オートバイ事故

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 記憶が曖昧な部分は、適当に補いながら書くことにする。
 もう何年も昔のことだ。古い知人に電話で呼び出されて、とあるカフェを訪れたことがあった。きっとお前なら気に入ると太鼓判を押されたにもかかわらず、普段なら絶対に足を踏み入れないタイプの店だった。調度品や建物全体の雰囲気から、何か既存の文化を模しているような気がするのだけれど、その何かが浮かんでこない。全体的に西洋風で、ごくごく近代の、ある意味クラシカルな造りだ。オシャレなカフェと言われれば、その通りと答える他にない。しかし、現代的なスマートさはなく、むしろゴチャゴチャしていて猥雑な印象を受けた。今ひとつ的を射た表現が浮かばないのは、そういった流行り廃りに、てんから興味がないせいだ。

 知人は長いこと疎遠になっていた人物で、もともとそれほど仲が良かったわけでもないから、僕の好みを知っているはずはない。その1週間ほど前に、当時通っていたスポーツジムで何年かぶりに顔をあわせて、ちょっとだけ世間話を交わしただけの殆ど他人だ。それなのに妙に自信たっぷりで、含みのある口ぶりが気になった。たしかラーメンの話をした。このあと暇かと尋ねられて、ラーメン屋に寄って帰るつもりだと答えたからだ。どこそこのが旨いけど知ってるかとか、あそこの店は味が落ちたとか、相手もそれなりに通を気取った口ぶりだった。別れ際に携帯電話の番号を聞かれて、特に抵抗も感じずに教えた。社交辞令の一種であって、実際にかかってくるとは思いもしなかった。その一連の流れから考えると、その日の呼び出しは、彼のお勧めのラーメン屋を紹介してくれる為としか思えなかった。
 駐車場にオートバイを停めて、入り口のドアをくぐった。知人はまだ来ていなかった。窓際のテーブル席に座り、メニューにざっと目を通した。食事は軽食のみで、当たり前だけれどラーメンのラの字もなかった。ひょっとしたら、ここから別の店に向かうつもりなのかもしれない。腹は減っていたけれど、それはラーメンを食べると想定してのことだ。ただ待つというのもなんなので、茶腹も一時でアイスコーヒーを注文した。

 店内を見回して、それを見つけた時、彼の自信の正体に気付いた。決して広くはないフロアの奥、トイレへ続く短い廊下の入り口に、1台の古いオートバイが置いてあった。くすんだアルミ製のタンクに、見慣れたものとは少し違うメーカーのロゴ、メリデン・トライアンフだ。インテリアとして飾っているのだろう。低い位置に取り付けられたセパレートハンドルから、カフェレーサーと呼ばれるスタイルの改造が施されているのがわかった。
 休みの日は何をしてる? と聞かれて、バイクに乗ってフラフラしていることが多いと答えたのを思い出した。
「へえ、何に乗ってるの」
「トライアンフのタイガー。マイナーだから知らないと思うよ」
「マジかよ、俺も昔はSRに乗ってたんだぜ」
 今というならまだしも、昔乗っていたからなんだと言うのか。ヤマハのSRを持ち出すあたり、トライアンフのタイガーを誤解してることは明らかだけれど、面倒なので訂正はしなかった。なるほど、それでこの店なわけだ。

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 もともと、ゆっくりと寛げる雰囲気の店内ではないところにきて、あらぬ誤解から、さらに居心地が悪くなった。店主と思しき男性は僕と同年輩に見えた。ロッカーズでもモッズでもなく(そのどちらかだったところで、オシャレに疎い僕には見分けがつかないのだけれど)ごく普通のウエイターの恰好をしていた。おそらく彼が、あの古いトライアンフの持ち主なのだろう。

 自意識過剰と言われれば弁解のしようもないけれど、ここでライダーの駆け引きが始まるのは仕方のないことだ。窓の外に視線を移せば、目と鼻の先に僕のタイガーが見える。当然ながら先方も気付いているだろう。店の前の駐車場がガラガラだったので4輪用のスペースに乗り入れたけれど、もっと端っこの目立たないところに停めるべきだった。しかし、後悔しても後の祭りだ。
 時代の隔たりこそあれ同じトライアンフ乗りなわけだから、挨拶くらいは交わしておくのが礼儀かもしれない。ここで面倒なことが一つ。仮に僕の愛車がスクランブラーやスクラクトンなどのモダンクラシック路線なら、普通に話しかけても何ら差し支えない。古き良きものを愛する方向性は同じだから、きっと話は盛り上がるだろう。もしくは僕がトライアンフではなくBMWのK100かなにかで、店に飾ってあるのが大昔のBMWだったとしても問題はない。BMWは基本的に地続きだから、若干の齟齬はあるかも知れないけれど、同じビーマーとしての連帯感を共有できるだろう。ドゥカティであれモトグッツィであれ、そこに大差はないはずだ。

