腕利きシェフにお願い

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 その日は料理当番だった。いつもは遅刻ギリギリまで時間つぶしをするところが、勤務開始の15分前には職場に入った。大急ぎで手を洗い、割烹着に袖を通し、厨房にはいるや否や冷蔵庫を開け放って食材の確認を行う。季節の行事やお祝い事など、特別な場合を除いてメニューの指示はない。そこにあるもので人数分の食事をでっち上げなくてはならない。

 制限時間は90分、悠長に構えている余裕はない。料理を作り慣れている人なら十分なのだろうけれど、こちとらはズブの素人だ。ファンファーレと共に無慈悲なカウントダウンが始まり、ものすごく低レベルなキッチンスタジアムの幕が切って落とされる。
「おいしい物ばかり食べてると、人間が腐る」
 毎回の儀式であるオマジナイを唱えてから、おもむろに野菜の皮むきを開始した。
 ピーラーで野菜の表面を削り落としたら、ジャガイモを茹でている間に、玉ねぎを微塵切りにする。それをフライパンで炒めて、合挽き肉と合わせる。塩分制限があるので、塩胡椒は控えめに。足りなければソースで補ってもらおう。茹で上がったジャガイモは熱を冷ましてから潰し、先ほどの玉ねぎとミンチを混ぜて、小判状に丸める。あとは溶いた卵にくぐらせて、フライパンで焼くだけだ。新ジャガイモと新タマネギのコンビだから、十分美味しいに違いない。

 できあがりを大きめの皿に取り分け、前もって作っておいたホウレン草のソテーとニンジンのグラッセを添えた。我ながら良いできだ。あとはサラダを用意しよう。残り時間は30分ほど。楽勝だ。まもなくミッション終了。今回はラッキーだった。学生時代から今に至るまで、何十回、何百回と作った料理だ。目をつぶってでもでき・・・うわあ、やべえ味見してねえよ。バカバカバカ俺のバカ。
 その時、おそらくは心配して様子を見にきたパートのおばちゃんが、背後で感心したような声をあげた。
「虎ちゃん、ピカタやら知っとうと。考えたやない、簡単で美味しかもんねえ」
 ピカ太? 光太?
 なんのことだ。流行りのキラキラネームだろうか。おばちゃん、孫にその名前をつけるのはやめた方がいい。きっと学校で虐められるよ。
「余った卵はスクランブルエッグにしてから、横に添えるとよかよ」
 その聞きなれない言葉が、僕の作った料理を指しているのだと気付くまで、しばしの時間が必要だった。
「・・・ピカタって、ひょっとしてこれのことですか」
「そうよ、知らんで作ったと?」
 そんなはずはない。これはそんな名前の料理ではない。僕の断りもなく変な呼び名を付けないで欲しい。




 家賃1万円の貧乏アパートに住んでいた学生時代のことだ。食うや食わずで家賃も滞りがちだった僕を見兼ねて、大家がダンボールいっぱいのジャガイモとタマネギを差し入れてくれた。
 涙がこぼれるほど嬉しかった。しかしその反面、禅問答をつきつけられたような気がして頭を抱えた。これが嫌がらせでなければ何だろう。
 シャワー・トイレ共同、風呂なし、電話なし、隙間風の吹き込む六畳一間のアパートには、それを調理する台所がなかった。小火でもだそうものなら間違いなく全焼は免れないから、大家がガスコンロとシンクを撤去したのだ。安い物件には、それなりの理由があった。

 基本的に自炊は禁止とされていたけれど、住人各々が電子調理器を使うことだけは許されていた。電子レンジはアルバイトをして買ったし、ホットプレートと電熱ポットは先輩に譲ってもらったものがあった。とりあえず、水洗いしたジャガイモをラップでくるんでチンした。一応、食べられるように加工することはできるけれど、毎日が同じものでは飽きてしまう。その日から、ポテトサラダ、マッシュポテト、ステーキ、姿焼き、活け造り、踊り食いと、思いつく限りを試したあとで、最後にたどり着いたのが、この衣なしコロッケだった。身ぐるみ剥がされて、素っ裸になったコロッケだから「追い剥ぎコロッケ」と命名した。多くの追い剥ぎが貧困を理由に他人の衣服を奪うように、僕は麻雀の負けを清算してコロッケの皮を剥ぐわけだ。

