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ライダーは海岸線を目指す

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 子供の頃、読んで血気を逸らせた物語がある。生まれも育ちも異なる見ず知らずの男たちが、運命に導かれるままに出会い、義兄弟の契りをかわし、おおよそ勝ち目のない戦いに身を投じる。相手は国を根底から腐らせている巨大な不正。水滸伝はそんな物語だ。
 この物語の面白さは、拠点である梁山泊に集まった108人の好漢の皆が皆、武術の達人ではないところにある。大多数はせいぜい町の腕自慢といったところで、中には酒場のオヤジや饅頭売りなど、とても戦力にはなりそうにない者もいる。同様に、全員が正義感の強い、清廉潔白な人物というわけでもない。一握りを除けば、ほとんどが俗物であり、中にはコソ泥やゴロツキの類もいる。今でいう思想家や政治犯、元官吏、軍隊経験者もいるけれど、大多数は市井の者であり、物語はあくまで庶民の目の高さで進行する。

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 今年の5月24日(土)〜25日(日)に、石川県の千里浜で『サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー(SSTR)』という、日本を股にかけたラリーが催される。決まったコースはない。強いて言うなら日本中のどこからでも。千里浜はあくまでゴールであり、スタート地点は参加者各々が、ここと決めた海岸だ。日の出を合図に走りだし、日の入りまでにゴールする。勝敗は先着順ではなく、獲得ポイントをもって決定する。
 参加資格はライダーであること。つまりはオートバイに乗っての参加であること。ルートは陸路に限らず、海路でも空路でも構わない。高速道路でも、一般道でも、林道でも、道無き道を選択してもいい。参加者には、レース経験者もいれば、免許取り立てのビギナーもいる。リッターバイクもあれば、ミニバイクもある。千里浜まで目と鼻の先に住まう者もあれば、はるばる海を渡って馳せ参じる者もいるに違いない。

 FacebookでSSTRの情報をキャッチして以来、脳裏に梁山泊に集う好漢達の物語がチラついて仕方がない。もちろんアウトローの集いではない。決起集会でも、政治色のあるイベントでもない。それどころか僕ときたら、公式サイトのトップページに書かれた「Spirit of SSTR」でさえピンとこない有様だ。なのに、なぜかワクワクが止まらない。子供の頃に夢中になって読み耽った本のページを、また一からめくり始めたような気持ちなのだ。
 ツーリングライダーならわかるだろう。事前に準備を重ね、道具を吟味し、地図とにらめっこしながら、ルート選びや作戦を練るのは楽しい。確かにレースではあるけれど、目を三角にして競い合う必要はない。むしろそれは趣旨に反する。太陽との追いかけっこを楽しみながら、日本全国から千里浜を目指して続々と集まってくる、まだ見ぬ仲間達に会いに行く。そして同じ時間を共にする。ただそれだけで、十分に血湧き肉躍る物語だと思わないか。

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【サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー 公式サイト】
【風間深志からのメッセージ】

 

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by TigerSteamer | 2014-02-27 23:00 | ツーリング

マイ プレシャス

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 とうとう手に入れた、これが僕の”いとしいしと”だ。ただ今、あれこれ試すのもままならないほどに忙しいので、実用例は後日お伝えしたい。このブログを読んで、今か今かと待ち構えていた読者(いるのかしら?)に取り急ぎお詫びしなくてはならないのは、発売は3月と聞いていたので悠長に構えていたら、納期が早まったらしく2月中になったことだ。これがお詫びにあたるのかどうかは別として、3ヶ月の筈がかれこれ9ヶ月待っても梨の礫のウィルバー君に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 それと大切なのは、これが税込12600円だということ。色は黒青橙の3色から選べること。マックスフリッツで絶賛発売中だということだ。
 それから、横にしたハードカバーが4冊! 入るけれど、だからと言って調子に乗って実行に移すと腰への負担が半端じゃないこと(もう試した)。メインの収納スペースがパンパンになっても、ツーリングマップルは別のポケットに入れられること。自由度が高い上に大小様々なポケットがあって、さっそくベルトの小物入れにコインホルダーを仕込んだこと。うまく工夫すればグローブホルダーもイケること。
 以前、ウエストバッグに関する記事にこんなことを書いた。
 ツーリングに出かける時にウエストバッグに収納しているのは、財布、iPhone、auのガラケー(iPhoneはソフトバンクなのだ。あとは察しておくれ)、雨天時に電子製品を避難させる為のジップロック、デジカメ(入れてないこともある)、タバコ(タバコ入れには鍵束を入れている)、ライター、携帯灰皿、iPhoneの予備バッテリーだ。これにタオル地のハンカチ、ウエットティッシュ、小さなサイズのペットボトルが加わることもある。また、バンドエイドやマキロンなどの救急セットを入れていたこともあった。
 もちろん全て叶った。僕のために作ってくれたのではないだろうかと勘違いしそうなくらい、収まるべきところにスッポリと、機能的かつ美しく収まった。つまり長年の想いは成就したのだ。

