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オートバイ事故

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 記憶が曖昧な部分は、適当に補いながら書くことにする。
 もう何年も昔のことだ。古い知人に電話で呼び出されて、とあるカフェを訪れたことがあった。きっとお前なら気に入ると太鼓判を押されたにもかかわらず、普段なら絶対に足を踏み入れないタイプの店だった。調度品や建物全体の雰囲気から、何か既存の文化を模しているような気がするのだけれど、その何かが浮かんでこない。全体的に西洋風で、ごくごく近代の、ある意味クラシカルな造りだ。オシャレなカフェと言われれば、その通りと答える他にない。しかし、現代的なスマートさはなく、むしろゴチャゴチャしていて猥雑な印象を受けた。今ひとつ的を射た表現が浮かばないのは、そういった流行り廃りに、てんから興味がないせいだ。

 知人は長いこと疎遠になっていた人物で、もともとそれほど仲が良かったわけでもないから、僕の好みを知っているはずはない。その1週間ほど前に、当時通っていたスポーツジムで何年かぶりに顔をあわせて、ちょっとだけ世間話を交わしただけの殆ど他人だ。それなのに妙に自信たっぷりで、含みのある口ぶりが気になった。たしかラーメンの話をした。このあと暇かと尋ねられて、ラーメン屋に寄って帰るつもりだと答えたからだ。どこそこのが旨いけど知ってるかとか、あそこの店は味が落ちたとか、相手もそれなりに通を気取った口ぶりだった。別れ際に携帯電話の番号を聞かれて、特に抵抗も感じずに教えた。社交辞令の一種であって、実際にかかってくるとは思いもしなかった。その一連の流れから考えると、その日の呼び出しは、彼のお勧めのラーメン屋を紹介してくれる為としか思えなかった。
 駐車場にオートバイを停めて、入り口のドアをくぐった。知人はまだ来ていなかった。窓際のテーブル席に座り、メニューにざっと目を通した。食事は軽食のみで、当たり前だけれどラーメンのラの字もなかった。ひょっとしたら、ここから別の店に向かうつもりなのかもしれない。腹は減っていたけれど、それはラーメンを食べると想定してのことだ。ただ待つというのもなんなので、茶腹も一時でアイスコーヒーを注文した。

 店内を見回して、それを見つけた時、彼の自信の正体に気付いた。決して広くはないフロアの奥、トイレへ続く短い廊下の入り口に、1台の古いオートバイが置いてあった。くすんだアルミ製のタンクに、見慣れたものとは少し違うメーカーのロゴ、メリデン・トライアンフだ。インテリアとして飾っているのだろう。低い位置に取り付けられたセパレートハンドルから、カフェレーサーと呼ばれるスタイルの改造が施されているのがわかった。
 休みの日は何をしてる? と聞かれて、バイクに乗ってフラフラしていることが多いと答えたのを思い出した。
「へえ、何に乗ってるの」
「トライアンフのタイガー。マイナーだから知らないと思うよ」
「マジかよ、俺も昔はSRに乗ってたんだぜ」
 今というならまだしも、昔乗っていたからなんだと言うのか。ヤマハのSRを持ち出すあたり、トライアンフのタイガーを誤解してることは明らかだけれど、面倒なので訂正はしなかった。なるほど、それでこの店なわけだ。

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 もともと、ゆっくりと寛げる雰囲気の店内ではないところにきて、あらぬ誤解から、さらに居心地が悪くなった。店主と思しき男性は僕と同年輩に見えた。ロッカーズでもモッズでもなく(そのどちらかだったところで、オシャレに疎い僕には見分けがつかないのだけれど)ごく普通のウエイターの恰好をしていた。おそらく彼が、あの古いトライアンフの持ち主なのだろう。

