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岩下コレクション ①

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 だいぶ前のことになるけれど、大分県の由布院にある『岩下コレクション』に行ってきた。いわゆるオートバイ博物館だ。ここ数年、月に一度はツーリングがてら別府に行く用事があって、前を通りがかるたびに気にはなっていた。オートバイを趣味にしている手前、一度くらいは見ておいても損はないと思う反面で、なんとなく気乗りがせずに先延ばしにし続けていた。今にして考えてみれば、幾度となく素通りしてきた理由がわからないでもない。おそらく僕は、オートバイの歴史だとか、ヒストリックマシンなどというものには、あまり興味がないのだ。決して博物館が苦手というわけではないのだけれど、ことオートバイに関しては、造型やメカニズムをつぶさに眺めたり、教養として身につけたいという知的な希求心に乏しいのかもしれない。

 その日はたまたま雨に見舞われて、軒を借りるつもりで立ち寄った。雨具は持って出ていたけれど、ちょうど良い機会だと思ったのだ。オートバイという言葉に食いついてはみたものの、そんなことでもなければ、一生行くことはなかったかもしれない。

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 本田宗一郎氏とホンダの物語は、僕らの世代にとって木下藤吉郎や二宮金次郎くらいの重みがある。だから、入ってすぐのところに展示されてあったホンダのオートバイ第1号車には強く惹かれた。日本に最も勢いがあった時代、その原動力となった町工場の息吹を感じた。荒削りで剥き出しのエネルギーだ。しかし、2号車3号車と順を追うごとに、その輝きは僅かずつ薄れていった。

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 続いて展示されているカブの行列には、まったくと言っていいほど興味がわかなかった。よくぞ集めたものだと感心しはしたけれど、似たような物を分類もせずに並べる意味があるだろうか。おそらくオーナーはホンダ車のマニアなのだろう。この陳列順はホンダの歴史を辿っているのに違いない。他にも、昭和の初期に生まれ既に倒産した国内のオートバイメーカーによるものや、海外のビンテージマシンが所狭しと並んでいた。見る人が見れば宝の山に映るのだろう。手当たり次第に写真を撮ったけれど、古いということ以外は何がどう凄いのか、僕にはよくわからなかった。

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 列の末尾には、たけぞうさんのと同じCB750Fourが飾ってあった。隣はGL1000だ。2台とも知人が所有しているオートバイで、その分だけ親しみが感じられた。他にCBX1000やモンキーなども展示されていた。僕がそれらに惹かれるのは、時代背景を共有しているからだ。博物学的な見地ではなくて、単なるノスタルジーに近い。

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 上から、フォルクスワーゲンのエンジンを搭載したブラジル製のオートバイ『アマゾネス』。『長江750』はBMWの中国製コピー(と断じるには複雑すぎる背景があるらしい。詳しくはWikipediaを参照のこと)。ドゥカティ初のL型エンジン搭載モデル『アポロ』。名前はアメリカのアポロ計画に由来している。時価にして1億円以上だそうだ。
 ここに及んで、自分が実はオートバイ好きではないのではないかという疑問が生じた。確かに物珍しくはあったけれど、どれ一つとして僕の心を動かすオートバイはなかったからだ。

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 やがて1台のオートバイが目に留まった。ドゥカティMHR(マイク・ヘイルウッド・レプリカ)だ。まだ十代の頃に一度だけ、大阪のとある峠道でコイツに出くわしたことがある。僕の乗るVT250スパーダを、いとも簡単に抜き去った。MHRのライダーはコーナーを攻めているという風ではなかった。それでも結構なペースで走っていたように思う。必死に追いかけたけれど、しばらくは付かず離れずの距離をユラリユラリと併走した後で、あっさりと千切られた。まるで相手にならなかった。免許を取って1年も経たない頃だったから、オートバイの性能というよりは、単に運転技術の問題だったのかもしれない。当時の僕はMHRの名前すら知らなかったけれど、緑と赤の珍しいカラーリングと、流行りの国産レーサーレプリカとは似て非なるフォルムだけが、くっきりと脳裏に擦り込まれた。ずいぶん後になって、オートバイ雑誌のグラビアで名前と素性を知った。オートバイ史に残る特別な一台であることが嬉しかった。不思議と牧歌的な音をたてて走る、見たこともない美しいオートバイだった。

 陳腐なことを言っている自覚はある。的外れな感傷には違いないけれど、なにやら血肉を抜き取られて、剥製にされた野生動物のような痛々しさだった。僕の記憶に焼き付いた在りし日の姿と、目の前のオートバイが同じ物だとは思えなかった。カウリングに蛍光灯の光が反射して、ハリボテにニスを塗ったかのような安っぽさを感じた。

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 おそらくスペースの問題もあってのことなのだろう。もう少し余裕をもって、その時代に思いを馳せる為の資料などが充実していたら、僕にも楽しめたかもしれない。動かないオートバイは鉄屑と同じだなどと極論に走る気はないけれど、隅っこで埃を被っていたモトコンポが何かを象徴しているようにも感じられた。あるいは、そこまで僕の気を滅入らせたのは、いつ止むとも知れない雨音と、窓から弱々しく差し込む陰鬱な外光のせいだったのかもしれない。妙に打ちひしがれた気分だった。
 

by TigerSteamer | 2014-10-10 04:40 | オートバイ | Comments(0)