僕のいちばん長い日② 〜 SWTR2014後記

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 ラリー終了後のパーティーは、それはそれは酷い出だしだった。一応の式次第は決まっていたのだと思うけれど、参加者全体には通知されていなかった(少なくとも僕は知らなかった)。運営側は空きっ腹を抱えたライダーの群れを甘く見ていたのかも知れない。一応は制限時間内にどれだけポイントを稼げるかの勝負だったわけだから、昼食の時間を削って走り回った者もいたに違いない。係員が「食事は乾杯のあとです」と叫ぶ声も虚しく、瞬く間に全ての皿は無残に食い散らかされた。押し寄せる大波に抗って孤軍奮闘していた女性スタッフが、最後は力尽きて厨房の入り口へと押し戻されて行く様子はスラップスティック的で笑いを誘った。そもそも僕もその亡者の一人だったのだから、マナーや段取の悪さを責められる立場ではない。
 もっとも、僕の見た限り料理が尽きることはなかったから、餓鬼共も次第に人間の姿を取り戻した。

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 立食パーティーの会場が混沌の極みを呈している間も、隣接する野外ステージではトークショーが行われていた。ゲストはオートバイ業界に燦然と輝くビッグネームだ。主催者の風間深志氏を筆頭に、冒険家の加曽利隆氏、元MXライダーの鈴木忠男氏。御三方は共にエジプトのファラオラリーを戦った仲だ。
 普段なら、かぶりつきで観ていただろうけれど、この日に限っては興味が湧かなかった。とにかく疲れていたし、SSTRの主人公はまさしく自分だったわけで、歴史に名を刻んだ英雄達の功績も、愛車の辿った道のりの前には霞んで見えたからというのもある。先人のありがたい言葉に耳を傾けるより、参加者がお互いの健闘を讃え合うことに価値があった。

 会場全体が落ち着きを取り戻し、表彰式に歓声が沸き始めた頃、僕は会場の隅の芝生に寝転んで、つかの間の眠りを貪っていた。そうせざるを得なかったからだ。翌日は仕事だった。夕方までには職場に着いて、何食わぬ顔をして(SSTRのことは内緒にしていたから)夜勤をこなさなくてはならない。貰える筈だった連休が諸般の都合で1日こっきりになった時、SSTRの参加自体を取りやめようかとも思った。結局、そうしなかったのは、今後参加できる確証が持てなかったのと、次回の開催まで待ちきれそうにもなかったからだ。そして何より、回を重ねて色んな要素が変わってしまう前に、より原型に近いSSTRを体験しておきたかった。

 そんなわけで、さらなる盛り上がりを見せはじめた会場を後に、ひっそりとオートバイに戻ってエンジンをスタートさせた。かくして「サンセット・ワーキングタイム・ツーリング・ラリー」は始まった。自宅まで955km、職場に直行したとしても933km、往路より復路のほうが若干長い。チェックポイントなしのスペシャルステージだ。

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 今まで経験したロングツーリングの中でも2000kmは最長の部類に含まれる。日付を跨いでいるから2日と換算されるけれど、その日の内に折り返すうえ、目的地滞在時間は5時間に満たない。
 序盤で高速道路料金を節約しようと、自宅までのルート設定を「一般道優先」に設定したところ、長年使っているガーミン社のzumo660がフリーズした。ルート検索39%で固まったきり動かない。何度やり直しても結果は同じだった。ちなみにiPhoneのGoogleMapアプリなら瞬時に結果を弾き出してくれる。未だにオートバイナビの中では最高峰のような扱いを受けているけれど、そろそろ買い替え時なのかもしれない。

 トリップメーターは281kmを示していた。最後に給油してからの距離だ。僕のタイガーは満タンで25L入る。市街地で15〜18km、郊外をタラタラと流すなら20km/1Lに肉薄することもあるから、本来ならば気に留めるような距離ではない。しかし、往路で北陸道に入ってからは、まともにスピードメーターを見る余裕もなくアクセルを煽り続けた(なんてことを大っぴらに言ってはいけないのだ、SSTRの参加者としては)から、燃料の残りが心配だった。燃料警告灯は12Lを切った時点で煌々と点るので、なんの参考にもならない。これに加えて、千里浜付近には深夜営業のガソリンスタンドがないのも堪えた。金沢市内に入ってから、ようやく沿道にエネオスの看板を見つけた時は、ほっと胸をなでおろした。

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 オートバイに飯を食わせたら、次はライダーの番だ。パーティー会場では食い気より眠気で手早く済ませたきりだったから、早くも腹の虫が騒ぎはじめた。金沢といえば8番ラーメンとゴーゴーカレーだ。これだけは食べておきたいと、事前にチェックしておいた食べ物は他に幾つもあったけれど、それは連休がもらえていたらの話だ。深夜23時過ぎに口に入るものに限定すると、食事のグレードはぐっと下がる。ゴーゴーカレーは福岡でも食べられるから、ここは8番ラーメンがいい。情報収集の段階では、特にここがオススメという口コミはキャッチできなかったけれど、御当地ラーメンというのは美味い不味いに関わらず、観光地の顔の部分だけくり抜いてある絵看板くらいの思い出にはなる。

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 北陸道の尼御前サービスエリアで、思わぬものを見つけた。幟に「みつせ鶏」とある。みつせは三瀬、佐賀県佐賀市三瀬村三瀬の”みつせ”、僕のホームグラウンドである三瀬峠の”みつせ”だ。十年くらい前までは地鶏として売られていたけれど、JAS法における定義と景品表示法の整備により、今ではただの鶏になってしまった三瀬鶏。鶏肉のブランドとしてはとっくの昔に全国区になっているから、どこで見かけても珍しくはないけれど、地元を遠く離れた土地にあって、妙に勇気づけられた。

