駐車場の誓い

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 一昨日の23時ごろ、場所は職場近くの書店の駐車場。福岡県地方は、その夜も雨だった。ぎっしりと車が詰まった状態のパーキングを、進行方向の矢印に沿ってグルグル巡回していた。空いたスペースを虎視眈々と狙う車が数台いて、僕もその中の一台だった。何度か獲物を逃したあとで、ようやく運が巡ってきた。前の車が出て行ったばかりの空間に、すばやくバックでねじ込んだ。店からは最も離れた一角だった。

 遠いといっても20メートルほどだ。雨の中を走ってもよかったのだけれど、店が本屋だけに濡れた客は好むまい。すばやく車外に出て、置き傘を取り出すべくトランクを開けた。その瞬間にそれはおこった。
 降りしきる雨の中、トランクに頭を突っ込んだ中腰の姿勢で、時が止まったような錯覚を覚えた。これまでに何度か経験したことのある痛み。しかし、こんな悲惨な状況での遭遇は初めてだ。

 ――ギックリ腰。

 とりあえず、とりあえず、本屋は諦めた。
 そのまま車の運転席に視線を巡らせた。たったの数メートルが絶望的な距離のように感じた。あそこまで辿りつけるだろうか。しかし、いくら書店から一番遠いといっても、当然人の目はあるわけで、こんな姿勢のままいつまでも立っておけるものではない。ましてやこの雨だ。
 少し足の向きを変えるだけで、鈍器で殴りつけるような痛みが全身を貫く。そろり、そろりと移動する、その間にも、雨は礫となって容赦なく僕の全身を打つ。1メートル移動するのに、ゆうに10分はかかっただろう。運転席に落ち着いた時には、日付はとっくに変わっていた。

 落ち着く、という表現は正確ではないかもしれない。人の目と雨を避けることができる場所に辿り着いたという意味であって、ひと心地つけたわけではないからだ。車の中に潜り込んだはいいものの、シートに腰を据えることはできなかった。痛みを避けながら身体を動かし続けた結果、運転席に下半身を置き、サイドブレーキを跨いで、助手席に手をつく形で、四つん這いの姿勢を余儀なくされた。当然ながら、顔は助手席のウインドウに押し付けている。革靴の爪先を取っ手に引っ掛けて、なんとかドアを閉めることができた。まるでヨガだ。何時間かかるかわからないが、この調子でジワジワと体勢を入れ替えて運転席に座り、自分で運転して帰るしかない。
 腰痛は職業病のようなものだ。しかし、まるで関係がないわけではない。常日頃の負担を軽減させることができれば、症状はずっとよくなるに違いない。僕はこの世に生を受けてから、何度となく誓った言葉を改めて呟いた。いや、今度こそ本気だ。本気の本気だ。

 あの日、左隣のスペースに止めた車の、運転席に座っていた女性を忘れない。肩まである長い髪の、若い娘だった。彼女は車から降りようとしてふと横を向き、2枚のガラス越しに苦悶の表情を浮かべる僕を見た。一瞬、目があった。彼女はぽかんとした表情で僕を見つめ、直後に絶叫した。「サイコ」のジャネット・リーを凌ぐ名演技だった。よほど恐ろしかったのだろう。そのまま後に倒れこみ、這うようにして助手席に移った。そして、恐る恐るといった風にこちらを向き、やがてオバケや変質者の類ではないと察したのだろう、急に恥ずかしげな表情を浮かべ、そして露骨な敵意を込めてキッと僕を睨み、その後は視線を動かすことなく前だけを見て車を発進させた。

 遠ざかるテールランプを眺めながら、自問自答を繰り返した。なんでこんな惨めな思いをしなくてはならないのか、わかってんだろ。痩せるんだ。健康になるんだ虎よ。もうそれしか道はないんだぜ。
 

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by tigersteamer | 2010-07-01 13:59 | 雑記 | Comments(0)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気