 注意しておきたいのは、画像の笑顔の素敵なエルフ風の男性は僕のプレシャスではないし、僕でもないことくらい。ちなみに、本物の僕はゴラムを5倍太らせて両腕を縛り、まるまる12ラウンド戦わせた上で水に沈めてふやけさせた感じだ。
 僕と”いとしいしと”の馴れ初めについてはこちら → 『収納の妙』
 切ない恋物語についてはこちら → 『すてきな片想い』
 そもそも”いとしいしと”とかゴラムとかの意味がわからない人はこちら → 『ホビットの冒険』

 既に決めたのは二つ。次の休みは絶対に”いとしいしと”と旅に出る。5月のアレも”いとしいしと”を腰に巻いて参加する。迷っているのは、ツーリング用だけではなくて、仕事用にもう一つ買うかどうか。これの使いでときたら、遊びだけでは勿体ない。釘袋(的な)としても使いたいくらいだ。

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by TigerSteamer | 2014-02-23 01:10 | ツーリング

納豆狂の詩

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 ツーリングに出向いた先で、予期せず美味しいものに出会った時に「ここにビールがあったら」とか「これをおかずに白飯が食べたい」と思うことはよくある。他の人が実際に口にしているのを耳にしたこともあるから、僕に限ったことではないのだろう。ただし、「ここに納豆があったら・・・」というのは、他では聞いたことがない。美味いものだけにとどまらず、目新しいものなら何でも、納豆と混ぜてみたい衝動に駆られるのだ。もはや神経症の一種と言ってもいい。

 学生時代には納豆のトッピングに凝った・・・と以前にも書いた。狭い了見と乏しい知識で、いっぱしの納豆通を自負していたけれど、いま思えば「マヨネーズ」程度で有頂天になっている井の中の蛙でしかなかった。世の中にはまだ、僕の発想を軽く凌駕するような、目から鱗の組み合わせがあるのだ。
 納豆に凝り始めた者の常として、つい道を誤って主従が逆転する傾向がある。納豆を主役にした食べ方を追い求めるうちに、いつの間にか納豆を食材にした料理を考案しだすパターンだ。納豆カレーや納豆ラーメンなどの、納豆をトッピングにした料理は序の口だ。気がつくと、むしろ納豆じゃない方が美味しい創作料理を前に、自信満々で自前のレビューを添えていたりする。

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 その境界線を示す、一番分かりやすい例が納豆汁だ。すり潰した大量の納豆に味噌を加え、出汁でのばした納豆汁は、納豆エキスを凝縮した納豆料理の王様と呼んで差し支えない。ねっとりと舌にまとわりつく食感も、鼻の奥に染み付いて離れない臭いも、単品で供される納豆のそれを軽く凌駕している。慣れないうちはゲテモノ以外の何物でもないが、しかし好きな者にとっては何物にも代え難いご馳走になる。
 ただし、納豆料理としては最高峰に位置する納豆汁ではあるけれど、そこから汁物路線で展開していった先にあるのは、納豆好きがマイノリティであることを痛感できる料理の数々でしかない。独特の味や風味は薄れ、粘りも臭いもない凡庸な料理に成り下がってしまう。頂の先には下りの稜線しかないのだ。

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(北大路魯山人 1883-1959)

 厳密に言えばトッピングではなくて味付けだけれど、有名なところでは北大路魯山人の「砂糖醤油」がある。初めて耳にした時は、なんて馬鹿なことをする輩がいるものだ、納豆好きの風上にも置けないと歯牙にもかけなかった。ところが、さらに少量の「酢」を垂らしても美味だと書いてあって、あまりに調味後の味がイメージしにくかったものだから、冗談半分にやってみたことがあった。これが何というか、決して悪くはなかった。僕の好みとは違うけれど、不見識を恥じるくらいに、まともな味だった。後に聞いた話によれば、東北以北では珍しくもなんともない食べ方であるらしい。
 また、魯山人は「塩」がいいとも言っている。むしろ通好みだとのこと。もちろん、こちらも試してみた。味の調節が少々難しくはあるけれど、結果は「砂糖」の時と同じだった。しのごの言わずにやってみるものだ。