 自意識過剰と言われれば弁解のしようもないけれど、ここでライダーの駆け引きが始まるのは仕方のないことだ。窓の外に視線を移せば、目と鼻の先に僕のタイガーが見える。当然ながら先方も気付いているだろう。店の前の駐車場がガラガラだったので4輪用のスペースに乗り入れたけれど、もっと端っこの目立たないところに停めるべきだった。しかし、後悔しても後の祭りだ。
 時代の隔たりこそあれ同じトライアンフ乗りなわけだから、挨拶くらいは交わしておくのが礼儀かもしれない。ここで面倒なことが一つ。仮に僕の愛車がスクランブラーやスクラクトンなどのモダンクラシック路線なら、普通に話しかけても何ら差し支えない。古き良きものを愛する方向性は同じだから、きっと話は盛り上がるだろう。もしくは僕がトライアンフではなくBMWのK100かなにかで、店に飾ってあるのが大昔のBMWだったとしても問題はない。BMWは基本的に地続きだから、若干の齟齬はあるかも知れないけれど、同じビーマーとしての連帯感を共有できるだろう。ドゥカティであれモトグッツィであれ、そこに大差はないはずだ。

 僕のタイガーは1995年製だから、決して新しくはない。日本車を基準にするなら、そろそろ旧車のカテゴリーに分類してもいい頃だ。ただし、長い歴史を持つヨーロッパのオートバイメーカーの中では、生まれて間もないヒヨッコの部類に含まれる。特にトライアンフの場合はややこしい。1980年代の半ばに一度は倒産しているからだ。現在のオーナーが商標を買い取って工場をヒンクレーに移し、新会社としてスタートして以降は別物と考える向きがある。つまりマニアの好むトライアンフは、倒産するより前、メリデンに工場があった頃のトライアンフであって、僕のタイガーは単にボロいだけのオートバイなのだ。
 どのジャンルに於いても同じだけれど、エンスーなどと呼ばれるコアなマニアの中には、排他的で偏狭な輩が少なくない。ぶっちゃけた話、相手は僕を同じトライアンフ乗りだとも思っていない可能性がある。これは無理もないことだ。僕にしたところで、タイガーを由緒正しいブリティッシュ・モーターサイクルの末裔だなどと思ったことはない。少々サビやすいこと、ゴムパーツが劣化しやすいことを除けば、品質的にも日本車とさして変わりはない。
 よって、同じトライアンフというだけで、親しげに話しかけることは憚られた。

 仮にも客なわけだから、僕の心配がピントはずれであることはわかっている。話したくなければ黙っていればいいことだし、愛想話を振るとしたら相手の方からだ。歯牙にもかけて貰えないなんてこともないだろう。しかしこの時、ただでさえ人見知りが激しい僕の精神状態は、すでに常軌を逸し始めていた。
 何度目かの逡巡の末に、清水の舞台から飛び降りる覚悟で声をかけることにした。いちど意識し始めたが最後、もうこれ以上の沈黙には耐えられそうになかった。僕のタイガーの存在は捨て置くとして、こういう時は相手の愛車を絶賛するに限る。ライダー同士のコミュニケーションは、お互いに相手のオートバイを褒め合うところから始まるものだ。
「かっこいいですね。あれはワンテンですか」
 考えに考えた末に編み出した口上だ。淀みなく言い終えることができれば、それだけで礼は尽くしたことになる。伝えたいことだけを畳み掛けるように繋げた。
「何年式ですか。あのコンディションを維持するのは大変でしょう。僕も最近のトライアンフに乗ってるんですけど、やはりメリデン時代のものは味がありますね。憧れます」
 店主とおぼしき男性は、急に声をかけられて驚いたようだった。キョトンとした顔つきで僕を見つめている。かなりの早口だったし、あまり滑舌が良い方ではないから、聞き取りにくかったかもしれない。今の問いかけを冒頭から繰り返すことを考えて、暗澹たる気分になりかけた。
 彼はやや間を空けたのちに、ようやく言葉の意味を理解したようだった。古いトライアンフをチラリと見て、視線を僕に戻し、少し遠慮がちにはにかんで、キッパリと言い切った。
「すいません、知らないんです」
 知らないんです? 思わず鸚鵡返しをしそうになって、あわてて口をつぐんだ。
 予想外の返事だった。雇われの身ということだろうか。店主、つまりオートバイの持ち主は別にいると。
「知り合いが持ってきたので飾ってるんですが、興味がないので詳しいことはわかりません。たまに聞かれるんですけど、なにも答えられなくて・・・」
 店主は申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、逆に尋ねてきた。
「これって貴重な物なんですか」
 青信号に変わったことを確認した上で、右を見て左を見て、もういちど右を見て、さらに念のため青信号が点滅していないか確認してから横断歩道を渡ったはずなのに、なぜか猛スピードのダンプカーに跳ねられたような心境だった。これをオートバイ事故と言わずになんと呼ぼう。
 無残な礫死体となって横たわる僕を見下ろし、加害者はなおも続けた。
「正直、オートバイを室内に飾る発想がなくて・・・雨ざらしにするのも忍びないので店の中に置いてますけど、邪魔なので対処に困ってます」

