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逆襲のラムチョップ

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 毎月16日はラムチョップの日だ。その日は必ず仕事帰りにラムチョップを食べる。食べに行くのはだいたい同じインド料理店で、店と常連客という関係が嫌いな僕にしては、長期間に渡って良い関係を築けていると思う。月に2〜3度というペースが、多くもなく少なくもなく、丁度良いのかもしれない。注文する品はまちまちで、カレーがメインのコースに付けあわせ程度のラムチョップだったり、ラムチョップを数人前とナンにサラダだけだったりする。

 ウェイターのインド人の青年がとても人懐こくて、ちっとも日本語が上手くならないくせに、客の好みはよく憶えている。辛さや付け合わせの量を加減してくれるほか、食前にラッシーをサービスしてくれるのもいい。
 店側から特別扱いされたり、コミュニケーションを求められたりするのが嫌で、気に入った店になればなるほど無愛想を貫いたりするのだけれど、この店に限っては気にならない。
 他の客のテーブルには盛んに愛嬌を振りまきに行くウェイターが、僕の所にはオーダーを取る時と料理を運ぶ時以外は寄り付かないのもいい。それでいて、クリクリした目と彫りの深い少年のような顔立ちで、ニコニコしながら「ソロソロ来ル頃ト思ッテタ」などと言われると、縮れた髪の中に指を突っ込んでクシャクシャ掻き回したくなる。(断っておくが、変な趣味はないぞ)

 先日、そのインド料理店との蜜月に、あわやヒビが入るかも、という事態に陥った。はたからみると、実にしょーもない理由で二度と行かなくなったりする狭量な人間なのだけれど、好きで長く通った店だけに絶交するのは惜しい。
 きっかけは些細なことだった。うっかりラムチョップを注文し忘れたところ、ウェイターがこう尋ねたのだ。

「今日ハ、マトン食べナイ?」

 マトン? 思わず聞き返しそうになった。僕の大好物はマトンじゃない、ラムだ。

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羊肉(ようにく)は、羊の肉である。生後およそ12か月以下の子羊の肉はラム、それよりも年をとった羊の肉はマトンと呼ばれる。ただし厳密には、永久門歯の有無により区別される。(Wikipediaより転載)

 一般にマトンは脂が多く、臭みがあってラムよりも格が下がるとされる。ラムと偽ってマトンを出すというのは、他のものに例えるなら、若鶏と偽って地鶏を食わせるようなものだろうか(違う)、それともハマチと偽ってブリを食わせるような(これも違う)、バイク屋が中古バイクのトリップメーターを巻き戻して販売するような行為かもしれない。よく聞く話ではあるけれど、バレると悪徳ショップのレッテルを貼られて、某大規模掲示板上で晒されたりする。
 
 これに腹を立てるにしろ、こちらの認識に間違いがあってはならない。急いで家に帰って羊肉について調べてみたところ、さらに驚愕の事実が判明した。
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マトンというと日本では、羊肉ですがインドではヤギ肉もマトンです。
というかむしろマトンと言ったら「ヤギ肉」をさすのが普通です。(インド人シェフのブログより転載)

 これはもう、門歯がどうこうといった問題ではない。回転寿司でマグロの中トロだと思って食べていたものが、実はグロテスクな深海魚だったというくらいの衝撃だ。聞くところによると、ヤギの肉は臭みが強くて、よほど食べ慣れた者でない限り喉を通らないらしい。滋養強壮に効果があると聞くが、味が濃厚すぎて逆に食欲が減退するとも。その癖の強さたるやマトンどころではないそうだ。羊頭狗肉とは聞くけれど、羊頭山羊肉は初めてだ。四文字じゃないから浸透しないのかも。

 しかし、せっかく良好な関係を築けた店だ。下手にクレームととられて、それを境に面倒な客としてブラックリストに載るような事態は避けたい。インド人ウェイターの悲しむ顔も見たくない。伏せた長い睫毛を小刻みに震わせながら、目尻に浮かんだ涙がみるみるうちに大粒に膨れあがって、はらはらと声もなく泣き始めたりしたらどうしよう。なんと声をかけたらいいだろう。次からサービスのラッシーが出てこなくなったら・・・。
 マトンが羊だろうかヤギだろうが構いやしない。そんなことに拘る奴は、よほどケツの穴が小さい男に違いない。猿でもラクダでもドンとこいだ。

 とにかく、尋ねるにあたっては、さりげなく、あくまでさりげなく、決して詰問口調になってはならない。たとえ最悪の答えが返ってきたとしても、相手を非難したり、あからさまに落胆したりしてはならない。興味本位を装って、深い意味を持たせずに発しなくてはならない。
 コミュニケーションのスキルがゼロに等しい僕にとって、これは難題だ。ああでもないこうでもないと無い知恵を絞りながら、それでも日をおかずに店を訪ねた。時間が経つと、なしくずしにしてしまいそうだった。

 以下、インド人ウェイターとの会話
「・・・それと、ラムチョップをふたつ」
「ラムチョップ2ツデスネ」
「そうそう、ところで、ラムって何の肉?」
「ラムワ"ヒツジ"デス」
「羊って、もこもこした?」
「モコモコ?」
「つのの生えた?」
「ツノ生エテマスカ?」
「メーメーって鳴く?」
「メーメー?」
「ユキちゃんだよね、ハイジの(注:ユキちゃんは雌の仔ヤギ)」
「ユキチャン? 誰デスカ?」

 どうやらヤギではないらしい。ホッと胸をなでおろすと同時に、背筋に緊張が走る。最悪の事態は回避された。しかし、問題はここからだ。

「ラムチョップはラム?」
「ラム? ソウ、ラムチョップ」
「マトンではなくて?」
「アー、違ウ。マトン、ウチノ"ラムチョップ"ワ"マトン"デス」
「やっぱりマトンなのか。なんかこう、歯触りとかがラムじゃないなーって感じはしててね(嘘)。そうかそうかマトンか、そんなこた別にどうだっていいんだけどね」
「ソウデス。"マトン"ト"ラム"ワ同ジ」
「でもマトンなのにラムチョップなのはなぜ?」
「・・・ラムチョップダカラ。"マトンチョップ"ナンテナイデス」
「・・・なるほど。こやつめ、ハハハ!」

 言われてみれば確かにその通り。豚バラに串をうっても焼き鳥は焼き鳥なのと同じことだ。なんか腑に落ちないけれど、まあいいか。美味いし。
 

by tigersteamer | 2013-04-10 22:15 | 食べ物一般 | Comments(0)