Lucifer(魔王)

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 墨をこぼしたような夜の闇を切り裂いて、オートバイがひた走る。凍てつく冬の空気とバイザーが奏でる風きり音に混じって、カストラートの悲鳴がこだまする。しっかり閉ざしたはずの襟ぐりと袖口から、わずかに夜風が忍び込む。

Wer reitet so spät durch Nacht und Wind?
Es ist der Vater mit seinem Kind;
Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm.

夜の風をきり馬で駆け行くのは誰だ?
それは父親と子供。
父親は子供を腕にかかえ
しっかりと抱いて温めている。

 アスファルトがキラキラと輝くのは、早くも路面が凍り始めたから。太腿の内側に力を込め、タンクを両側から締め上げる。背中を丸め、肘をたたみ、行く手を見据える。アクセルを握る手に力を込める、追いすがる闇を振り払うように。

"Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht?"
"Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?
Den Erlenkönig mit Kron und Schweif?"
"Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif."

"Du liebes Kind, komm, geh mit mir!
Gar schöne Spiele spiel ich mit dir;
Manch bunte Blumen sind an dem Strand,
Meine Mutter hat manch gülden Gewand."

"Mein Vater, mein Vater, und hörst du nicht,
Was Erlenkönig mir leise verspricht?"
"Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind;
In dürren Blättern säuselt der Wind."

息子よ、何を恐れて顔を隠す?
お父さんには魔王が見えないの?
王冠とシッポをもった魔王が
息子よ、あれはただの霧だよ。

「可愛い坊や、私と一緒においで。楽しく遊ぼう。キレイな花も咲いて、黄金の衣装もたくさんある」

お父さん、お父さん!
魔王のささやきが聞こえないの?
落ち着くんだ坊や
枯葉が風で揺れているだけだよ。

 ハイビームの照らす円だけが、真実の世界を映し出す。燭台を掲げた巨人達の足下を、オートバイは駆け抜ける。土を蹴たてるエンジンの鼓動は、背後に迫りくる追っ手の息遣いを消し去る。鬱蒼と繁る樹々は、今まさに閉ざされんとする魔王の手。その指と指の間を擦り抜ける。

"Willst, feiner Knabe, du mit mir gehn?
Meine Töchter sollen dich warten schön;
Meine Töchter führen den nächtlichen Reihn
Und wiegen und tanzen und singen dich ein,
Sie wiegen und tanzen und singen dich ein."

"Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort
Erlkönigs Töchter am düstern Ort?"
"Mein Sohn, mein Sohn, ich seh es genau,
Es scheinen die alten Weiden so grau."

「素敵な少年よ、私と一緒においで。私の娘が君の面倒を見よう。歌や踊りも披露させよう」

お父さん、お父さん!
あれが見えないの?
暗がりにいる魔王の娘たちが!
息子よ、確かに見えるよ
あれは灰色の古い柳だ。

 道のはるか先、夜の帳に隈取られて、ぼんやり浮かぶ窓の明かりを見つけたとき、ライダーの胸に安堵が芽生える。滲んで見えるのは涙のせい。バイザーの内側で逆巻く風にあらがって、目を見開き続けたせいだ。

"Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt,
Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt."
"Mein Vater, mein Vater, jetzt faßt er mich an!
Erlkönig hat mir ein Leids getan!"

「お前が大好きだ。可愛いその姿が。嫌がるのなら、力ずくで連れて行くぞ」
お父さん、お父さん!
魔王が僕をつかんでくるよ!
魔王が僕を苦しめる!

 オートバイを道路脇に停める。指先と爪先に鋭い痛みが走る。感覚は既にない。ヘルメットを脱ぐ手ももどかしく、小走りで扉に近づく。そして慄然とする。

Dem Vater grauset's, er reitet geschwind,
Er hält in dem Armen das ächzende Kind,
Erreicht den Hof mit Müh und Not;
In seinen Armen das Kind war tot.

父親は恐ろしくなり、馬を急がせた。
苦しむ息子を腕に抱いて
疲労困憊で辿り着いた時には
腕の中の息子は息絶えていた。

 煌々と灯ったあかりは誰のため。無慈悲にも罠にかかったことを告げる”closed”のプレート。ケヤキの王の哄笑。(夜間は営業していません)



 

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Commented by ナゾベーム at 2014-02-08 07:01 x
お父さん怖いよ何かが来るよ。シューベルトの『魔王』みたいになっとるやないか。

漫才のネタに用いた笑い飯は偉いと思う。あんまり受けないみたいだけど。
Commented by TigerSteamer at 2014-02-08 10:36
哲夫がピンで歌う一休さんの替え歌はイマイチです。
コンビがいいですな。
Commented by flhtc2008 at 2014-02-08 21:30
なんとシューベルトの『魔王』とは!
あの不気味なリフとともにこの記事を読ませていただきました。
なんとも心引き裂かれる、まるでこの歌曲のような結末で・・・

なぜ店に明かりが付いているのだ?
そしてなぜ営業時間をチャックしなかったのか?
たぶん慈悲無き魔王の仕業に違いない。

もしお店が開いていたなら祝福と歓喜の歌』響いたでしょうに・・・。
Commented by TigerSteamer at 2014-02-09 03:22
トップ画のお店、アウローラは川沿い(ダム沿い?)の道の側にありまして、そうでなくとも辺鄙な場所ですから、夜中は真っ暗なのです。街灯もまばらでガードレールはなく、大変に見通しが悪いものですから、おそらく電気がついているのは、車が突っ込んでこないようにだと思われます。トラックなんかにハンドルを誤られた日には、お店はバラバラ、トラックは川にまっさかさま。細くて曲がりくねった山道を猛スピードで下ってきたトラックが、建物を吹っ飛ばして、そのまま川面に消えていく様子は喜劇的、まさに『天国と地獄』ですね。

http://steamer900.exblog.jp/20831636/
by TigerSteamer | 2014-02-08 02:00 | ツーリング | Comments(4)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気