 なぜこんな昔話を蒸し返すのかというと、昨年末にこれと同じようなやりとりを交わしたからだ。違うところといえば、オートバイがトライアンフではなくてハーレーだったこと、飲食店ではなくて理髪店だったことだ。あらかじめ地雷臭は嗅ぎ分けていたし、学習の成果もあって足の小指を轢かれた程度で済んだ。しかし、釈然としないのは確かだ。オートバイ用品店ならわかる。アパレル関連の店でもわかる。飲食店も、まあわかる。しかし、理髪店にオートバイを飾る意味がどこにあるだろう。これはおそらく、オートバイの持ち主にも非があるのではないだろうか。要するに彼らは、TPOをわきまえず、誰でもいいから見せびらかしたいだけなのだ。

 ちなみに、知人の要件はマルチビジネスの誘いだった。跳ねられたところを後続車のタイヤで圧し伸ばされて、道路のシミになった気分だった。肩透かしを食らった上の空きっ腹は耐えがたく、相手がトイレに立った隙を狙って、黙って店を後にした。しばらくしてアイスコーヒーの代金を払っていないことに気づいたけれど、大して気は咎めなかった。
 またもや敵を増やしてしまうのは覚悟の上で、ひとことだけ言っておきたい。僕はよく知りもしないオートバイをインテリアにする店と、見せびらかしたいだけの鼻持ちならないオーナー、それからマルチビジネスの勧誘が大嫌いだ。
 

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by TigerSteamer | 2015-01-08 22:46 | オートバイ

クリスマスプレゼント

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 ヘプコ&ベッカーの5ヶ月、ウィルバースの10ヶ月に続く3つ目のドイツ製パーツだ(どうやらドイツ製品ではないらしい)。どうなることかと思ったけれど、思いのほか早くて1週間で到着した。僕からTigerへ贈るクリスマスプレゼントだ。ちなみに今までの経験を生かして、日本の代理店は通さずにアメリカ人から購入した。

 3〜4年ほど前から頭を悩ませていた症状に、発進時のエンストがある。なにせライダーが下手なものだから、最初のうちはあまり気にしていなかった。しかし、スパークプラグの寿命が異様に短いことや、最近はアイドリングまでもが安定しなくなってきたことも加わって、どうもおかしいと思い始めた。特に渋滞にはまっている時などが顕著で、夏に頻発する。なぜかガソリンの減り具合が影響しているような気もする。満タンだと症状が出ないのだ。色々と調べた結果、イグニッションコイルの劣化が原因ではないかという結果に落ち着いた。熱でコイルが膨張し、正常に火花が飛ばなくなるとのこと。本来は壊れるような部品ではないらしいのだけれど、ライダーの乗り方に左右されやすく、この年式のトライアンフに限っては特に脆弱なパーツであるらしい。僕のTiger900は、来年には二十歳の誕生日を迎える。そろそろ新品に戻してやる頃合ではないかと思ったのだ。
 
 聖なる夜に祈りを込めて、天にましますイエス様へ。世界が平和でありますと共に、Tigerのアイドリング不安定とエンストが改善されますように。僕の婆さまが長生きしますように。職員健診で悪いところが見つかりませんように。美味しいものを心置きなく食べられますように。宝くじが当たりますように。アーメン。

3/15 追記:おかげさまで、今のところ不具合は出ていません。ノロジー効果、たしかにあったようです。
 

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by TigerSteamer | 2014-12-26 08:17 | オートバイ

ウィルバース短感

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 男心をくすぐるのはチラリズムだ。見えそうで見えない、チラッと見えたか見えないか、見えたような気がしたけれど、スカートの裏地じゃないかと言われると確信は持てない。でもなんとなく得したような気分で胸が高鳴る。それがチラリズムだ。その点でいうとBMW-GSのリアショックは、あけすけすぎて趣に欠ける。スカートが短すぎる。どの角度からでも丸見えだ。駅の階段を登る時も鞄でガードしたりしない。その上、ゴールドである。これがいわゆる見せパンというやつに違いない。ショーツではなくて水着なのかも。たしかにセクシーではあるけれど興奮はしない。あざと過ぎて逆に萎えてしまう。

