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日出ずる処の探索 ③

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 サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリーは、オートバイの任意の箇所に貼ったゼッケンナンバーを、デジタルカメラで画像に収めるところから始まる。必ず海をバックに、日の出以降の時間でなければならない。撮った写真はメールに貼付して大会事務局へ送る。つまりは、それがフライング防止のための証拠写真になるわけだけれど、記録に残るとなるとロケーションに凝りたくなるのが人の性だ。

 当初、僕は大分県佐伯市の豊後二見ヶ浦をスタート地点に想定していた。九州でも屈指の日の出スポットだ。夫婦岩と呼ばれる、海面から突き出した二つの岩の間から覗く日の出は、厳かでとても神々しい。

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 この光景をタイガーと共に写真に収められたら、仮にポイントはゼロでも構わないと思った。スタートとゴールを隔てる距離は1050km、日の出が5時8分で日の入りが19時1分だから、制限時間は14時間弱だ。一切寄り道をせずに走り抜いたとしても、はたして間に合うかどうか。初めての道だから迷うこともあるだろうし、マシントラブルに見舞われる可能性だってある。休憩時間だって必要だ。僕が参加しているタイガー・オーナーズクラブのメンバーには、埼玉→熊本間を一晩で走破するツワモノもいるけれど、それは遵法精神とはかけ離れた所業だ。SSTRはキャノンボールレースではない。
 ロマンチストでB型の典型である僕としては、タイムオーバー前提でも構わないとさえ思った。ところが、調べを進めていくうちに、幸か不幸か不可能だとわかった。

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 夫婦岩の間を通って日が昇るのは3月と10月頃で、肝心の5月24日は大幅に角度がズレるようなのだ。10月と言えば、前回のSSTR2013が開催された月だ。千載一遇のチャンスを逃したようで、いかにも惜しい。そうと知っていれば絶対に参加していただろう。10月の日照時間は11時間強なので、万が一にも間に合う可能性はない。あえてそこに固執するのは、なんだか本末転倒のような気がしないでもないけれど、あえて触れないでおく。手段のために目的を見失うのは、僕のツーリングにはよくあることだ。

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 よって出発地点は、海べりまで行く道がなくて断念した北九州空港にほど近い、第3候補の簑島海水浴場とする。もう視察は済ませた。民家が近いので、早朝にエンジンをかける時は注意が必要だ。近くに宿泊施設があるから、前日の内から泊り込むのがいいかもしれない。ここにしたところで千里浜までは910kmほどはあるので、極度の方向音痴でノープラン・ソロツーリングの垢にまみれた僕にしてみれば、決して楽観できる距離ではないけれど。

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 なんにせよ、これで懸案事項が一つ片付いた。次はテーマだ。
 

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by TigerSteamer | 2014-03-20 02:00 | ツーリング

今朝、気付いたこと

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 以前はここまでではなかったと思うのだけれど、どうやら僕は左バンクが苦手らしい。中減りが凄まじいわりに両端が健在でヒゲまで残っているのは、そういうオートバイではないからだ。
 大切なことなので、もう一度。端っこは使わないに越したことはない、レーサーじゃないんだから。いや、負け惜しみじゃないって。
 

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by TigerSteamer | 2014-03-16 07:54 | オートバイ

ある晴れた日のツーリング

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 その日は午後から自由に使える時間ができたので、出先からの帰りに少し足を伸ばして別府まで行ってきた。自宅から片道150km程だから、夕食までには行って帰ってこられる。温泉に浸かったり、ゆっくりと観光をする時間的な余裕はないけれど、食事を楽しむくらいなら十分だ。全行程を埋めるのはいかにも勿体ないけれど、部分的に高速道路を使って時間を短縮すれば、店のはしごだってできる。

 目当ての店と、そこで注文する品は決まっていた。もともと、どこで食べてもさほど美味しい物ではない。店構えが古いので独特のプレミア感が付与されるけれど、相対的に見て目を瞠るほどの味ではないというのが、インターネットで調べた概ねの評価だった。大分ではわりと有名な郷土料理店の、なんとも伝わり辛いニュアンスのスイーツだ。
 わざわざ遠方から、それだけを食べるために足を運ぶほどの物ではない。しかし、土産物屋で買い求めるような品とは一線を画すらしい。ツーリングのメインに据えるのはどうかと思うけれど、何かのついでがあれば試してみようと機会を窺っていた。それをたまたま思い出したのだ。

