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真実の松前漬け

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 以前、食い道楽を自負する知り合いから、こんなことを言われたことがある。

「例えばグレープフルーツ。誰もがみんな食べたことぐらいはあるだろうけど、少なくとも銀座の千疋屋なりで、一個何千円かするものを食べない限りは、その味を云々する資格はない」

 ははあ、なるほど。僕はスーパーで売っているような物しか知らないけれど、それが本当にグレープフルーツの味かと言われれば、首を傾げざるを得ない。最高品質のものとで味が天と地ほども違ったとしても、食べたことのない僕にはわからないからだ。
 僕はこのてのブランド志向が大嫌いで、いつもならスーパーのグレープフルーツに過剰に肩入れしがちなのだけれど、この時ばかりは納得してしまった。言われてみればその通りだ。たしかに今の僕には、グレープフルーツの味を云々する資格はないのだろう。

 つい最近、ボランティア活動を通じて、ある男性と知り合った。彼は僕よりずっと年上で、正直あまり話があうわけではなかったのだけれど、聞けば北海道の松前出身とのこと。男同士で話に詰まった時は、女か食い物の話題に限る。試しに松前漬けの話をしてみると、これをきっかけに大いに盛り上がった。松前漬けは僕の大好物だ。現在は同居している母方の祖母が、年末になると東京の老舗メーカーから取り寄せてくれる。なんでも、祖母とそこの社長さんとは旧知の間柄だそうだ。僕は子供の頃からこれが大好きで、母の田舎から送られてくる小包を、いつも楽しみにしていた。
 そんなことがあって暫くして、僕の元に宅急便が届いた。送り主はその男性で、中身は松前漬けだった。驚くのと同時に、ありがたくて涙がでた。たった一度会ったきりの僕が、大好物だと言ったのを覚えていてくれたらしい。一人では食べきれないほどの松前漬け。僕にとってこれ程の贅沢はない。さっそくその日の夕食に食べてみることにした。

 さて、その松前漬けなのだけれど、結果を言うと、大いなる期待外れだった。僕が慣れ親しんできた祖母の松前漬けとは、似ても似つかぬ別のものだったのだ。食前と食後の心境の落差たるや、いささか自己嫌悪に陥るほどだった。なにより、せっかく送ってくれた男性に申し訳ない。
 おそらく、金額にすれば、祖母の物の方がずっと高いに違いない。なにしろ、高級素材をこれでもかとばかりに詰め込んであって、見るからに品格が違う。その男性のものはいかにも手作りといった風で、たしかに美味しくはあったのだけれど、言っては悪いがお粗末だった。
 しかし、どちらが本物の松前漬けかと問われれば、どちらかと言えばその男性の物が正解なのだろう。松前漬けは製法であって、食材ではない。バリエーションがあって当然だし、贅を尽くした物より、昔ながらの物のほうが価値があるという見方もある。なるほど、高価であればいいというものでもなかったのだ。

 高級松前漬けしかしらなかった今までの僕には、松前漬けを云々する資格はなかったのだというお話。今後とも、松前漬け好きを公言しても良いものだろうか。
 

by tigersteamer | 2013-03-27 21:17 | 食べ物一般 | Comments(0)