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 納豆汁でわかるように、味付けとしては「味噌」も捨てがたい。なにしろ王道の「醤油」にしろ「味噌」にしろ、そして納豆自体も大豆の加工品なわけだから、相性が良いのに不思議はない。あらかじめ、しつこいくらい練って旨味を引き出した納豆に、味噌をひとかけら落として、さらに練る。種類の数だけバリエーションがあるのも、味噌の優れたところだ。⚪︎⚪︎の味噌漬けといった食品を、味噌ごとトッピングとして加えるのもいい。熊本県は五木村名物の『豆腐の味噌漬け(通称、山うに豆腐)』は納豆の相方としては五指に含まれる。
 ただし、例外もある。昨年の十二月、いまきん食堂を訪れた帰りに、お土産として『肉味噌』を購入した。細かく刻んだ赤牛の肉を煮込み、味噌に漬け込んだものだ。もちろん納豆とのブレンドを楽しむのが目的だったのだけれど、これは鉄板だと信じて試したわりに、相性はイマイチだった。牛肉から染み出した脂が納豆の旨味を封じ込めてしまって、期待通りの足し算にはならなかった。さらに後日、肉味噌の隣で山積みになっていた、『唐辛子とニンニクの塩麹漬け』も購入してみたところ、肉味噌の時の肩透かしを遥かに超え、完膚なきまでの一敗地にまみれた。

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 これが初めてではないのだ。ツーリング先で物珍しい品を見つけると、どうにも納豆と混ぜてみたい衝動を抑えきれなくなって、買って帰って試してから後悔する。我が家の冷蔵庫には、そういった各地方の珍味が結構な量の堆積物となっていて、正常な食卓の運用を阻害している。
 これが『肉味噌』なら、納豆に混ぜる以外の食べ方をすればいいわけだから、大した罪はない。普通にご飯にのせる分には、こんなに優れたおかずはない。しかし、一昨年の夏に十二指腸潰瘍を患ってからというもの、唐辛子の尖った辛味が大の苦手になってしまった僕にとって、この『唐辛子とニンニクの塩麹漬け』は鬼門以外の何物でもない。もうそろそろ3ヶ月になるから、賞味期限切れが近い。箸の先につけて舐めるだけで火を吹くほど辛い物を、短い間でカップ一杯消費するのは不可能だ。

 家族に諌められ、もう二度と同じ過ちは犯さないと誓う。なにも化学の実験をするわけではないから、ある程度の予想はできそうなものだ。それでいて何度でも繰り返すのは、心のどこかで魯山人の「砂糖」のような、先入観をブチ壊すカルチャーショックを期待しているからだ。ギャンブル狂が依存症という病なら、大穴狙いの納豆狂もまた心の病であるに違いない。そうやって色々試した後でたどり着くのは、やはり「醤油」だけで、他には何も入れない納豆がいちばん美味いという事実であったりする。世界中を旅して、母港に戻った船乗りのような感慨。納豆とはかようにスケールの大きな食べ物なのだ。(ここで問題です。文中に納豆は何回出てきたでしょう)
 

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by TigerSteamer | 2014-02-15 02:00 | 食べ物一般

If adventure bikes were women.

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 Facebookのタイムライン上に、こんな画像が流れてきたので拾っておいた。「もしアドベンチャーバイクが女性だったら」という、いま流行りの擬人化ネタだ。GSをオチに使うなんざ、なかなかやるじゃない。

 それぞれ特徴を押さえていて、実に面白い。正直なところ、オートバイを女性に例えるという発想はなかった。四十過ぎのオヤジが試みるにはハードルが高すぎるけれど、僕のタイガー900を擬人化するとしたら、さしずめ・・・

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 『戦国自衛隊1549』の鈴木京香さんだろうか。(異論は認めない)