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 湯布院経由で別府へ。思いのほか交通量が少なかった。山間の一本道は残雪がまばらで、日中の気温によっては未だ凍結の恐れがあるからかもしれない。吹き出す水蒸気と硫黄のにおいに後ろ髪をひかれもしたけれど、ストレスのないワインディングを心ゆくまで堪能することの方が重要だった。そして春先の、まだ雪化粧のとけきらぬ由布岳の景観は大変に素晴らしく、気が付くと目的地の目と鼻の先にいた。ナビに表示された到達推定時間の半分にも感じられなかった。

 駐車場にオートバイを停め、ヘルメットとグローブを脱いだものの、店内を覗くまでもなく人気がないことに気付いた。その日は定休日だった。失望はなかった。なんと言うか、逆に清々しい気持ちになった。久しく忘れていた。逆説的ではあるけれど、これもソロツーリングの醍醐味だ。

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 帰りにアウローラへ寄った。ツーリングにはコーヒーさえあればいい。他には何もいらない。
 

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by TigerSteamer | 2014-03-15 09:30 | ツーリング

日出ずる処の探索 ②

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 サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリーの参加申し込み期限は4月の末日までだそうだ。ただし、収容人数などの都合で早目に切り上げることもあるらしい。募集開始から一週間やそこらで、早くも昨年の人数を超えたとのこと。うかうかしてはいられない。念には念を入れて、3月中には申し込んでおいたほうがいいだろう。

 連休が取りにくい職場であることは以前にも書いた。清水の舞台から飛び降りるような気持ちで有給を申請したとしても、せいぜい2連休どまりだろう。出発の前日は普通に仕事をしている可能性が高い。となると、出発地点は近場であるにこしたことはない。
 瀬戸内海の沿岸か太平洋岸がスタート地点となるわけだから、福岡県の場合はグンと選択肢が少なくなる。目星をつけたのは、北九州市の沖合に浮かぶ長方形の離れ小島、北九州空港だ。

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 北九州市民の方々には大変申し訳ないけれど、お恥ずかしながら北九州に空港があることを知らなかった。開港は2006年というから、まだ10年も経っていない。僕が福岡に移り住んでから12年経つ。時期的に知っていなければおかしいけれど、うちはどちらかと言えば福岡市よりも佐賀県に近いので、田舎者のレッテルを自ら貼ることで御勘弁願いたい。佐賀に分不相応な空港があることは、もちろん知っている。まったく素晴らしい。あれこそは県民の誇りだ。佐賀県民ではないので利用することはないと思うけれど。

 ヤフー地図の航空写真で見る限りでは、既に島の隅々まで整えられているようだ。ピンを刺したあたりなら位置的には文句なかろう。長方形の底付近には、黒々とした森のような固まりが見える。人工島のはずなので、元からあった地形だとは思えないけれど、ひょっとしたら大規模な植林を行ったのかもしれない。ということは、そこには自然公園かなにかがあるはずだ。広い駐車場が備わっていることは想像に難くない。あわよくば展望スペースのような広場があるかもしれない。僕の慧眼たるや正鵠を射落とす的確さで、もう九割がたは決まったようなものだった。
 善は急げだ。さっそく次の休みに視察に行ってきた。波打ち際に高い防波堤が張り巡らしてあって、日の出どころか海さえ見えないなんてことは万が一にもないだろうけれど、念の為だ。

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 ところが、だ。そこに到達する道がなかった。道路が敷設されているのは空港の周りだけで、大部分は未だ造成地のままのようだ。航空写真で道に見えているのは工事車両が通るための道であって、舗装はされていなかった。島の反対側に行けそうな道の先は、必ず進入禁止の警告文と共にフェンスで仕切られていた。森に見えたのは、おそらく干拓中の海だ。まだ埋め立てが終わっていないのだ。
 僕が不可能の文字と共にモラルの項まで墨で塗りつぶしたような林道マニアなら、この程度の障害はヤットコとペンチでもって躊躇せずに突破するところだろうけれど、ナイーブさと線の細さが売りの小心者なので無理だ。返す返すも盲点だった。埋め立てが始まったのが1977年というから、そろそろ40年が経とうとしている。もうとっくに完成しているものだと思っていた。

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 そんなわけで、日出ずる処の探索は次回へと続く。どうか3月中に片が付きますように。
 

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by TigerSteamer | 2014-03-11 02:00 | ツーリング

すき焼きが好きやき

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 すき焼きは好きだが、基本的に玉子は使わない主義だ。肉の味がわからなくなるというのがその理由だ。基本的と言うからには例外もあるわけで、場合によっては使うこともある。ただし、黄身を潰すことはない。白身のみを肉に絡めて食べる。もう長いこと、その食べ方しかしたことがない。

