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ロンドンバス コーリング

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 SSTRを終えた5月の末から、愛車が修理から戻った8月の上旬までの間、一度としてオートバイに乗らなかった。もともとあまり活動的でも社交的でもない僕にとって、これは健全な社会生活の破綻を意味する。ストレスの発散もままならない。移動するのは自宅と職場の2点を結ぶルートだけで、休日は用事がない限り外出する気も起きず、ひたすら自室に引きこもる毎日だった。オートバイがないなら4輪でドライブとか、公共交通機関を使って遊びに行こうという気にはならない。我ながら不思議だ。

 その店を訪れたのは数年前のことだった。自宅からそう遠くない所にあった、一風変わったカフェだ。年季の入った2階建てロンドンバスを改造したお店で、大きな看板に「世界を一周した男の店」と、あまり上手くはない文字で書き殴ってあった。雰囲気からして、夜はアルコールを提供する店のようだった。片側2車線の1桁国道沿いにポツンと建っていて、住宅街までは少し距離がある上に線路を挟んで反対側に位置していた。並びの店がどこも広い駐車スペースを備え、トラックドライバーをあてこんだ造りになっていることから考えて、こんな立地で飲み屋を経営したとて、果たして徒歩の客がどれだけ来るものかと、他人事ながら心配した覚えがある。
 昼間のメニューはコーヒーとパフェ、それから食べ物も幾つかあったはずだ。いまひとつ記憶が曖昧なのは、結局一度しか行かなかったからだ。

 深夜というほどではないけれど、日は暮れていたと思う。ツーリングの帰りに立ち寄って、たしかコーヒーを1杯だけ所望したのだ。店主は三十代半ばくらいの、例えば脱サラした元勤め人とか、いつか自分の店を持つことを夢みて他店で修行を積んだ苦労人とか、そういう匂いを嗅ぎとれないタイプの男性だった。遊び人という感じではないけれど、どことなくフワフワとした空気をまとっていた。
 店の前にオートバイを停め、バスの前にしつらえてあったスツールに座って熱いコーヒーを啜った。〆にコーヒーを飲むのが僕のツーリングの定番だ。缶コーヒーでもいいのだけれど、カップに入っているに越したことはない。お気に入りのカフェは幾つもあるけれど、夜遅くまで開いている店となると限られる。新しくできたこの店は、僕にとって好都合だった。

 タイミングを見計らったかのように、カウンターの内側から店主が話しかけてきた。際前から興味深げにタイガーを眺めているのには気付いていたから、なにかしら話を振られるであろうことは予想できていた。それがどんな話題であれ、できるだけ短い会話で終わらせるつもりだった。初対面の相手と話をするのは苦手だし、それに長旅を終えた直後で、とにかく疲れていたからだ。
「僕も一時期、GPを買おうと思ったことがあるんですよ」
 一瞬、ピリピリとした緊張が走った。GPと聞いて脳裏に浮かんだのは、カワサキのZ1100ないしは750GPだ。なぜGP?とは思わなかった。とっさに、コイツできるな、と身構えた。

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 僕のトライアンフ タイガー900は1995年式、つまり経営破綻した旧トライアンフが工場をメリデンからヒンクレーに移し、川崎重工から技術提供を受けて新会社となった初期の製品だ。カワサキ車のオーナーであればすぐに気がつくけれど、似たようなパーツも使用されている。そこいら辺の事情を知って吐いた言葉なら、返す言葉の選択に細心の注意を払う必要があった。興がのる前に長話の芽を摘まねばならない。さして関心もなさそうな相手から、排気量や最高速について尋ねられるのも苦痛には違いないけれど、逆にマニアが傾ける薀蓄話ほど冗長になりがちでタチの悪いものはないからだ。
「ジーピー・・・ですか」
 相手の出方を伺う僕を、店主は訝しげに見つめた。
「そうですGP、知りませんか?」
 必ず食いついてくると思っていたのかもしれない。僕のテンションの低さが、さぞかし期待はずれだったのだろう。声のトーンがガクンと低くなった。
「こういう感じの、長距離を走る専用のバイクですよ。一回りくらい大きな」
 知らなきゃモグリとでも言いたげだ。
「これ、箱が付くんでしょ、後ろと両側に。あの箱に憧れてねえ」
 どうやら杞憂だったらしい。僕はおそるおそる尋ねた。

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「それって、ひょっとしてGSじゃないですか。BMWのR1200GS」
 店主は鼻白んだ様子で、しかしムキになったのかもしれない、少し黙り込んでからキッパリと言い切った。
「いや、GPです」
 困った。処置なしだ。こうまで自信たっぷりに断言されては為す術もない。無理に誤解を解くのは相手のプライドを傷つけるような気がする。それに、僕が知らないだけで、GPなにやらというオートバイが本当にあるのかもしれない。
「僕の知らないうちに新製品が出たのかもしれませんね。帰って調べておきます」
 触らぬ神に祟りなしだ。まだまだ話は続きそうだったけれど、てきとうに相槌を打ちながら急いでカップを空にすると、勘定を済ませて店を後にした。そしてそれっきり、僕がその店に行くことはなかった。
 
 つい先日、1ヶ月と少しぶりにオートバイに乗って前を通りかかったら、その店がなくなっていた。3台あったバスが1台に減り、遠方に移転する旨の貼り紙がしてあった。
 ほとぼりが冷めた頃に再訪しようと思いつつ、とうとう行かずじまいだったことが惜しまれた。歩いていけるほどの距離なのに、まるで気がつかなかった。ツーリングの〆として立ち寄るには最適の立地だったのだ。些細なことではあるけれど、無いと必ず失うものが出てくる。僕にとってオートバイとはそういうものだ。
 

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by TigerSteamer | 2014-08-23 05:21 | ツーリング

暑中御見舞い申し上げます。

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 閉まってた。そうか、世間は盆休みか。僕のはだだの代休だ。
 

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by TigerSteamer | 2014-08-13 13:15 | ツーリング