 その点を言えば、ウィルバースのパンツは青と白のストライプ(だけではないけれど)だ。しまパンである。色気には欠けるけれど、飾り気がなく無防備で、内側から溢れる健康美を内包している。はちきれそうだ。例えはちきれる寸前まで張り詰めていても、ストライプなら柄が歪まない。タイヤハウスからチラッと覗く青と白のしまパン。チラリズムがセクシーという軛から解放され、まぶしい輝きをもって中年男性の暗く淀んだ心を浄化する一瞬だ。いかなる劣情も寄せ付けない鉄壁のノーガード。泥棒のいない世界では、鍵をかけるという概念が生まれないほどに健全なのである。

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 残念なのは、このピチピチと弾けんばかりの魅力的なパンツを履いているのが、他ならぬ僕の老タイガーだということ。この愛想の欠片もない喪服カラーのオートバイときたら、どの角度から眺めてもチラリと見えるスキがない。むりやり隙間から覗き込んで暗闇に目を凝らせば、奥まったところに薄ぼんやりと見えないことはない。もちろん真下から見上げたり、鏡を用いれば一目瞭然だけれど、そこまでやると犯罪者である。
 事前から少しスカートが長すぎるかな、という気はしていた。しかし実際は、スカートのような形のキュロットだったらしい。ドレスアップパーツとしての効果はない。そこまでは読めなかった。まことにもって残念だ。
 

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by TigerSteamer | 2014-11-14 21:18 | オートバイ

だからなんだ

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 タイガーのスイングアームにはメキシコ人マスクマンが住まう。デジカメを向けると、顔センサーが反応する。
 

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by TigerSteamer | 2014-05-03 04:20 | オートバイ

夏への扉

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 ただ今、大規模衣替え中。グリップヒーターなんかいらない。
 

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by TigerSteamer | 2014-04-30 15:38 | オートバイ

今朝、気付いたこと

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 以前はここまでではなかったと思うのだけれど、どうやら僕は左バンクが苦手らしい。中減りが凄まじいわりに両端が健在でヒゲまで残っているのは、そういうオートバイではないからだ。
 大切なことなので、もう一度。端っこは使わないに越したことはない、レーサーじゃないんだから。いや、負け惜しみじゃないって。
 

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by TigerSteamer | 2014-03-16 07:54 | オートバイ

If adventure bikes were women.

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 Facebookのタイムライン上に、こんな画像が流れてきたので拾っておいた。「もしアドベンチャーバイクが女性だったら」という、いま流行りの擬人化ネタだ。GSをオチに使うなんざ、なかなかやるじゃない。

 それぞれ特徴を押さえていて、実に面白い。正直なところ、オートバイを女性に例えるという発想はなかった。四十過ぎのオヤジが試みるにはハードルが高すぎるけれど、僕のタイガー900を擬人化するとしたら、さしずめ・・・

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 『戦国自衛隊1549』の鈴木京香さんだろうか。(異論は認めない)

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 そもそも国籍が違うけれど、彼女の他に思いつかなかった。迷彩服を着てるだけやないか! というツッコミも結構。このチグハグ感なればこそ、アウトドア臭を一切感じさせないコスプレ初心者レベルのミスマッチには感動すら覚える。以前、コイツをダートに乗り入れて死ぬ思いをしてからというもの、悪路走破性はゼロでもいいと考え直した次第。あの時、たまたま山菜採りの夫婦が軽トラックで通りがからなかったら・・・と考えるだに恐ろしい。
 恰好だけでもいい、美しければ。デュアルパーパスという形態をとりながら、タイガー900くらいオフロードが似合わないオートバイはない。スタイルが似ているだけで、アフリカツインやテネレとは異なるオーラを発しているのがよくわかる。欠品もポロポロ出始めたことだし、今後は蝶よ花よと過保護に育てるつもりだ。

 ちなみにそのセンでいくと、セロー225に重なるイメージは、張芸謀(チャン・イーモウ)監督作品『あの子を探して』の魏敏芝(ウェイ・ミンジ)だ。

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 こう見えて、この娘の走破性は半端じゃない。格好良くなくてもいい。速くなくてもいい。障害物にぶつかる度に立ち止まって構わない。一歩ずつ、着実に前に進めば。YAMAHAのロングセラーモデルは、こうして大勢のライダーの心を掴んできたのだから。

