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求ム同好ノ士

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 はっきりと惹かれている自分を自覚したのは最近だ。ひょっとしたら、この時点で目覚めていたのかも知れないけれど、プロモデラー荒木智氏のブログを読んだのがきっかけの1つあることは間違いない。当ブログで画像を使わせてもらう約束をとりつけた去年の時点では、まだ知る人ぞ知る人物だったのだけれど、それからテレビに新聞にと露出が増えて、あっと言う間に有名人になってしまった。なんだか少し悔しいような気もする。

 錆の浮かんだ乗り物が好きだ。かつては稼働していた機械が動きを止めると、時の流れは錆と燻みによって刻まれる。痩せて節くれだった指や深い皺の刻まれた目尻が好きだというのと、少し似ているかもしれない。ひょっとすると職業柄なのかも。人目に触れないところで、ただ静かに朽ちていく車体を無意識のうちに人になぞらえているのかと思うと、なんとなく後ろめたさを感じる。

 対象は年季物が多くなるけれど、決して古いオートバイや車が好きなわけではない。ピカピカに磨かれたビンテージマシンは、僕の興味のわかない趣味の最右翼だ。錆てさえいれば、何でもいいというわけでもない。メンテナンス不足で赤茶けたスポークホイールからは、極力目をそらせていたい。ラットカスタムなどといったものとも、やや方向性が違うように思う。あくまで自然な時の流れに沿って生じたものが好ましい。昨年の末頃に、三瀬峠で偶然に見つけたアンティークショップの話を書いた。実は今でも時々通っている。綺麗に陳列されたガラクタ達を宝の山のように感じることもあるけれど、錆を美しいと感じるのとは根っこが違うような気がする。
 国産車の薄い塗装が、手で触れる先からぺりぺりと崩れて、粉を吹いて剥がれ落ちるのが好きだ。朽ちてもなお硬く尖り続け、ナイフのように捲れ上がった分厚い塗装の感触も好きだ。かろうじて状態を留めた表面を指の腹で押すと、チリチリと軋みながら崩れていく。瘡蓋を剥がす感覚に似ているかもしれない。もちろんイメージするだけで、実際に行為には及ばない。壊れてしまったものは、二度と元の姿には戻らない。

 きちんと説明できるようになるまでブログには書くまいと思っていた。しかし、いくら考えても審美の基準が身につかない。自然な時の流れに沿ってと書いたけれど、それがうまく表現できてさえいれば造形物でも構わない。思わず見入ってしまうような自然のオブジェには滅多に巡り会えないから、むしろ人の手によるものに感銘を受けることの方が多い。

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 世の中には余人の理解が及ばないような趣向があるものだ。ただ単に愛でるだけの人なら珍しくはない。僕はもう一歩踏み込んでみたい。盆栽のように手間暇をかけながら、じっくりと時間をかけて錆を育てる趣味が、僕の知らないところで確立していればいいと思った。しかし、あれこれ調べてはみたけれど、とうとうそういったマニアには行き当たらなかった。熱帯魚ではなくて水草を育てたり、ぷかぷか浮かんでピクリとも動かないマリモを大きくすることに腐心したりする輩もいるくらいだから、錆育成マニアがいてもおかしくはないと思う。

 このブログをお読みの方の中に、目覚めたばかりのビギナーに道を示してやろうと思ったその道の熟練者がおられましたら、メールにて連絡をお待ちしています。ぜひともノウハウを御教授いただきたい。理解されることのない趣味を持つもの同士、錆談義に花を咲かせようではありませんか。
 

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by TigerSteamer | 2015-04-10 22:17 | 雑記

2台のラビット

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 ツーリングの帰りにカフェ・ド・パリへ寄ったら、店の前にピカピカのラビットジュニアが置いてあった。思わず唸った。聞けば、お客さんからの預かり物を、店の看板として使わせてもらっているとのこと。機外極上で、普段使いに耐える実働車らしい。エンジンの音を聞かせてもらったけれど、確かにコンディションは良さそうだ。2ストローク特有の破裂音から、こころなしか角がとれて丸くなっているような気がした。

 歳をとるごとに、誰にも共感してもらえない自分ルールが増えていく僕にも、このラビットなら許せると思えるところがある。マスターは年季の入ったモトグッツィのマニアなのだけれど、愛車のV11スポルトを店表に出すことはない。オートバイ乗りが集まるお店ではあるけれど、ライダーズカフェではないからだ。そこであえてラビットを看板として提供した客のセンスが素晴らしい。古ければ良いというものではないし、お洒落なら良いというものでもない。

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 糸島市二丈深江の、海にほど近いなだらかな丘の上に『カフェ食堂 ノール』はある。木造りのシンプルな建物で、海を望む一角に大きな窓がこしらえてある。北欧情緒の漂う海辺のレストラン・・・というよりは、漁師小屋のような佇まいだ。凍てつく潮風に凍えながら屋内に足を踏み入れると、そこでは漁閑期の漁師たちがストーブを囲んで談笑している、そんな光景が思い浮かぶ。
 古い建物ではないので塗装は青々としているけれど、ところどころ日に焼けて色褪せた外壁が風情を滲ませている。ここで長いこと店を構えていると、さらに味わい深くなるのではないか。十年後、二十年後も、この店に通う自分を想像して、なぜだか逆に懐かしい気持ちになった。

