また会えたね

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 ナポリタンはおいしい。これに尽きる。決して懐古的な意味ではなく、あのボリュームと栄養のバランスは素晴らしい。さすがは日本の食文化から生まれただけのことはある。もし、ナポリタンが正真正銘ナポリ生まれだったとしたら、きっとスパゲッティに半殺しのトマトソースをぶっかけた手抜き料理か、あるいはその上にチーズをトッピングした、歴史と伝統だけの、つまらない食べ物になっていただろう。バジリコの葉などなくても同じだ。

 パスタとは、イタリア料理において、小麦粉を練って作られた食品全般を指す。しかし、何故かこの言葉が日本に上陸した当時は、スパゲッティの別称であると同時に、旧来のものとを区別するかのように用いられていた。今から二十年以上前のことだ。
 好物はなんですかと問われて、スパゲッティですと答えようものなら、「パスタの美味しい店、知ってますよ」などとお節介を焼かれる。僕が好きなのはスパゲッティであって、広義のパスタではない。しかし、そこはあえて反論しない。おそらく相手の知っているパスタの美味しい店のメニューにはスパゲッティしか並んでいのだから、教えてもらっても損はない。
 
 急速に人口に膾炙しつつあるパスタという言葉が、本来の意味とは違う使い方をされていることには気付いていた。
 当時はまだ耳なじみのない、ボンゴレやマリナーラ、カルボナーラやペペロンチーノといったメニューをパスタと呼び、子供の頃から慣れ親しんだナポリタンはスパゲッティと呼ばれた。両者の間には純然たる格差があった。本来ならミートソースも負け組の一員だったはずなのだけれど、ずいぶん後になってから、なぜかボロネーゼという名前でパスタ入りを果たした。
 その一方で、本来ならパスタの顔役としてハイソサエティの顔になるべきだったマカロニは、依然としてサラダやグラタンの具としてのマカロニであり、パスタの名で呼ばれることはなかった。家庭料理に深く根ざしていたから、今さらイタリア料理だと言われても、認識を新たにしにくかったに違いない。しかし、マカロニよりもずっとスタイリッシュで洒落た雰囲気を纏っているラビオリやペンネを用いた料理ですら、パスタと呼ばれることは稀だった。

 こんな風に仕分けると、当時をよく知る人からは厳しい指摘をもらいそうだけれど、認識に個人差こそあれ、スパゲティがパスタでなかったことだけは事実だ。
 当時はイタリア料理がブームだった。「イタ飯」と呼ばれて、都会的な若い男女の間でもてはやされた。フランス料理ほど格調が高くなく、値段に幅があって、オシャレで洗練されていながら野趣も含んでいる。デートのマストアイテムだったと言っても過言ではない。昔から女性に縁のなかった僕は、このての食べ物が苦手だった。努めて興味のないふりをしていた。

 僕がパスタに手を出したのは、イタ飯ブームが沈静化して暫くしてからのことだ。それまでは、むしろイタリア生まれの麺類そのものから距離をおいていた。思春期特有の過剰な自意識でもって、なにやら物凄く恥ずかしい食べ物だと感じていたからだ。その頃には、だいぶ裾野が広がって、オシャレなイタリアンレストランでなくても、パスタを食すことができるようになっていた。
 その時、たしかメニューにナポリタンの文字はなかったように思う。既になかったのか、単に気付かなかったのか、あるいは意識して見ないようにしていたのかは定かでない。アルデンテには程遠い、柔らかめに茹でた麺と、野菜とハム、もしくはソーセージ、そしてケチャップで味付けした日本生まれのスパゲティは、パスタの攻勢に駆逐されて、人しれず専門店では食べられない料理になっていた。それっきりだ。我ながら薄情なことだと思う。しかし今に至るまで、ナポリタンのいないメニューに物足りなさを感じたことはなかった。

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 そして冒頭の一文に続く。この日、何年ぶりかに出会ったナポリタンは、思わずお代わりするほど美味かった。子供の頃に食べた味とは少し違うけれど、このボリュームとエネルギーは、まさしくナポリタンだ。

 久々に見る彼は、健康そうに日に焼けていた。なまっ白い肌にやたらと血色だけがよく、緑や白の野菜で不相応に着飾ったコシのない青年の姿は、そこにはなかった。謂れのない迫害を受けて、長年にわたって辛酸を舐め続けたにもかかわらず、昔より酸味が抜けていた。そのかわりに、刻まれていたのは年季だ。
「やあ」
 ナポリタンは言った。きのう別れたばかりの友達に会ったような口ぶりだった。
「ひさしぶり」
 思わず目頭が熱くなった。昔からそうだった。この素朴さと優しさは彼の持ち味だ。
 今まで忘れていたことを謝ろうとしたのだけれど、とっさに言葉が出てこなかった。代わりに、目を閉じてフォークを口に運んだ。
 色んなことがあったに違いない。姿を消してからの年月を、どこをどう旅して、この海の近くのカフェに辿り着いたのか、その経緯が知りたかった。
「いたさ、いつも、すぐそばに」
 そんなはずはない。
「君が気付かなかっただけだよ」
 そういう物は、他にもたくさんあるよ。彼は笑って言った。

 我ながらバカバカしく感じるけれど、本当にそうだ。いつの頃からだろうか、時々ふと思い出したかのように、食べ物で感傷的になることがある。
 

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by tigersteamer | 2013-06-07 03:43 | 食べ物一般 | Comments(0)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気