 そうでなくても常識のない人間には違いないけれど、食にまつわる部分に関してはハナから無視してかかる習性がある。少々見た目が悪かろうが、美味しければそれに越したことはないと思っている。たいして育ちが良いわけではないので、食事の作法やエチケットを持ち出されると困ってしまうのだけれど、そういった約束事とは別に、世の中には食べ方の王道邪道に拘る人がいる。粋じゃないとか、本来の食べ方に反しているとか、果ては『主義』を持ち出す人もいて閉口する。美味しく食べている横で取るに足らない薀蓄を語られたりすると、この野郎、黙って食えと言いたくなる。
 その僕がなぜ、すき焼き限って食べ方に固執するのかといえば、むしろそれが美味しく食べるための理にかなっていると感じるからだ。肉の品質が高ければ、なにもつけずにそのままを食べる。言わずもがな、素材の良いところを堪能するためだ。安い肉である場合に限っては玉子の白身を用いる。煮込まれて脂が溶け出すと、全体が萎んで舌触りが悪くなるから、それを補うためだ。
 自分を食通だと思ったことはないし、どちらかといえば味音痴に近いのだけれど、他人が溶き玉子に肉を沈めてズルズル啜っているのを横で見ながら、なんて節操のない食べ方をするものだと鼻で笑っていた。嫌味な男だ。

 以前、友人に連れられて老舗のすき焼き屋を訪れた際に、仲居さんから卵を使うことを強く勧められたことがあった。肉の味がわからなくなるからと頑なに手を出さないでいたところ、しまいには半ば強制するような口ぶりで、そんなことを言う客は初めてだ、騙されたと思って試してみろと断言する。場の雰囲気を悪くするのもなんだし、仕方なく従うことにした。そして、もちろん旨かった。まったく予想通りの美味しさだった。
 実際のところ、僕も皆と同じ食べ方をしたいのだ。落語『そば清』の有名なマクラではないけれど、このままでは「死ぬ前にもう一度、溶き玉子にドップリつけたすき焼きの肉を食べたかった」なんてことになりかねない。

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 そもそもこの食べ方は、僕のオリジナルではない。いまから二十年くらい前だろうか。たまたま見に行った落語会で、桂三枝(今は桂文枝)が高座にかけたネタの中に出てきたのだ。演目を『遠慮のかたまり』だと間違って憶えていたのだけれど、正しくは『スキヤキ』だ。高座で実際にすき焼きを作りながら演じるという、大変に斬新な創作落語だった。
 あらすじはこうだ。
新しく赴任してきた人のために、上司の家で歓迎のすき焼きパーティーをする。上司が自ら作ろうとすると、部下が脂の量に文句をつけてきた。聞いてみると、自分は大学のときに料理を研究して、究極のすき焼きを見つけたというので、それを作ってもらう。

食べている間もすき焼きの思い出話になり、新しく赴任してきた人は兄弟が多くて、子供の頃はとても肉を口に入れることができなかったとのこと。四年に一度のスキヤキのときには、兄弟が本気で肉を争っていた。実はつい先日も親が亡くなって、スキヤキを食べながら遺産分けの話をしたら、自分は思い出の土地家屋を売りたくないのに、他の兄弟が売ると言って、大喧嘩になったという。

そこに自宅から電話がかかってきて、その兄弟が今から家にくるとのこと。上司が、すき焼きで仲直りをしろと気を利かせて、余っている肉をおみやげにして持たせる。男が家に帰ると、妻がお義兄さんが来ると言うので、急いで肉屋に行って、すき焼き用の肉を分けてもらったという。そこに兄がやってきて、遺産分けのことでもめて済まなかったと謝る。お前の言うとおり、思い出の土地家屋は売らないことにした。これからも兄弟仲良くやっていこうと、兄が差し出したお土産がスキヤキの肉だったというサゲ。(『桂三枝の創作落語あらすじメモ』より転載)
 厳密に言うと、僕が見たのとは後半の展開が違う。たしか、最後に残った一切れの肉(これを「遠慮のかたまり」と呼ぶ)を、家で帰りを待っている太郎の土産にしたいと申し出て上司をしんみりさせたものの、実は太郎は人間ではなくて犬だったというサゲだった。「さあ太郎、お食べ」「ワンワン!」に腹を抱えて笑った。細かいところまで憶えているわけではないけれど、玉子の使い方については、”究極のすき焼き”のくだりに出てきた。実にくだらなくて、あんまり面白かったものだから、すき焼きの正しい食べ方として、しっかり胸に刻まれたというわけだ。そしてそれ以来、僕はすき焼きを心の底から堪能できずにいる。

