餃子好きに捧げる長文

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使った金額1,000円未満
評価(星4つ)
 世の中には、決して店屋物が越えることのできない家庭の味がある。カレーライスであったり、炒飯であったり、グラタンであったり、人それぞれ育った家庭によって違う。僕の家であれば餃子だ。今までいろんな店で食べたけれど、未だに母の味を越えるものに出会ったためしがない。

 家庭の味として餃子をあげる人は多い。皆それぞれ、うちのが一番だと自負している。そこらの店屋物には絶対に負けないというのが自信の源のようだ。比較対照は中華料理屋やラーメン屋の餃子であって、よその家庭のものではない。これは是非、家庭ごとに持ち寄って自慢の味を競わせてみるべきだ。それでもなおかつ、自分の家のものが一番だと感じるだろうか。少々意地の悪い趣向ではあるけれど、試してみるのも面白い。意味は少し違うけれど、何でも切り裂く矛と何でも跳ね返す盾の故事を連想してしまった。

 そもそも、なぜ家庭で作る餃子は美味いのか。これはおそらく逆で、店で食べる餃子があまり美味くないからだと思われる。おそらく、コスト面での制約が大きいのではないか。価格設定は一皿300円から500円といったところだ。そこから利益を上げなくてはならない以上、6~10個の餃子に満足な材料費をかけられないといった事情があるのだろう。実利の希薄なラーメンのオマケに、創意工夫を凝らそうという料理人は少ないのではないだろうか。
 その点で、収益を上げることを目的としない家庭の餃子には分がある。餃子はお母さんの作ったものが一番と言いながら、子供達は具だくさん餃子を頬張る。
 最近では餃子専門店の看板を掲げる店も増えてきた。持論を裏付けるために、方々を食べ歩いたこともある。中には感心するようなものもあったけれども、焼き餃子に限って言うならば、母の作った餃子に勝るものはなかった。そのどれもに共通していて、うちと決定的に違うのは具の量だった。食べ盛りの子供達のために、愛情をしこたま詰め込んだ餃子は、やはり料理人のテクニックを上回るのだ。

 宝香閣を知ったのは、今から6年ほど前だ。安くて腹いっぱい食える店があると、知人に紹介されたのがきっかけだった。
 初めて店を訪れた時のことを憶えている。ちょうど昼飯時で、大変な混み具合だった。狭い店内にはテーブルが数台、そのどれもが埋まっていて、仕方なくカウンター席についた。隣の客と肘がぶつかりそうな距離だった。
 壁に貼りだしたお品書きの中に、餃子(10ヶ)の文字を見つけた。ご丁寧に赤マジックで囲んで、店主おすすめ!とルビがふってあった。僕がその勧めにのったのは、何も餃子が食べたかったからではない。隣の客が食べていたトリ天(大分名物、鶏肉の天ぷら)定食がうまそうだったので、同じものを頼んだ。しかし見たところ、定食だけで腹が満ちることはなさそうだ。かといって、それに加えて丼や麺類を頼むと量が多すぎる。太り過ぎを自覚して、食事を(こころもち、気休め程度に)セーブしていたからだ。しかし、おかずを一品増やすと白飯が足りなくなる。そこで餃子ならと思った。量的にも、隙間を埋め合わせるのにちょうど良い。ただそれだけのことだ。

 定食に先んじてやってきた餃子は、一見して何の特徴もないように感じた。しかし、店主がすすめているくらいだから、何か工夫があるに違いない。ためしに一つ口に放り込んでみて、思わず唸った。具は少ない。今まで食べたことのある、どの餃子よりも少ない。その上、これでもかと言うほど細かく刻んであって、咀嚼するうちにパラリとほぐれて消えてしまう。まるで魔法のようだ。舌の上には、肉と野菜の旨味だけが残る。皮は市販のものなど比べものにならないくらい薄く、水分が抜けてパリパリしている。なのに、全体的にしっとりとしていて弾力がある。焦げ付いた底の部分は酢醤油との相性がバツグンに良い。噛みしめると滋味が染み出す。具の旨味と、もっちりした皮の香ばしさ、さっぱりした酢醤油とコゲにしみこんだ脂、まさにスペクタクルだ。皮と具の間、内包しているのはなにもない空間であるはずなのに、その隙間があるとないとでは、ぴらぴらした皮の食感に大きな差が生まれる。その小さな包みの中には、すべてが計算ずくで詰め込まれていた。
 具よりも皮に比重を置いた餃子には、今まで何度かでくわしたことがある。どれも美味しくはあったけれど、その反面、物足りなさが残った。皮が好きなら皮だけを焼いて食べればいい。しかし、それでは餃子でとしての態をなさなくなってしまう。

 気がつけば一皿ぺろりと平らげていた。白飯との相性も格別で、すでに七割程は胃の腑に収まっていた。これではトリ天の分が足りなくなってしまう。もはや、禁を犯すのに躊躇いはなかった。白飯のおかわりのついでに、餃子も2皿追加した。仕方ないじゃないか、白飯なしではトリ天が可哀想だもの。
 ついでに言うと、散々ないがしろにしたトリ天を、最後まで食べきることができずに少し残してしまった。そのせいで忸怩たる思いを残すことになるのだけれど、それはまた別のお話。

 こうして巡り会った至高の皮餃子が、長年王座を守り続けた母の具だくさん餃子をおびやかす存在になったかというと、さにあらず。例えば空手に伝統派とフルコンタクトがあるように、レスリングにはグレコローマンとフリーがある。高得点を狙いもすればタイムアタックに興じるのもスーパーマリオの楽しみ方であり、日々のよしなし事をそこはかとなく書き綴る者もいれば、思い切ってネタに走るのもブロガーだ。具餃子と皮餃子、両雄並び立ってこそ初めて餃子なのである。

(※ 餃子の写真を撮るため、久しぶりに宝香閣へ足を運んだところ、営業時間中であるはずなのにシャッターが降りていました。店主の健康状態が思わしくないという話は聞いていました。一刻も早い快復を祈るばかりです)
 
店舗情報
中華料理 宝香閣
福岡県太宰府市高雄1丁目3699-1

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by tigersteamer | 2013-03-20 17:52 | 食べ物一般 | Comments(0)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気