 下手をすると、お巡りさんを呼ばれかねない妄想はここまでにしておく。
 最後に、鈴木京香にナイフと1週間分の水と食料を持たせてアマゾンのジャングル奥深くに置き去りにしたら、半年後にはこうなりましたというイメージを載せて今回の更新を終わる。それでは皆さん、おやすみなさい。良い夢を・・・。





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by TigerSteamer | 2014-02-11 02:00 | オートバイ

疑惑の寒中ツーリング

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 定時間際の午後5時頃、職場で粛々と仕事をしていたら、いつの間にか背後に立った上司が、だしぬけにこう言った。
「最近、ツーリングしてる?」
 思わずワッとかヒャッとか口走ったような気がする。不覚だった。
「いえ、なかなか時間がとれなくて・・・」
 休日出勤の依頼だろうか。ついお茶を濁してしまった。警戒心まる出しだったのを勘付かれたかもしれない。上司は僕の内心を知ってか知らずか、答え終わる前に質問を被せてきた。
「アソノコガノタキ、知ってる?」
「・・・いえ、知りません。なんですかそれ」
「凍るんだよ、水が。2月いっぱいは溶けないらしい」
「・・・はあ」
「今度、写真を撮ってきてよ」

 なんでも、阿蘇に「古閑の滝」というスポットがあるそうだ。冬の間は流れ落ちる水が凍って大変に美しく、九州で氷瀑が見られるところなど滅多にないから、オフシーズンの貴重な観光資源になっているらしい。というのは、後になって調べたからわかったことだ。上司は言いたいことだけ言い終えると、ただただ呆然としている僕を尻目に、すたすたと歩み去った。
 時間が取れないからツーリングに行けないというのは、本当でもあり嘘でもある。勤め人をするかたわら、権利擁護関連のNPO団体に所属していて、仕事が休みの日も何やかんやと予定が入っていることが多い。出向先は熊本方面、それも電車やバスでは行けないような辺鄙な場所がほとんどだ。これ幸いにとオートバイで出かけて、ちょっと遠回りしてワインディングを楽しんだり、ツーリングルートの中に業務を組み込んでみたりと、それなりに充実した休日を送っている。

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 古閑の滝があるのは、前に何度か行ったことがある、阿蘇バーガーで有名な「レストラン ロッソ」の近くだ。今まで散々ネタにした、あか牛丼の「いまきん食堂」からも遠くない
 次の休みは熊本市内へ行く予定になっていた。先方に滞在するのは長くて3時間程度だ。行きか帰りのどちらかで高速を使えば、古閑の滝まで足を伸ばしたとしても、暗くなる前に帰って来られるかもしれない。下道を使って往復し、途中の山鹿温泉でひと風呂浴びて、昼食は知人に教えてもらった猪鍋の美味い店で・・・と思っていたのだけれど、大幅にルートを変更することにした。猪も捨てがたいけれど、あか牛もいい。丼とチャンポンは制覇したから、次は煮込み定食を試してみよう。唯一の心配事は積雪だけれど、ここのところ暖かい日が続いているし、週間天気予報も下り坂に向かうのは先だと言っている。
 
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 出がけに、ちょっとしたハプニングがあったのと滞在時間が長引いたのとで、古閑の滝に着いた頃には既に日が傾いていた。もちろん昼食は抜き、楽しみにしていた煮込み定食は次回までお預けだ。週末の夜はライトアップするらしいのだけれど、この日は月曜日だったから、日が暮れると真っ暗になるのは想像に難くない。オートバイを駐車場に乗り入れると、とるものもとりあえず遊歩道を歩き始めた。滝壺までは600メートル程の距離だそうなので、30分もあれば戻ってこられるだろう。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。いくら整地してあるとはいえ、運動不足で衰えた足腰にいきなりの重労働は堪えた。足元が歩行には向かないライディングシューズだというのもある。心臓は割れ鐘のように高鳴り、鯉が餌を求めるかのごとくアゴを突き出し、冬だというのに汗が目を刺した。まだ歩き始めたばかりなのにもかかわらず、早くも後悔し始めた。

