのに違いないが、ノンセクションに過ぎて正体がしれない。とりあえず鉄道マニアだったのは間違いがなさそうだ。最近は懐かしい学校給食を模した料理店があると聞くけれど、意識してその路線を狙っているとしたら、いささか的を外しているように思う。ジャンルが広すぎて、懐古趣味に走るにしても共感が湧かない。
 
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 料理を載せて窓際を走る汽車を見た瞬間、思わずあっと声をあげそうになった。思い出した。僕は以前にも、この店に来たことがある。たしか小学生の頃だ。毎年お盆になると、久留米にある叔父の家で親戚中が集まった。その帰り・・・・・・いや、進行方向からして、叔父の家に向かう途中だったに違いない。うだるように暑い日だった。
 思い出は堰を切ったように、次から次へと溢れ出した。微速度撮影の開花シーンを見ているように歯止めが効かない。開いては散る花びらを取りこぼさないよう、とっさに両手を開いて受け皿を作った。それでも、指と指の間をすり抜けてしまった断片的なイメージがかなりある。

 うちの車は白いカローラだった。渋滞に巻き込まれて、どういう経緯だか思い出せないけれど、昼食を食べるためにこの店に寄った。父と僕と二人きりだった。生まれたばかりの弟は回想の中には登場しない。母親の姿が見えないのは、一緒に留守番をしているせいかもしれない。
 店内は子供連れの客で満員で、しばらく待たされたような覚えがある。バケツをひっくり返したような混雑ぶりだった。僕は汽車見たさに窓際の席に座りたいとせがんだだろうか。いや違う。言い出せなかったのだ。幼稚なことを言うなと父親に怒られるのが怖くて、とても口にはできなかった。歳をとって今ではすっかり丸くなったけれど、あの頃の父は子供の目から見ても恐ろしかった。横暴で強くて厳しい昭和の父親像そのものだった。父の運転する車に同乗することは、当時の僕にとって苦痛でしかなかった。そもそも、人見知りが激しくて引っ込み思案な僕は、普段は縁遠い親戚と会って時間を共にすること自体が苦手だった。

 渋滞に巻き込まれて仕方なく、と言った。本当にそうだったのだろうか。いかにも子供が喜びそうなこの店は、父の好みとはかけ離れている。食通気どりで偏好が激しく、限られた店を除いては、決して一見の店などには入らなかった。父と二人きりで外食をした記憶は、その時を除いては一度もない。ひょっとすると、最初からここに連れてくる気だったのではないだろうか。我が子の内心を汲んで、そういう事ができる人だったのだろうか。
 思い出せない事が沢山ある。この店だって、あの頃のまんまだなんてことはないだろう。でも、なぜかすべてが懐かしい。あのとき食べたトンカツを、30年後の僕が食べる。窓際で、汽車に一番近い席で。大人にならなければわからないことがある。歳をとるのもいいものだ。

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 厚さのわりに芯まで柔らかいヒレカツには、物足りないくらい歯ごたえがない。どこを食べても均一だ。ヒレ肉とはそういうものだと言ってしまえばそれまでだが、さっぱりしすぎていて瑞々しさに乏しく、肉を噛んでいるという実感はなかった。衣は薄く、脂臭さがない代わりに、サクサクとした食感もない。普段ならば、とても手放しで褒める気にはなれない。これより美味いトンカツは、そこらじゅうにいくらでもある。それでも、気が付くと食べ終えていた。食事が喉を通らなくてゼイゼイ言っていた自分が嘘のようだ。まだ少しフラフラするけれど、胃の腑の底の方に回復の兆しが見えた。同僚はこれを狙って、この店に連れて来てくれたのだろうか。単なる偶然かもしれない。しかし、たしかに効果はあった。

 魔法をかけられたような気分だった。向かいに座った同僚が笑った。僕も笑った。味はさておき、美味かった。これでまた元気に働けそうだ。ありがとう。ご馳走様でした。
 

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by tigersteamer | 2013-09-14 02:38 | 食べ物一般 | Comments(6)

とんかつ屋後日談

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 近所のトンカツ屋が、いつの間にかラーメン屋になっていた。
 以前の記事で、カツ丼とカツ重について愚にもつかないを主張をした、あのトンカツ屋だ。いつか一番高いメニューを食べてやろうと思いつつ、とうとう最後まで行かずじまいだった。後に噂で聞くところによれば、「東京X」だの「きなこ」だの壁に張り出してあった数々のブランド豚は、あくまで宣伝のためのポーズであって使い分けていたわけではなかったらしい。それが本当で、不当に値段が高いだけの店だったのだとすれば、行かなくて正解だったとも言える。

 新しくできたラーメン屋は、トンコツをメインに謳っていながら味噌ラーメンも出すという、あまりポリシーを感じない店だ。もちろんチェーン店で、僕も何度か他の店舗に足を運んだことがある。この主義主張のなさは最近の流行りのようで、他の店でもしばしば目にするから、トンコツの本場である福岡だろうと、とりたてて話題にするほどのことではない。
 しかし、店の中に入ってみてギョッとした。店内がとんかつ屋そのものだったからだ。居抜きで買って看板だけ変えたのかとも思ったけれど、よく見ると壁に張り出してあるブランド豚までもがそのままだった。おそらくオーナーは同じ人物で、扱う物を変えただけなのに違いない。なんとなく人となりが分かるような気がするけれど、だからと言ってブランド豚が放置してある理由にはならない。ぱっと見てさほどの違和感は感じないのだけれど、焼酎の銘柄かと思って注文したとしても、客の勘違いでは済まされないように思う。通ぶった客が、知りもしないのに「糸島をお湯割りで」などと注文してきたら、どう対応するつもりだろう。
 もしや、ひょっとするとと思って尋ねてみた。

「トンカツを頼んでもいいんですか?」
「いえ、トンカツは扱っておりません」
 心底、不思議そうな顔をして店員が言う。やめておけばよかった。当たり前だ。ラーメン屋にきてトンカツを頼む客はいまい。我ながらバカな質問をしたと思った。
「じゃあ、あの豚肉のリストはなんのために?」
「ああ、あれですか」
 途端に店員の滑舌が悪くなった。
「あれは」
「はあ」
「チャーシューです」

 うそつけ
 


 そしてこれが本当の後日談
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by TigerSteamer | 2012-01-14 02:24 | 食べ物一般 | Comments(2)