 僕のタイガーは1995年製だから、決して新しくはない。日本車を基準にするなら、そろそろ旧車のカテゴリーに分類してもいい頃だ。ただし、長い歴史を持つヨーロッパのオートバイメーカーの中では、生まれて間もないヒヨッコの部類に含まれる。特にトライアンフの場合はややこしい。1980年代の半ばに一度は倒産しているからだ。現在のオーナーが商標を買い取って工場をヒンクレーに移し、新会社としてスタートして以降は別物と考える向きがある。つまりマニアの好むトライアンフは、倒産するより前、メリデンに工場があった頃のトライアンフであって、僕のタイガーは単にボロいだけのオートバイなのだ。
 どのジャンルに於いても同じだけれど、エンスーなどと呼ばれるコアなマニアの中には、排他的で偏狭な輩が少なくない。ぶっちゃけた話、相手は僕を同じトライアンフ乗りだとも思っていない可能性がある。これは無理もないことだ。僕にしたところで、タイガーを由緒正しいブリティッシュ・モーターサイクルの末裔だなどと思ったことはない。少々サビやすいこと、ゴムパーツが劣化しやすいことを除けば、品質的にも日本車とさして変わりはない。
 よって、同じトライアンフというだけで、親しげに話しかけることは憚られた。

 仮にも客なわけだから、僕の心配がピントはずれであることはわかっている。話したくなければ黙っていればいいことだし、愛想話を振るとしたら相手の方からだ。歯牙にもかけて貰えないなんてこともないだろう。しかしこの時、ただでさえ人見知りが激しい僕の精神状態は、すでに常軌を逸し始めていた。
 何度目かの逡巡の末に、清水の舞台から飛び降りる覚悟で声をかけることにした。いちど意識し始めたが最後、もうこれ以上の沈黙には耐えられそうになかった。僕のタイガーの存在は捨て置くとして、こういう時は相手の愛車を絶賛するに限る。ライダー同士のコミュニケーションは、お互いに相手のオートバイを褒め合うところから始まるものだ。
「かっこいいですね。あれはワンテンですか」
 考えに考えた末に編み出した口上だ。淀みなく言い終えることができれば、それだけで礼は尽くしたことになる。伝えたいことだけを畳み掛けるように繋げた。
「何年式ですか。あのコンディションを維持するのは大変でしょう。僕も最近のトライアンフに乗ってるんですけど、やはりメリデン時代のものは味がありますね。憧れます」
 店主とおぼしき男性は、急に声をかけられて驚いたようだった。キョトンとした顔つきで僕を見つめている。かなりの早口だったし、あまり滑舌が良い方ではないから、聞き取りにくかったかもしれない。今の問いかけを冒頭から繰り返すことを考えて、暗澹たる気分になりかけた。
 彼はやや間を空けたのちに、ようやく言葉の意味を理解したようだった。古いトライアンフをチラリと見て、視線を僕に戻し、少し遠慮がちにはにかんで、キッパリと言い切った。
「すいません、知らないんです」
 知らないんです? 思わず鸚鵡返しをしそうになって、あわてて口をつぐんだ。
 予想外の返事だった。雇われの身ということだろうか。店主、つまりオートバイの持ち主は別にいると。
「知り合いが持ってきたので飾ってるんですが、興味がないので詳しいことはわかりません。たまに聞かれるんですけど、なにも答えられなくて・・・」
 店主は申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、逆に尋ねてきた。
「これって貴重な物なんですか」
 青信号に変わったことを確認した上で、右を見て左を見て、もういちど右を見て、さらに念のため青信号が点滅していないか確認してから横断歩道を渡ったはずなのに、なぜか猛スピードのダンプカーに跳ねられたような心境だった。これをオートバイ事故と言わずになんと呼ぼう。
 無残な礫死体となって横たわる僕を見下ろし、加害者はなおも続けた。
「正直、オートバイを室内に飾る発想がなくて・・・雨ざらしにするのも忍びないので店の中に置いてますけど、邪魔なので対処に困ってます」

 なぜこんな昔話を蒸し返すのかというと、昨年末にこれと同じようなやりとりを交わしたからだ。違うところといえば、オートバイがトライアンフではなくてハーレーだったこと、飲食店ではなくて理髪店だったことだ。あらかじめ地雷臭は嗅ぎ分けていたし、学習の成果もあって足の小指を轢かれた程度で済んだ。しかし、釈然としないのは確かだ。オートバイ用品店ならわかる。アパレル関連の店でもわかる。飲食店も、まあわかる。しかし、理髪店にオートバイを飾る意味がどこにあるだろう。これはおそらく、オートバイの持ち主にも非があるのではないだろうか。要するに彼らは、TPOをわきまえず、誰でもいいから見せびらかしたいだけなのだ。

 ちなみに、知人の要件はマルチビジネスの誘いだった。跳ねられたところを後続車のタイヤで圧し伸ばされて、道路のシミになった気分だった。肩透かしを食らった上の空きっ腹は耐えがたく、相手がトイレに立った隙を狙って、黙って店を後にした。しばらくしてアイスコーヒーの代金を払っていないことに気づいたけれど、大して気は咎めなかった。
 またもや敵を増やしてしまうのは覚悟の上で、ひとことだけ言っておきたい。僕はよく知りもしないオートバイをインテリアにする店と、見せびらかしたいだけの鼻持ちならないオーナー、それからマルチビジネスの勧誘が大嫌いだ。
 

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Commented by ベージュのマウンテンバイク at 2015-01-09 20:12 x
あけましておめでとうございます。

大いに同感です。

美味しいデザートを頂いたような話でした。

今年もたくさん書いてね。
Commented by TigerSteamer at 2015-01-10 00:32
あけましておめでとうございます。

ここのところ反響がなくて寂しく感じていたところに

待ちに待ったメインディッシュのようなコメントでした。

これからもよろしくお願いします。
by TigerSteamer | 2015-01-08 22:46 | オートバイ | Comments(2)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気