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ウィルバー君、海を渡る

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 出前を頼んだ親子丼が待てど暮らせど届かないので、店に電話して催促したところ、「いま血抜きが済んだところで、これから調理にとりかかります」と返されるという小噺がある。「活きがいいので捕まえて〆るまでに手間取った」とかなんとか。

 そのての製造業には携わったことがないので、いまいちイメージがわかないのだけれど、それ流に言うなら、おそらく設計図は一から描き起こしているはずだ。CADなんぞは使わず、すべて手描きだ。それが終わって、ようやく組み立てが始まるかと思いきや、次のステップでは裏山で鉱石を採掘する。職人が一つ一つ丹精を込めて材料を吟味し、あれはダメこれもダメとより分けるから、ひどい時になると半年ほどは山に篭ることになる。プラスチックのパーツの場合は、あれは石油加工品なわけだから、当然アラブかどこかに出向く必要がある。そこまで拘り抜いた製品だから素晴らしい。採れたてピチピチだ。生産地の偽装などもってのほか、車海老の〜と言いながらブラックタイガーを使用するなどといった不正は、ドイツ人の沽券に賭けてもありえない。

 なんの話かと言えば、サスペンションだ。そろそろ注文してから半年が経過しようとしている。その間、まったく音沙汰がない。今のところ、納品までの最長記録ホルダーは、リアキャリアステーを購入した時のヘプコ&ベッカー社で5ヶ月だった。今回のウィルバースは、それをあっさりと更新し、記録は前人未到の6ヶ月目に達しようとしている。
 僕のTiger900は、製造中止から既に10年以上が経過しているオートバイなので、それで時間がかかるというなら仕方がない。最初に3ヶ月の納期を指定されて、そろそろかと思った頃に2ヶ月の延長を切り出されたという前例も耳にしている。ただ、なんの断りもなく半年というのは前代未聞のようだ。ドイツのメーカーなので、ちょっと訪ねて行って、工場が稼働しているか確かめるというわけにもいかない。

 アイルランド在住で同じTiger900のオーナーである友人にメールで相談してみたところ、彼はウィルバースというメーカーの存在を知らなかった。その上で、いくらなんでも半年は長すぎる。絶対に怪しいからキャンセルすべきだと断言した。社外品のサスペンションが欲しいなら、ホワイトパワー製でよければ(トップ画像の物)一本余っているから、安く譲ってやるとまで言う。なんて嬉しい申し出だ。胸が熱くなった。半年前に聞いていたなら、迷わずそうしていただろう。しかし最早あとの祭りだ。
 心配しても埒が明かない。座して待つより仕方がない。それに、あれこれ考えるより、実際はシンプルな問題なのかもしれない。

 ヘプコ&ベッカーとウィルバースには、同じくドイツのパーツメーカーだという共通点がある。リアキャリアステーの時は、船便や航空便ではなく、わざわざ社主であるヘプコ氏自らが熱気球に乗って届けてくれた。中国の上空で季節風の影響をモロに受け、大幅に進路を狂わされて大変だったそうだ。ロシアの辺りまで流されたところで領空侵犯の廉で撃墜されかかり、九死に一生を得たものの当局に留め置かれたせいで納期が倍になったと、やつれ果てた表情で話してくれた。
 ウィルバー君はおそらく、陸伝いに泳いで来るに違いない。あっぱれゲルマン人魂。さすがはサンタクロースを産んだ国ドイツだ。世界地図を眺めながら、そろそろ喜望峰には到達したかしら、ひょっとすると早々に東南アジアの辺りまでは来ているのだけれど、現地の食事でお腹を壊して立ち往生してるのかも、それともロシア回りのルートかしら、領海侵犯で捕まったりしたらヘプコ氏の二の舞だ、などと空想するのは楽しい。もとい、半ばヤケクソだ。そうでも考えないと、とてもやっていられない。

 もしウィルバー君の足が攣って溺れたり、サメのエサになったり、ロシア人に蜂の巣にされて志半ばで散った場合は、間違いなく背中に背負ったサスペンションも海の藻屑になるだろう。そうした場合、先に払った代金が返ってくる望みは薄い。覚悟はできている。捜索にかかる費用か線香代にでも充ててもらって結構だ。だからせめて、死因がなんなのかくらいは教えて欲しい。頼む方も作る方も覚悟が要る。ドイツ人から物を買うというのは、そういう事だ。
 

by tigersteamer | 2013-12-17 12:39 | オートバイ | Comments(0)