 僕の勝手なイメージの中では、使い置かれて錆のまわった漁具が立てかけてあるあたりに、1台の錆びついたラビットマイナーが置いてあった。カフェ・ド・パリの物よりも、さらに年式が古い。いかにも、いつの日からか使われなくなって風化した様相だけれど、店の名前で検索した画像には違うスクーターが写っていたから、こだわった末に収まったアンティーク品だということがわかる。
 この朽ち果てたラビットがまた、細やかで綿々とした人の営みを感じさせる役割を担っている。身を切るような外気と、温もりの篭った室中との対比を際立たせているようにも感じる。もしこれがラビットではなく、小粋なイタリアンスクーターの類だったとしたら、今とは違う感慨を抱いたに違いない。

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 オーナーはカワサキのW3乗りなのだけれど、店内にあってオートバイを匂わせる要素は抑え気味に、客がライダーであれば気付く程度に留めていた。料理はもちろん美味しかった。品数は多くないけれど、その分ひと品に丹精がこもっている。もてなす側の人柄が表れているようだ。

 冬場はオフシーズンだと思われがちだけれど、こういった店と数多く知り合うと、寒くてもオートバイで出かけてみようかなという気分になる。暖をもとめて走るうちに、いつしか冬こそが絶好のオートバイシーズンになる。

カフェ食堂 ノール(http://www.nord2013.jp/menu.htm
 

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by TigerSteamer | 2015-01-03 03:43 | ツーリング飯

年老いた父

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 阿蘇山田牧場の敷地内に鎮座する1台の小柄なトラクター。マッセイハリス社製TE20は1946年イギリスに生まれた。彼はその基本的な構造をあますことなく子らへと伝え、それは今もなお全ての子孫たちに脈々と受け継がれている。言わば父親的な意味を担う名機だそうだ。
 もう動かない彼の横に佇んで、はるか遠い時代に思いを馳せると、僕の知らない昔の話が聞けたような気がした。年老いた父親はその仕事を終え、自分の働いた牧場で静かな眠りについている。
 
場所
山田牧場
熊本県阿蘇郡西原村大字小森1843

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by TigerSteamer | 2014-10-18 09:03 | 雑記

私はスクラップになりたい

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 先日、熊本市内に些細な用事があって、ツーリングがてらセローで下道をトコトコ走ってきた。朝早く出発したので時間はたっぷりあったし、予定というほどの予定があるわけでもないし、道草を食いながらの道程だ。途中の山鹿温泉で小一時間ほどお湯につかり、すっかり良い心持ちで昼食をとるのによさげな店を探していた。車の列を縫うように走りながら、ふと沿道に何か大切なものを見落としたような気がして、あわててオートバイを停めた。

 思い出のオート三輪。ただし、たいして懐かしくはない。通り過ぎてしまったほうが良かったのかも。錆び付いたボディを目の前にして、当時の記憶がまざまざと浮かんできた。一昨年の冬、福岡県の久留米市で働いていた時のことだ。職場の管理者が女性事務員と手に手をとって夜逃げしたことを知った、その翌日だった。
 立ち上げる以前から関わった会社は、オープンから半年経っても赤字続きだった。その数ヶ月前には、管理者と事務員2人、中間管理職的なポジションにいた僕の4人を除く社員全員が一斉に辞表を提出し、ついでにその翌日から出勤しなくなるというアクシデントがあった。急遽、補充された人員は全員フィリピン人女性で、日本語の読み書きもロクにできないくせに歌と踊りだけは上手だった。それでも、なんとか円滑に回り始めた矢先だった。

 まるで悪い冗談だ。なにも女性事務員まで道連れにしなくてもよかろうにとは思ったけれど、二人が深い仲だというのは、僕以外のすべての職員の知るところだったらしい。不思議となんの感慨もわかなかった。そりゃあ逃げたくもなる。毎月、決まった日に給料が出ているのが不思議なくらいだった。
 そんな中、福岡から職場のある久留米へと出勤する途中で、勤務先へと続く最後の角をどうしても曲がることができずに、そのまま直進して熊本の植木まで逃げた。携帯電話の電源は落としたまま。この青果市場の駐車場に放置してあるオート三輪の横に車を停めて、日が暮れるまでボンヤリしていた。

 あの頃の精神状態がどうだったのか、自分でもよくわからない。普通ではなかったはずだけれど、毎日のように役立たず、穀潰しと罵られながら、どこか他人事のように面白がっていたようなフシもある。実際、その翌日からは普通に出勤して、オーナーからボロカスに貶されても平気だったから、大したことはなかったのだと思うけれど。
 思い出したくもないけれど、あの一年があったから、今こうやって呑気にツーリングなんぞができるわけだ。なにかの糧になったという自覚はないけれど、そう考えると逃げなくて良かったのかもしれない。ただし、幸せになれたのは僕だけだ。

 責任の一端は自分の無能にあった。これだけは間違いがない。あの日、このオート三輪の並びで、すべての動きを止めてスクラップになってしまいたかった。もう一度、僕と関わったすべての人に会って謝りたいような気もする。今となっては、もはや叶わないことだけれども。

 何の役にも立たず
 邪魔なだけだが
 少なくとも害はない
 そんな生き方を望むのか。

 僕は役に立つ
 スクラップでいたい。
 雨に打たれ、風に晒され
 この身を錆びつかせても
 誰かのためにある
 スクラップでいたい。

 たわいもない言葉が
 時に人を癒すように。

 

 
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by tigersteamer | 2013-05-16 02:50 | 雑記