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 そもそも国籍が違うけれど、彼女の他に思いつかなかった。迷彩服を着てるだけやないか! というツッコミも結構。このチグハグ感なればこそ、アウトドア臭を一切感じさせないコスプレ初心者レベルのミスマッチには感動すら覚える。以前、コイツをダートに乗り入れて死ぬ思いをしてからというもの、悪路走破性はゼロでもいいと考え直した次第。あの時、たまたま山菜採りの夫婦が軽トラックで通りがからなかったら・・・と考えるだに恐ろしい。
 恰好だけでもいい、美しければ。デュアルパーパスという形態をとりながら、タイガー900くらいオフロードが似合わないオートバイはない。スタイルが似ているだけで、アフリカツインやテネレとは異なるオーラを発しているのがよくわかる。欠品もポロポロ出始めたことだし、今後は蝶よ花よと過保護に育てるつもりだ。

 ちなみにそのセンでいくと、セロー225に重なるイメージは、張芸謀(チャン・イーモウ)監督作品『あの子を探して』の魏敏芝(ウェイ・ミンジ)だ。

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 こう見えて、この娘の走破性は半端じゃない。格好良くなくてもいい。速くなくてもいい。障害物にぶつかる度に立ち止まって構わない。一歩ずつ、着実に前に進めば。YAMAHAのロングセラーモデルは、こうして大勢のライダーの心を掴んできたのだから。

 下手をすると、お巡りさんを呼ばれかねない妄想はここまでにしておく。
 最後に、鈴木京香にナイフと1週間分の水と食料を持たせてアマゾンのジャングル奥深くに置き去りにしたら、半年後にはこうなりましたというイメージを載せて今回の更新を終わる。それでは皆さん、おやすみなさい。良い夢を・・・。





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by TigerSteamer | 2014-02-11 02:00 | オートバイ

Lucifer(魔王)

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 墨をこぼしたような夜の闇を切り裂いて、オートバイがひた走る。凍てつく冬の空気とバイザーが奏でる風きり音に混じって、カストラートの悲鳴がこだまする。しっかり閉ざしたはずの襟ぐりと袖口から、わずかに夜風が忍び込む。

Wer reitet so spät durch Nacht und Wind?
Es ist der Vater mit seinem Kind;
Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm.

夜の風をきり馬で駆け行くのは誰だ?
それは父親と子供。
父親は子供を腕にかかえ
しっかりと抱いて温めている。

 アスファルトがキラキラと輝くのは、早くも路面が凍り始めたから。太腿の内側に力を込め、タンクを両側から締め上げる。背中を丸め、肘をたたみ、行く手を見据える。アクセルを握る手に力を込める、追いすがる闇を振り払うように。

"Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht?"
"Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?
Den Erlenkönig mit Kron und Schweif?"
"Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif."

"Du liebes Kind, komm, geh mit mir!
Gar schöne Spiele spiel ich mit dir;
Manch bunte Blumen sind an dem Strand,
Meine Mutter hat manch gülden Gewand."

"Mein Vater, mein Vater, und hörst du nicht,
Was Erlenkönig mir leise verspricht?"
"Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind;
In dürren Blättern säuselt der Wind."

息子よ、何を恐れて顔を隠す?
お父さんには魔王が見えないの?
王冠とシッポをもった魔王が
息子よ、あれはただの霧だよ。

「可愛い坊や、私と一緒においで。楽しく遊ぼう。キレイな花も咲いて、黄金の衣装もたくさんある」

お父さん、お父さん!
魔王のささやきが聞こえないの?
落ち着くんだ坊や
枯葉が風で揺れているだけだよ。

 ハイビームの照らす円だけが、真実の世界を映し出す。燭台を掲げた巨人達の足下を、オートバイは駆け抜ける。土を蹴たてるエンジンの鼓動は、背後に迫りくる追っ手の息遣いを消し去る。鬱蒼と繁る樹々は、今まさに閉ざされんとする魔王の手。その指と指の間を擦り抜ける。

"Willst, feiner Knabe, du mit mir gehn?
Meine Töchter sollen dich warten schön;
Meine Töchter führen den nächtlichen Reihn
Und wiegen und tanzen und singen dich ein,
Sie wiegen und tanzen und singen dich ein."

"Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort
Erlkönigs Töchter am düstern Ort?"
"Mein Sohn, mein Sohn, ich seh es genau,
Es scheinen die alten Weiden so grau."

