ジェラシー

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「虎蒸気くんが乗ってきてるバイクって、なんシーシーあると?」
「225ですけど」
「えっ、そげん少ないとね。なんか半端かねえ」
「(ムッ)通勤用ですから、そのくらいで十分なんですよ」

 いつもとかわらぬ職場の昼下がり。パートのおばちゃんが、おずおずと僕に問いかけた。いつも笑顔の絶えない彼女の表情が、こころなしか翳って見えた。
「あのね、わたしの息子がね、オートバイば買ったとよ。危ないけん反対しとったっちゃけど、どうしてもって聞かんでから、こないだ免許ば取ったと」
「なんてバイクですか」
「あのね、川崎のね・・・あのね・・・ぜっと・・・ぜっと」
「アール?」
「ううん、名前ば教えてもらったけん、待ってね」
 エプロンのポケットから、ちんまりとした紙切れを取り出した。まるまっちい指がちまちまと動いて、細かく折畳んだ紙片を広げた。
「あのね、ぜっと、えっくす、てん」
「アール?」
「そう、それ」
 驚いた。しかし、おそらく時代が変わったのだ。免許をとって最初に乗るバイクがZX-10R。それがとんでもない事のように思える、僕が時代遅れなのだ。
「どげんやろか、初心者向けで乗りやすいって言うとったけど」
「・・・・・・」
「スピードもあんま出らんって」
「・・・・・・」
「1000シーシーのね、思ったより小さいバイクって言ってた」
「・・・おばちゃん、それは騙されてるよ」
 彼女は深い溜息と共に視線を落とした。
「やっぱそうよねえ」

 僻みがあったと思う。学生時代に一発試験を計18回、半年かけて限定解除した時の苦労が蘇った。初の大型は中古のCB750Fだった。20年前の当時ですら、なかば旧車扱いされていた欠品パーツだらけのオートバイを、知人から格安で譲ってもらって大切に大切に乗っていた。
「おばちゃんの息子のバイクね、たぶん、新幹線より速いよ。はやぶさは無理かしらん、でも、ひかりやこだまよりは速い」
「ええっ、そげん出るとね!」
「息子さんに、いっぺん話をした方がいいですよ」
「そうねえ、それがいいかねえ、でもねえ・・・」
「もう買ったなら仕方がないけど、きちんと言って聞かせないと。若い子は無茶をしがちだから」
(まだ親掛かりの分際で、母親を心配させたらいかん。乗るんなら乗るで、心配してくれる人を騙すような真似をしたらいかん)

 必死に弁解していた、自分自身に。自分の僻みや妬みを、とってつけたような安っぽい正義感へ挿げ替えようとしていた。
 自分のことはすっかり棚に上げていた。我ながら呆れてしまう。それに、最高速度が問題ではないのだ。それは乗っている自分が一番よくわかっている。
「でもねえ・・・お嫁さんも応援してるって言うしねえ」
「え?」
「お嫁さんが言うと。お母さんの反対を押し切ってバイクに乗るなら、中途半端な決心じゃいかん、雨の日も風の日もバイクに乗らんといかんって」
「そんな問題じゃ・・・」
「しっかりした、男勝りな人でねえ」
「ちなみに、息子さんはいくつですか」
「今年で三十五よ」
「さんじゅうご?」
「うん・・・でもなんか、本当のことを聞いたら安心した。ありがとね、虎蒸気くん」

 彼女の表情は、先ほどとはうってかわって晴れ晴れとしていた。そして、ようやく気付いた。これは最初から相談ではなかったのだ。
 スキップせんばかりに歩み去る背中を見送りながら、激しい徒労感に襲われていた。そして自己嫌悪にも。てっきり脛かじりの吐いた我儘だと決めつけていたら、実は孝行息子の思いやりからきた方便だった。 最低なのは僕の方だ。
 そんな僕の心中をよそに、彼女の声は今日も明るい。

  
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by tigersteamer | 2013-02-24 19:40 | オートバイ | Comments(0)

虎蒸気あらため河蒸気。オートバイとは無縁の生活を3年送りました。そろそろ復帰します。


by 河蒸気