孤高のソロツアラー 仙人

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 うろ覚えだが、作家の大沢在昌が作中で「ハードボイルドとは生き方だ」というようなことを言っていた。なるほど、僕はどちらかと言えば素養の問題かと思っていたけれど、生き方として自分に強いるなら、よりストイックでハードボイルド的だ。ならば僕も言っておきたい。
「ソロツアラーとは生き様だ」
 生き方というのはスタイルだから、あくまで自分の中に帰結する。対する生き様とは、「生」きていく「姿・形、有様、様子」である。文章や映像に仕立てたものを鑑賞するのでなければ、第三者の視点が必要となる。つまり、僕のように他人に合わせるのが苦手というだけでソロツアラーを自称しているのは本物ではない。誰かにレッテルを貼られる必要がある。
 今回は僕の出会った孤高のソロツアラーについてお話ししたい。どこに出しても恥ずかしくない本物だ。彼がソロツアラーを自称している事実はない。しかし、そのスタイルはまさしくソロツアラーであり、ソロツアラーであるがゆえに異端者であり、アウトローでもある。

 出会いは5年ほど前、今もお世話になっている車の修理工場だった。仕事仲間、単車仲間のたまり場であり、上は六十代の後半から下は二十歳そこそこまで、幅広い顔ぶれが集まるとはなく集まって、他愛もない雑談に花を咲かせていた。僕と彼はそこの常連客だった。
 その日は仕事帰りに立ち寄って、携帯電話をイジりながら休日のプランを練っていた。どんな話の流れでそこに行き着いたのかは憶えていない。明日は休みなので、久しぶりにオートバイで遠出しようと思いますというようなことを話したら、その男性は暫く考えてから、こう言った。
「それなら、こんなルートはどうかな。夜中に出発して大分の佐賀関からフェリーに乗るといい。愛媛の三崎に着いたら、四国を半周して倉敷に渡って、山陽を流して帰ってくるといいよ」

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 ええっと・・・。二の句が継げずにいる僕にもどかしげな視線を投げ掛けながら、彼はなおも続けた。
「大丈夫だよ、朝までには帰ってこれるから」
 僕がしたかったのは、忙しいさなかの休日に命の洗濯をするためのバイク旅であって、オートバイ乗りが武勇伝として語りたがるような鉄人ツーリングではなかった。ちなみに、うちは福岡の内陸部だ。
「昼は◯◯の◯◯道路を越えて少し行ったところにある◯◯峠の◯◯屋で、讃岐うどんを食べるといい。あそこら辺だったら、そこが一番おいしいから。そうだ、フェリーの時間を調べてあげようか」
 際限なく続きそうな話を手で遮って、愛想笑いで応えた。なにかの冗談だと思ったのだ。しかし、僕がのちに"仙人"と名付ける彼は大真面目だった。その目は柔らかさこそ湛えているものの、まったく笑っていなかった。

 また、こんなこともあった。
 オートバイにサイドケースのステーを取り付けた時のことだ。わざわざドイツに発注したあげく、半年近く待たされて、ようやく届いた品だった。嬉しくないわけがない。オートバイの傍で、あらゆる角度から写真に収めんと携帯電話のカメラを構えていると、背後から声がかかった。

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「虎蒸気君は仕事をやめたんだね」
 もちろん辞めてなどいない。どこかでそんな噂が流れているのかもしれない。誤解されるような事を口にしただろうか。首をかしげている僕に、それ、と指をさして言った。
「パニアケースは、一週間くらいのロングじゃなければ要らないでしょう」
 茶化されているのだと思った。とっさに作り笑顔を浮かべようとして、凍りついた。彼は心底、不思議そうな表情で僕を見つめていた。
「仕事の都合で連休が取れないから、日帰りのツーリングしかできないって言ってなかったっけ」
 彼の言ったことは酷い偏見に他ならない。あれば便利なアイテムなのだから、付けたければ付ければいいい。しかし、何を入れたらいいのか迷わなかったと言えば嘘になる。日帰りツーリングしかしない自分には無用のアイテムだと、わかってはいた。こんなにダイレクトに指摘されるとは思ってもいなかった。僕の心の柔らかい場所を深々と抉りながら、それでいて皮肉めいた嫌らしさはまったくないのもショックだった。この一件がトラウマになって、僕はまだ一度もサイドケースを取り付けることができずにいる。

 仙人は五十代の半ば、自身はBMWのR100RSに乗っている。この組み合わせもまた、僕の意識下に深く刻み込まれた。絶妙のチョイスだ。もし仙人が国産のツアラーやクルーザーに乗っていたとしたら、ここまで印象には残らなかったかもしれない。
 この時代のBMWは、弁当のおかずに例えると昆布巻きや佃煮だ。基本的に味付けは醤油で、ぷんとダシの香りがする。子供の喜びそうなタコさんウインナーやケチャップのかかったハンバーグは含まれない。たまに珍しい配色を見つけたと思ったら、でんぶや福神漬だったりする。見た目の派手さはないけれど、時間を経ても味を落とさず、濃いめの味付けが疲れを癒してくれる。弁当のおかずとしては最良だ。仙人のR100RSもまた、醤油で煮しめたような業物だった。刃渡りは短いけれど切れ味は良さそうでいて、剣呑さはまったく感じさせない。
 こんな事を書くと、R100RSのオーナーからは反感を買うかもしれないけれど、僕がこのオートバイにダブらせているイメージは技術大国ドイツの生んだ由緒正しい工業機械であり、おしゃれな佇まいのオールド・モーターサイクルではない。搭乗員約1名を乗せて走る為の乗り物だ。