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 すき焼きは好きだが、基本的に玉子は使わない主義だ。肉の味がわからなくなるというのがその理由だ。肉の品質が高ければ、なにもつけずにそのままを食べる。安い肉である場合に限っては、口触りを良くするために卵の白身を用いる。 
 主義とは本来、揺るぎない国の指針を指す言葉だ。これを個人のレベルに当てはめると、時として精神論の領域に踏み込まざるを得ない。その結果、行動の幅を狭め、狭量で堅苦しい人物ができあがる。

 僕の安月給では、高級なブランド肉などおいそれと口にできるものではない。情けないけれど、必然的に卵の白身を使うことになる。いっそ黄身も潰してしまえばいいのだろうけれど、なんだかそれもできない。主義だと言いつつ根がノンポリである僕は、すき焼きを前にしみじみと思う。死ぬ前にもう一度、溶き玉子にドップリつけたすき焼きの肉を食べたい。いやむしろ、玉子の白身を使わなくてもよい高級な肉を、腹いっぱい食べてみたい。
 

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by TigerSteamer | 2014-03-06 08:00 | 食べ物一般

日出ずる処の探索 ①

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 ファミコン世代という括りがあると聞く。読んで字のごとく、ちょうど任天堂のファミリーコンピューターが発売された頃に少年時代を過ごした世代だ。僕もそれにあたる。
 ものの本によれば、このファミコン世代は「説明書を読まない世代」という特色も兼ねているのだそうだ。自分を照らしてみると、なるほどと頷けるところがある。生まれた時から家電に囲まれた環境で育った。インタラクションデザインの基礎となる部分が生活に根付いていて、ユーザーインターフェイスの進歩と共に成長してきた世代と置き換えられるかもしれない。ボタンが一つ増える度に、教えられることなく新しく追加された機能と使い方を察することができる。家電ニュータイプと呼べばカッコイイけれど、それには弊害もつきまとう。

 それに続く世代に、プレステとかドリキャスとかゲーム機の名前を冠した明確な区分があるのかどうかは知らない。しかし僕の思うに、ウインドウズ世代というのは確かにあると思う。ファミコン世代が無意識のうちに蓄積してきた経験と育んできた順応力は、一家に一台パソコンがある時代の到来により、一気に破綻をきたした。それまでの家電とは、使いこなすまでの情報量に雲泥の差があったからだ。世代としての差は感じないのだけれど、ウインドウズ世代とは強いて言うなら、その劇的な変化に上手く適応できた層のことだ。それは膨大な量の説明書から、望んだ情報を効率的に吸い出し応用することに長けた能力だったのかもしれない。

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 ・・・なんてゴタクは、ひとまず置いておくとする。前回紹介したサンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー2014の開催要項がアップロードされた。喜び勇んで申し込みフォームへ飛んだのだけれど、作業半ばで中断してしまった。入力する項目の中に、どこからスタートするかを記入する欄があったのだ。まだ決めていなかったからではない。どうやら決定的な勘違いをしていたらしいのだ。海岸ならどこでもいいのだと思っていたのだけれど、太平洋側及び瀬戸内海沿岸でないとダメだった。考えてみれば当たり前だ、太陽を追いかけて、太平洋岸から日本海岸まで日本列島を横断するラリーなのだから。僕はスタートが遅くなるデメリットをのんだ上で、あえて順位は度外視して、ホームグランドである志賀島から出発しようと思っていた。これは早急に再検討する必要がある。

 ナントカ世代にかこつけて言い訳をするのは見っともないと自分でも思うけれど、説明書を読まないという特性がモロに出た大失敗だった。気付かないまま申し込んでいたら、とんだ赤っ恥をかくところだった。ついでに、説明書を読まない、は、説明書を読めない、でもあると痛感した。募集要項のどこを読んでも申し込み期限を見つけられないのだ。ゆっくり吟味する余裕があるのかすらわからない。なんにせよ、可及的速やかに決めなくてはならないようだ。
 思い返せば、今までの人生でこれに類することは沢山あった。にもかかわらず、ギリギリで泡を食うのが、毎回のお約束になってしまっている。この反省のなさは、いったいナニ世代の特徴なのだろうか。いや待て、ひょっとすると、世代ではなくて血液型のせいかも・・・。
 

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by TigerSteamer | 2014-03-03 03:30 | ツーリング