 爪に火をともすような生活の末に編み出したオリジナルメニューに、あらゆるアレンジを試みてバリエーションを増やした。カルボナーラにインスパイアされ、卵で衣をつける術を編み出した。粗挽きの黒胡椒をふりかけた「追い剥ぎと炭焼き職人のコロッケ」は、写真でしか見たことのない太陽の光が燦々と降り注ぐ地中海の潮風と、タバコの煙とハウスダストに満ちた薄暗い六畳間に漂う饐えた汗の臭いのコラボレーションだ。それは僕の学生時代の大切な思い出なのだ。
 それをピカタだかノビタだか知らないが、振ればカラカラ音がしそうな軽薄な名前で呼ぶのはやめて欲しい。

 やがて仕事が終わると、着替えるのももどかしく事務所のパソコンを立ち上げた。ピカタとやらがどんなものなのか、どこの国の料理なのかを調べるためだ。

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ピカタ(伊:piccata)は、イタリア料理のひとつ。ピッカータとも。
薄切りの肉などに食塩、コショウなどで下味をつけてから小麦粉をつけ、パルメザンチーズを混ぜた溶き卵をたっぷりとからませてソテーしたもの。
豚や子牛のヒレ肉やロース肉、鶏の胸肉などが用いられることが多いが、タラやカジキなどの白身魚や豆腐、ズッキーニなどのピカタもある。(Wikipediaより転載)

 なんだこれは、全然違う。追い剥ぎコロッケとの共通点は、卵をくぐらせて焼くところだけだ。
 次いで、クックパッドでも調べてみた。「じゃがいも ピカタ」で検索すると、でるわでるわ。どうやら本当に、追い剥ぎコロッケは(少なくとも日本では)ピカタと呼ばれているらしい。しかし、この二つを同じものとみなすのは、焼き鮭とサーモンのムニエルを同一視するくらいの無理がある。間違っていると断定してもいい。なんとかピカタを払拭して、追い剥ぎコロッケを定着させる手立てはないものか。

 あの狭くて薄暗いアパートの一室で、まるで天啓の如く追い剥ぎコロッケを思いついた時のことが、脳裏にありありと思い浮かんだ。あの誇らしい気持ち。一瞬で五十年先の未来を夢想していた。いつか僕が歳をとって、孫かなんかと遊園地に行った時に、せがまれて入ったレストランでポツリと言う。
「お前の食ってるそれは、むかし爺ちゃんが発明したんだ」
 おそらく、孫は興奮した口振りで母親に報告し、教育熱心な嫁はわざわざ電話を寄越すに違いない。
「お義父さん、タダシにおかしなことを吹き込まないでください」
 横で項垂れているお爺ちゃんっ子のタダシ君に「おじいちゃんは大ボラ吹きなんだから、なんでも言うことを信じちゃだめ!」くらいは言うかもしれない。
 でも、その一言だけのために、試してみる価値はある。自分が発明者だからといって、何も権利を主張する気はない。商標を登録して独り占めにする気はないし、特許を出願して儲けようなんて気もない。

 この記事を読んだレストランのシェフの皆さん、もしよろしければ、メニューの片隅に「追い剥ぎコロッケ」を加えてみる気はありませんか。口コミでは限界があります。ぜひともお力をお借りしたい。そして首尾よくピカタを駆逐し、追い剥ぎコロッケが料理界を席巻したあかつきには、Wikipediaの該当ページの片隅に、名付け親として僕の名前を載せていただきたい。ただ、鬼嫁をギャフンと言わせるため、タダシくんのお爺ちゃんを嘘つきにしないために。
 

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Commented by みずっち at 2013-05-30 23:13 x
そのまえに結婚しないと。
Commented by tigersteamer at 2013-06-02 00:35
みずっちさんとこの娘が結婚できる歳になるのは何年後ですか?
by tigersteamer | 2013-05-27 12:34 | 食べ物一般 | Comments(2)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気