「素敵な少年よ、私と一緒においで。私の娘が君の面倒を見よう。歌や踊りも披露させよう」

お父さん、お父さん!
あれが見えないの?
暗がりにいる魔王の娘たちが!
息子よ、確かに見えるよ
あれは灰色の古い柳だ。

 道のはるか先、夜の帳に隈取られて、ぼんやり浮かぶ窓の明かりを見つけたとき、ライダーの胸に安堵が芽生える。滲んで見えるのは涙のせい。バイザーの内側で逆巻く風にあらがって、目を見開き続けたせいだ。

"Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt,
Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt."
"Mein Vater, mein Vater, jetzt faßt er mich an!
Erlkönig hat mir ein Leids getan!"

「お前が大好きだ。可愛いその姿が。嫌がるのなら、力ずくで連れて行くぞ」
お父さん、お父さん!
魔王が僕をつかんでくるよ!
魔王が僕を苦しめる!

 オートバイを道路脇に停める。指先と爪先に鋭い痛みが走る。感覚は既にない。ヘルメットを脱ぐ手ももどかしく、小走りで扉に近づく。そして慄然とする。

Dem Vater grauset's, er reitet geschwind,
Er hält in dem Armen das ächzende Kind,
Erreicht den Hof mit Müh und Not;
In seinen Armen das Kind war tot.

父親は恐ろしくなり、馬を急がせた。
苦しむ息子を腕に抱いて
疲労困憊で辿り着いた時には
腕の中の息子は息絶えていた。

 煌々と灯ったあかりは誰のため。無慈悲にも罠にかかったことを告げる”closed”のプレート。ケヤキの王の哄笑。(夜間は営業していません)



 

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by TigerSteamer | 2014-02-08 02:00 | ツーリング

疑惑の寒中ツーリング

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 定時間際の午後5時頃、職場で粛々と仕事をしていたら、いつの間にか背後に立った上司が、だしぬけにこう言った。
「最近、ツーリングしてる?」
 思わずワッとかヒャッとか口走ったような気がする。不覚だった。
「いえ、なかなか時間がとれなくて・・・」
 休日出勤の依頼だろうか。ついお茶を濁してしまった。警戒心まる出しだったのを勘付かれたかもしれない。上司は僕の内心を知ってか知らずか、答え終わる前に質問を被せてきた。
「アソノコガノタキ、知ってる?」
「・・・いえ、知りません。なんですかそれ」
「凍るんだよ、水が。2月いっぱいは溶けないらしい」
「・・・はあ」
「今度、写真を撮ってきてよ」

 なんでも、阿蘇に「古閑の滝」というスポットがあるそうだ。冬の間は流れ落ちる水が凍って大変に美しく、九州で氷瀑が見られるところなど滅多にないから、オフシーズンの貴重な観光資源になっているらしい。というのは、後になって調べたからわかったことだ。上司は言いたいことだけ言い終えると、ただただ呆然としている僕を尻目に、すたすたと歩み去った。
 時間が取れないからツーリングに行けないというのは、本当でもあり嘘でもある。勤め人をするかたわら、権利擁護関連のNPO団体に所属していて、仕事が休みの日も何やかんやと予定が入っていることが多い。出向先は熊本方面、それも電車やバスでは行けないような辺鄙な場所がほとんどだ。これ幸いにとオートバイで出かけて、ちょっと遠回りしてワインディングを楽しんだり、ツーリングルートの中に業務を組み込んでみたりと、それなりに充実した休日を送っている。

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 古閑の滝があるのは、前に何度か行ったことがある、阿蘇バーガーで有名な「レストラン ロッソ」の近くだ。今まで散々ネタにした、あか牛丼の「いまきん食堂」からも遠くない
 次の休みは熊本市内へ行く予定になっていた。先方に滞在するのは長くて3時間程度だ。行きか帰りのどちらかで高速を使えば、古閑の滝まで足を伸ばしたとしても、暗くなる前に帰って来られるかもしれない。下道を使って往復し、途中の山鹿温泉でひと風呂浴びて、昼食は知人に教えてもらった猪鍋の美味い店で・・・と思っていたのだけれど、大幅にルートを変更することにした。猪も捨てがたいけれど、あか牛もいい。丼とチャンポンは制覇したから、次は煮込み定食を試してみよう。唯一の心配事は積雪だけれど、ここのところ暖かい日が続いているし、週間天気予報も下り坂に向かうのは先だと言っている。
 