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 なぜ僕は上司の頼みをすんなり受ける気になったのだろう。そもそも、なぜ古閑の滝なのだろう。仕事に関係する事ならまだしも、氷瀑の写真が業務の役に立つとは思えない。それに「いつでもいいから」や「行った時で構わないから」などという前置きもなかった。次の休みに行けと言わんばかりだ。相手が部下とはいえ失礼にも程がある。いっそ知らんぷりを決め込めばよかったのだ。
 自己顕示欲が強く尊大で、何かにつけて人を威圧するような態度をとりたがる歳下の上司を、僕は嫌いとは言わぬまでも苦手にしている。おそらく相手にしてみても、僕は扱いにくい部下であることは間違いない。

 何度目かの休憩を挟んで、勾配の上下が逆転した。スピードを殺しながら緩やかなスロープを下ると、やがて滝の全貌が姿を現した。
 十分に予想はしていたけれど、そこに氷瀑はなかった。ここしばらくの陽気で解けてしまったようだ。もっと轟々と流れる滝をイメージしていたのだけれど、流れはか細く、風呂場のタイルから滲んだ漏水のシミを思わせた。考えてみれば、勢いの強い水流が凍るわけがない。水量が乏しいからこそ迫力のある氷の滝ができるのだ。

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 ウエストバッグに入れておいた缶コーヒーをすすりながら、しばし物思いに耽った。おそらく、僕は上司と仲良くしたいのだ。きっとそうだ。心の奥底で、わだかまりが氷解していくのを感じた。相手にとっても、たとえ僅かでも同じ気持ちがあったのではないか。でないと、休みの日に干渉してまで、わざわざ僕に頼む意味がわからない。きっと口実はなんでもよかったのだ。
 時々、自分の鈍さ、思慮の浅さに幻滅する。嫌な奴なのは自分の方だ。年長者ばかりの職場を、若くしてまとめ上げる苦労を僕は知らない。次に出勤したら、まずは笑顔で挨拶をしに行こう。そして滝の写真を見せて、僕のツキなさをネタに笑いあうのだ。

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 駐車場に戻った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。僕はオートバイの傍らで携帯電話を取り出すと、自宅の短縮キーを押した。

「今から帰るよ。そっちに着くのは十時くらいになると思う。飯は帰ってから食うから、ご飯だけ残しといて」
「それはいいけど、今どこにいるの?」
「帰りに寄り道した。古閑の滝って知ってる?」
 受話器の向こうの母は、プっと吹き出すと堰を切ったように笑い始め、やがてゼイゼイ荒い息をつきながら言った。
「タイミング悪いわね、もうしばらく待てばよかったのに。凍ってないんでしょ、全然」
「・・・え?」
「笑ってごめんなさいね。でもあなた、子供の頃から間が悪いじゃない。変わってないのね。ああおかしい」
 くつくつと声を殺している様子が手に取るようにわかった。まだ笑い足りないらしい。
「・・・・・・」
「ほら、一人でディズニーランドに行くって言い出した時のこと、憶えてる? 年に何回かしかない定休日で・・・」
「その話はいいよ・・・それより、なんで凍ってないって知ってるの?」
「ついこないだ、テレビかなんかで言ってたのよ。去年のうちに一度は凍ったんだけど、陽気のせいで溶けちゃったって」
「・・・・・・」
「じゃあね、事故には気をつけて」

 偶然、か?
 

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by TigerSteamer | 2014-02-04 02:00 | ツーリング

ウィルバー君、海を渡る

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 出前を頼んだ親子丼が待てど暮らせど届かないので、店に電話して催促したところ、「いま血抜きが済んだところで、これから調理にとりかかります」と返されるという小噺がある。「活きがいいので捕まえて〆るまでに手間取った」とかなんとか。

 そのての製造業には携わったことがないので、いまいちイメージがわかないのだけれど、それ流に言うなら、おそらく設計図は一から描き起こしているはずだ。CADなんぞは使わず、すべて手描きだ。それが終わって、ようやく組み立てが始まるかと思いきや、次のステップでは裏山で鉱石を採掘する。職人が一つ一つ丹精を込めて材料を吟味し、あれはダメこれもダメとより分けるから、ひどい時になると半年ほどは山に篭ることになる。プラスチックのパーツの場合は、あれは石油加工品なわけだから、当然アラブかどこかに出向く必要がある。そこまで拘り抜いた製品だから素晴らしい。採れたてピチピチだ。生産地の偽装などもってのほか、車海老の〜と言いながらブラックタイガーを使用するなどといった不正は、ドイツ人の沽券に賭けてもありえない。