 僕が仙人のライディングを見たのは、後にも先にも一度しかない。年に数回、たまり場のメンバーでマスツーリングに出かけた。その時の行き先は山口県の角島を経由して秋吉台だったように記憶している。いつもは誰かの思いつきで突発的に企画されるので、総勢10数台にのぼるのは珍しかった。スーパースポーツからクルーザーまで幅広い車種が参加していた。

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 出発時に案内役をかってでたのは、リーダーである工場の主だった。僕は2番手を走っていた。長蛇の列を作って走るような場合は、信号や他車の割り込みで分断した時のことを考えて、できるだけ先頭を走らないで済むポジションに身を置く。土地勘がない上に重度の方向音痴だからこそ身についた一種のマナーだ。
 何度目かの休憩を挟んだ後で、千鳥を組んで進む一行の横を、スルスルッと追い抜いて行く者がいた。仙人だった。彼の人となりについて、その頃にはだいぶわかってきていた。大人しく行列の後ろをついて走るのに飽きたに違いなかった。
 リーダーは、しばらく仙人と並走したのち、仕方なくといった風に列を下がって行った。もともと決まった役割などなかったし、何と言っても仙人はオートバイツーリングのエキスパートだ。日本中に行ったことのない場所はないと噂され、西日本ならゼンリンのロードマップはすべて網羅、九州に限るなら地図に載らない裏道まで熟知している。本来ならば、こんなに心強い存在はない。ロケットが予備エンジンを切り離すように、不慣れな道に入ったので先導役が入れ替わった。僕はそのように理解した。そして、そこから阿鼻叫喚の地獄絵図が始まった。

 先頭を走る者は、全体のペース配分に気を配らなければならない。ベテランもいれば不慣れな者もいる。時速300キロまで刻まれたスピードメーターがあれば、その3分の1がやっとのオートバイもある。分断された後続集団が迷わないように、曲がり角の手前で待機したり、複雑なルートを避ける配慮が必要になる。仙人のライディングには、その配慮が決定的に欠けていた。無理な追い越しやスリ抜けこそしないものの、赤に変わりかけた信号の手前で速度を上げたり、わざわざ細くて曲がりくねった道を通ったり。オートバイによっては、パッシングスイッチや燃料計がないのと同じように、もともとそんな機能は備わっていないかのように思えた。
 仙人が先頭を走り始めてから、一行の進むペースはぐんと早くなった。有能な指揮官に交代することで兵隊の士気が上がり、行軍スピードに変化をもたらした。そんな好意的な解釈は、間もなく木っ端微塵に打ち砕かれた。たしかに面白いコースではあった。つづら折れのワインディングを、仙人のテールランプを見失わないようにハイスピードで駆け抜け、ようやく休憩地点とおぼしき場所にオートバイを停めた時には、先頭集団は3、4台になっていた。

 仙人はヘルメットを脱いで汗を拭いながら言った。
「楽しかったね」
 そうですね・・・としか言いようがなかった。たしかに楽しかった。
「他のみんな、ついてこれますかね」
「さあ、大丈夫じゃないかな」
 仙人はそのままスタスタと歩み去った。おそらく、そこが彼のお気に入りの場所なのだろう。勝手知ったる様子だった。トイレにでも行ったに違いない。暫くして戻ってくると、所在無さげに佇む僕らを一瞥して、さも驚いたかのように言った。
「あれ、みんな来てない?」 
 手分けして後続チームと連絡を取り、僕らのいる場所が前もって決めていた休憩場所とは、かけ離れた場所であることを知った。一行は干からびて踏みつぶされた蛇の抜け殻のように散り散りになっており、なおかつ免許取りたての1名は行方知れずだった。
 ようやく全員が集まり、再出発の態を成した時には、かなりの時間が経過していた。リーダーはカンカンに怒っていた。
「今度は頼むぜ。いちばん道に詳しいのはお前なんだからな」
 仙人はうなだれ、照れ笑いを浮かべていた。

 このエピソードを読んだ限りでは、仙人はよほど集団生活に慣れていない、社会不適合者のような印象をもたれるかもしれない。しかし、普段の彼は大手自動車メーカーに勤め、大勢の部下をまとめ上げる管理職だ。にわかには信じ難いけれど、オートバイに乗ることによって、完全にオンとオフが切り替わるのだとしか思えない。
 あの日、再び先頭を走り始めた仙人は、反省の甲斐もなく瞬く間に小さくなって、芥子粒のように消え去った。みるみるうちに遠ざかっていく彼の後ろ姿を見つめながら、僕の心の奥底から湧き上がってきたのは苛立ちではなかった。憧憬と憐憫と羨望と失望をゴチャ混ぜにした、同族嫌悪にも似た感情をなんと表現したらいいのだろう。僕は初めて自覚した。目の前の楽しみに没頭すると、周りの一切が見えなくなる人物を身近に知っていたからだ。それは自分自身の背中だった。彼は追いつこうとしても追いつけない、夜空に輝く北極星だった。

「ソロツアラーとは生き様であり、また血脈でもある」
 仙人の孤高の魂は、その日、確実に受け継がれ、一人のライダーを覚醒せしめた。まだ遠く及ばないけれど、まぎれもなく僕もまた一人のソロツアラーだったのだ。
 

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by tigersteamer | 2013-10-08 00:06 | ツーリング | Comments(0)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気