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 同じく北陸道は刀根パーキングエリアにて、最初の仮眠をとった。眠気もさることながら、往路ではなんともなかった尻の皮が、100kmと走らないうちに限界に達したのだ。
 貧乏ツーリングで野宿は何度も経験した。と言っても、学生時代の話だ。泊まる場所は屋根のついたバス停がほとんどだった。当時の旅は一般道ばかりだったから、高速道路のパーキングエリア泊は初めてかもしれない。
 ベンチは丈が足りず、さらに凹凸が激しかったので、コンクリートの地面に寝袋を広げた。貴重品の入ったウエストバッグを枕に夜空を見上げる。目を閉じるとすぐに、身体が底なしの沼に沈み込むような感覚に襲われた。意識を失う一瞬前に、アラームをセットしなければと強く思ったのだけは憶えている。結局、目が醒めた頃には東の空が白み始めていた。

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 北陸道を南下すると名神高速道路へと連結する。どこが境目とも知れず、ただ名称が違うだけなのに、ガラリと雰囲気が変わるから不思議だ。
 名神は忘れもしない二十数年前、僕が高速道路デビューを飾った道だ。当時の愛車はVT250スパーダだった。たしか友人2人と連れ立って、大阪にある南海部品に向かう途中だった。友人達の乗るNSR250RとTZR250は、料金所を抜けるなり芥子粒のように消え去って、後にはトラックに翻弄されて泣きベソをかきつつ頑なにキープレフトを守る僕だけが残された。最初から友人の道案内に頼り切っていたから、そのまま下りるべきインターチェンジを通り越して、随分先まで行ったように記憶している。

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 間違いない。あの日も桂川パーキングエリアでコロッケを食べた。携帯電話などない時代だったから(ショルダーホンならあった)、はぐれたからと言って連絡を取る術もなく、とりあえず腹ごしらえをして気持ちを落ち着けてから、なぜか行き着くところまで行こうと決意を固めたのだ。心細さはなかった。むしろワクワクしていた。バカだった。今も馬鹿には違いない。あの頃のバカは今の馬鹿と根っこは同じでも、種類の違うバカだった。

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 サービスエリアには欠かさず立ち寄り、コーヒーをガブ飲みする。するとトイレを使用する回数も増える。ナビに表示される到着予定時刻はぐんぐん先に伸びた。カフェインの摂取過多で胃にムカつきを感じつつ、空腹感にはしっかり苛まれた。しかし、まとまった食事を摂ると、ここぞとばかり睡魔に絡み取られるのはわかりきっていた。時間に余裕があれば、学生時代の思い出の味である神戸「もっこす」のラーメンを食べようと思っていたのだけれど、そんなささやかな企みも早々に放棄した。売店でチマチマと買い食いを繰り返しながら走った。
 九州自動車道の福岡インターチェンジで一般道に下り、最初の曲がり角を曲がった時、ステアリングに強い違和感を覚えた。ハンドルが暴れて思ったように弧を描けない。実は、少し前から調子を悪くしていたのだけれど、ちょうどそれと前後してタイヤを交換したので、不調はタイヤパターンのせいだと思っていた。しかし違ったようだ。かろうじて保たれていた何かが、最後の最後で粉々に砕け落ちたような感触だった。

 夜勤を終えて自宅にたどり着いたのが翌日の昼前だ。気分は最高にハイで、目がギンギンに冴えていた。千里浜まで、もう1往復も不可能ではないような気がしていた。
 トップケースとタンクバッグを両手にぶら下げたまま苦労して鍵を開け、後ろ手に玄関の扉を閉めるなりストンと尻餅をついて、そのまま動けなくなった。ここに及んで、全部使い切ったのだと感じた。達成感とも倦怠感とも違う。ぜんぜん爽やかではない代わりに、物凄く深い安堵に包まれた。歯の根が合わず、眼窩がジンジンと震えた。そのまま這うようにして自室に戻り、苦労して服を脱ぎ散らかすと、ベッドに倒れこんだ。憶えているのはここまでだ。そのまま次の日の夕方まで、ぶっ通しで眠った。途中でトイレに行った記憶はないけれど、粗相をしなかったところをみると、ちゃんと起きて用を足したらしい。寝覚めは最悪で、金縛りにあったかのように四肢に力が入らなかった。

 僕のSSWTR-3Daysは、こうして終わった。マシンも人もすべてを出し尽くして、後には真っ白な灰だけが残った。決して褒められたものではないし、なにより事故のリスクは計り知れない。途中で何度か後悔もしたけれど、参加してよかったと思っている。現在のところ次回参加の予定はない。
 

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Commented by 通りすがり at 2014-06-09 16:51 x
やりましたね!
無事で何よりです。お疲れ様でした!!
僕も行きたかった・・・
Commented by TigerSteamer at 2014-06-14 10:37
まだ参加できるかどうかわかりませんが、来年は千里浜でお会いしましょう。
通りすがりさんとは面識がないので、そちらから声をかけてくださると嬉しいです。今回は時間のない中での参加になりましたが、次は連休をとって、2日目のプログラムも楽しみたいです。
by TigerSteamer | 2014-05-27 00:00 | ツーリング | Comments(2)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気