 なんの話かと言えば、サスペンションだ。そろそろ注文してから半年が経過しようとしている。その間、まったく音沙汰がない。今のところ、納品までの最長記録ホルダーは、リアキャリアステーを購入した時のヘプコ&ベッカー社で5ヶ月だった。今回のウィルバースは、それをあっさりと更新し、記録は前人未到の6ヶ月目に達しようとしている。
 僕のTiger900は、製造中止から既に10年以上が経過しているオートバイなので、それで時間がかかるというなら仕方がない。最初に3ヶ月の納期を指定されて、そろそろかと思った頃に2ヶ月の延長を切り出されたという前例も耳にしている。ただ、なんの断りもなく半年というのは前代未聞のようだ。ドイツのメーカーなので、ちょっと訪ねて行って、工場が稼働しているか確かめるというわけにもいかない。

 アイルランド在住で同じTiger900のオーナーである友人にメールで相談してみたところ、彼はウィルバースというメーカーの存在を知らなかった。その上で、いくらなんでも半年は長すぎる。絶対に怪しいからキャンセルすべきだと断言した。社外品のサスペンションが欲しいなら、ホワイトパワー製でよければ(トップ画像の物)一本余っているから、安く譲ってやるとまで言う。なんて嬉しい申し出だ。胸が熱くなった。半年前に聞いていたなら、迷わずそうしていただろう。しかし最早あとの祭りだ。
 心配しても埒が明かない。座して待つより仕方がない。それに、あれこれ考えるより、実際はシンプルな問題なのかもしれない。

 ヘプコ&ベッカーとウィルバースには、同じくドイツのパーツメーカーだという共通点がある。リアキャリアステーの時は、船便や航空便ではなく、わざわざ社主であるヘプコ氏自らが熱気球に乗って届けてくれた。中国の上空で季節風の影響をモロに受け、大幅に進路を狂わされて大変だったそうだ。ロシアの辺りまで流されたところで領空侵犯の廉で撃墜されかかり、九死に一生を得たものの当局に留め置かれたせいで納期が倍になったと、やつれ果てた表情で話してくれた。
 ウィルバー君はおそらく、陸伝いに泳いで来るに違いない。あっぱれゲルマン人魂。さすがはサンタクロースを産んだ国ドイツだ。世界地図を眺めながら、そろそろ喜望峰には到達したかしら、ひょっとすると早々に東南アジアの辺りまでは来ているのだけれど、現地の食事でお腹を壊して立ち往生してるのかも、それともロシア回りのルートかしら、領海侵犯で捕まったりしたらヘプコ氏の二の舞だ、などと空想するのは楽しい。もとい、半ばヤケクソだ。そうでも考えないと、とてもやっていられない。

 もしウィルバー君の足が攣って溺れたり、サメのエサになったり、ロシア人に蜂の巣にされて志半ばで散った場合は、間違いなく背中に背負ったサスペンションも海の藻屑になるだろう。そうした場合、先に払った代金が返ってくる望みは薄い。覚悟はできている。捜索にかかる費用か線香代にでも充ててもらって結構だ。だからせめて、死因がなんなのかくらいは教えて欲しい。頼む方も作る方も覚悟が要る。ドイツ人から物を買うというのは、そういう事だ。
 

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by tigersteamer | 2013-12-17 12:39 | オートバイ

festina lente.(ゆっくりと急げ)

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 このブログを見たライダーがアウローラを訪れたらしい。ちゃんと読んでくれている読者がいたということに驚き、この店で間違っていなかったという手応えに浸った。僕のお気に入りの店を好きになってくれただろうか。

 水面をわたる風と木漏れ日が心地良い。午前中に家を出て、昼前にこの店で最初の休憩をとる。コーヒーを飲みながら、これから始まる小さな旅に胸が沸き立つような気持ちを軽く抑える。そうすると、もっと高く飛べるような気がするのだ。

 さあて、今日はどこへ行こう。季節はもう秋だ、のんびりしていると日が暮れるよ。
 

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by tigersteamer | 2013-10-29 11:34 | ツーリング