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 出がけに、ちょっとしたハプニングがあったのと滞在時間が長引いたのとで、古閑の滝に着いた頃には既に日が傾いていた。もちろん昼食は抜き、楽しみにしていた煮込み定食は次回までお預けだ。週末の夜はライトアップするらしいのだけれど、この日は月曜日だったから、日が暮れると真っ暗になるのは想像に難くない。オートバイを駐車場に乗り入れると、とるものもとりあえず遊歩道を歩き始めた。滝壺までは600メートル程の距離だそうなので、30分もあれば戻ってこられるだろう。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。いくら整地してあるとはいえ、運動不足で衰えた足腰にいきなりの重労働は堪えた。足元が歩行には向かないライディングシューズだというのもある。心臓は割れ鐘のように高鳴り、鯉が餌を求めるかのごとくアゴを突き出し、冬だというのに汗が目を刺した。まだ歩き始めたばかりなのにもかかわらず、早くも後悔し始めた。

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 なぜ僕は上司の頼みをすんなり受ける気になったのだろう。そもそも、なぜ古閑の滝なのだろう。仕事に関係する事ならまだしも、氷瀑の写真が業務の役に立つとは思えない。それに「いつでもいいから」や「行った時で構わないから」などという前置きもなかった。次の休みに行けと言わんばかりだ。相手が部下とはいえ失礼にも程がある。いっそ知らんぷりを決め込めばよかったのだ。
 自己顕示欲が強く尊大で、何かにつけて人を威圧するような態度をとりたがる歳下の上司を、僕は嫌いとは言わぬまでも苦手にしている。おそらく相手にしてみても、僕は扱いにくい部下であることは間違いない。

 何度目かの休憩を挟んで、勾配の上下が逆転した。スピードを殺しながら緩やかなスロープを下ると、やがて滝の全貌が姿を現した。
 十分に予想はしていたけれど、そこに氷瀑はなかった。ここしばらくの陽気で解けてしまったようだ。もっと轟々と流れる滝をイメージしていたのだけれど、流れはか細く、風呂場のタイルから滲んだ漏水のシミを思わせた。考えてみれば、勢いの強い水流が凍るわけがない。水量が乏しいからこそ迫力のある氷の滝ができるのだ。

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 ウエストバッグに入れておいた缶コーヒーをすすりながら、しばし物思いに耽った。おそらく、僕は上司と仲良くしたいのだ。きっとそうだ。心の奥底で、わだかまりが氷解していくのを感じた。相手にとっても、たとえ僅かでも同じ気持ちがあったのではないか。でないと、休みの日に干渉してまで、わざわざ僕に頼む意味がわからない。きっと口実はなんでもよかったのだ。
 時々、自分の鈍さ、思慮の浅さに幻滅する。嫌な奴なのは自分の方だ。年長者ばかりの職場を、若くしてまとめ上げる苦労を僕は知らない。次に出勤したら、まずは笑顔で挨拶をしに行こう。そして滝の写真を見せて、僕のツキなさをネタに笑いあうのだ。

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 駐車場に戻った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。僕はオートバイの傍らで携帯電話を取り出すと、自宅の短縮キーを押した。

「今から帰るよ。そっちに着くのは十時くらいになると思う。飯は帰ってから食うから、ご飯だけ残しといて」
「それはいいけど、今どこにいるの?」
「帰りに寄り道した。古閑の滝って知ってる?」
 受話器の向こうの母は、プっと吹き出すと堰を切ったように笑い始め、やがてゼイゼイ荒い息をつきながら言った。
「タイミング悪いわね、もうしばらく待てばよかったのに。凍ってないんでしょ、全然」
「・・・え?」
「笑ってごめんなさいね。でもあなた、子供の頃から間が悪いじゃない。変わってないのね。ああおかしい」
 くつくつと声を殺している様子が手に取るようにわかった。まだ笑い足りないらしい。
「・・・・・・」
「ほら、一人でディズニーランドに行くって言い出した時のこと、憶えてる? 年に何回かしかない定休日で・・・」
「その話はいいよ・・・それより、なんで凍ってないって知ってるの?」
「ついこないだ、テレビかなんかで言ってたのよ。去年のうちに一度は凍ったんだけど、陽気のせいで溶けちゃったって」
「・・・・・・」
「じゃあね、事故には気をつけて」

 偶然、か?
 

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by TigerSteamer | 2014-02-04 02:00 | ツーリング