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festina lente.(ゆっくりと急げ)

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 このブログを見たライダーがアウローラを訪れたらしい。ちゃんと読んでくれている読者がいたということに驚き、この店で間違っていなかったという手応えに浸った。僕のお気に入りの店を好きになってくれただろうか。

 水面をわたる風と木漏れ日が心地良い。午前中に家を出て、昼前にこの店で最初の休憩をとる。コーヒーを飲みながら、これから始まる小さな旅に胸が沸き立つような気持ちを軽く抑える。そうすると、もっと高く飛べるような気がするのだ。

 さあて、今日はどこへ行こう。季節はもう秋だ、のんびりしていると日が暮れるよ。
 

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by tigersteamer | 2013-10-29 11:34 | ツーリング

悲しみの歌

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 無理してオペをする必要はない、と言うのだ。酷に聞こえるけれど、それはそれで頷ける話だ。
 ローギアが壊れているだけで、セカンドで発進する分には何ら問題はない。むしろ、今までどおり通勤主体の使い方なら、セローのスーパーローは使う必要がない。その通りだと思う。もしやるなら、開胸手術よりは移植した方が格段に安くつく。しかし、それすら無駄ではないか。28年落ちの老セローに、その価値はあるのか。

 仕事柄、延命治療の「する」「しない」は身近な問題だ。「しない」と決めて、それが本人の為だと言いながら、いざとなると決意が揺らいでしまう。自分に言い聞かせるかのように、苦しませるのは忍びないと繰り返す。そんな人を数多く見てきた。
「あとは君の思い入れだけだよ。このセローじゃなきゃダメだという強い拘りがあるなら、その選択もアリだとは思う。でも、俺ならやらないね」
 そう言われて、また頭を抱えてしまう。そもそも僕は、今までなんら孝行をしてこなかった。馬車馬のように働かせるだけ働かせて、洗車の一つもしてやったことがない。ここにきて悩むのは矛盾してはいないだろうか。

 人に喩えることの滑稽と不謹慎は承知している。でも、考えずにはいられない。エンジンの載せ替えというのは、人間で言えば何の手術なのだろう。もの言わぬ機械は、ただ佇むだけだ。
 

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by tigersteamer | 2013-10-26 17:02 | オートバイ

だご汁

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 昨日の夜は久々に繁華街をブラブラした。その結果、しみじみ実感したことがあるので、ここで声を大にして報告しようと思う。
 北は北海道から南は沖縄、日本全国津々浦々を転々としてきた僕が言うのだから間違いない。 福岡は食べ物が美味しいとか、人情にあついとか、博多っ子は日本人の思い描く男らしさの理想像だなんて話を耳にすることがある。根拠とするところには諸説があるようだけれど、食べ物が美味しいのは福岡に限ったことではないし、博多っ子の男らしさは女々しさの裏返しだ。

 そんなことより、福岡が誇れる事がある。それは女性の美しさだ。福岡の女性は綺麗だ。容貌は全国でもトップレベルに入る。 見目麗しく、芯の強さもあり、なお聡明でエネルギーに溢れている。
 福岡県南部から熊本県一帯で用いられる言葉に「おっぺしゃん」がある。時として心の美しい女性のことを指すこともあるようだが、本来の意味はズバリ、不細工のことだ。ちなみに、おっぺしゃん→おっぺしゃんのだご汁(かなりの不細工)→おっぺしゃんの冷だご(稀にみる不細工)の順で適用する。「だご」というのは団子で、だご汁はありていに言えば「すいとん」のことだ。ほぼ小麦粉のみを使って作られる。月見団子のような真ん丸ではなく、手でこねて平たくまとめるので、形はいびつで均整がとれない。主に味噌仕立ての汁に野菜や根菜と一緒に入れて食す。だご汁の「だご」は滑りを帯びていて弾力があるが、火の通りが悪いとネチャネチャして食感が悪く、冷えると固くなる。これを女性の比喩として用いるのは失礼だと思われるかもしれない。
 全国レベルに照らすなら、おっぺしゃんが平均的な容姿で、だご汁以下は女性がユーモアを交えて謙遜する時に用いる言葉だ。実際には殆どいない。ごくごく稀であり、おっぺしゃんの冷やだこは稀有な存在として讃えられる。決して悪口などではない。そこにいるだけでファンタジーなのだ。それほどに九州地方の女性は美しい。
 これは福岡県だけではなく、福岡近県、ひいては九州一円に言えることだが、対するに男性の美的レベルが著しく低いのも特徴だ。長い歴史の中にあって、男性が強いてきたコンプレックスの裏返しとも言える男性上位社会の裏側で、女性は自らの武器として美しさを磨いてきたのに違いない。

 ・・・とまあ、女性の話は眉に唾して読んでもらって結構だ。僕の主観的な意見で根拠はない。
 話は変わるけれど、だご汁の話をしたら無性に食いたくなった。今年の冬は、オートバイで巡るだご汁の旅なんてのはどうだろうか。あまりに素朴すぎて、だご汁が美味い店というのを聞いたことがないのだけれど、探せばきっと驚くような発見があるに違いない。同様のことは、ご汁(長崎県の郷土料理)や、冷や汁(宮崎県の郷土料理)にも言える。九州全土を駆け回って究極の郷土料理を探し求めるのは楽しいだろう。
 なんて、くだらないことに延々と思いを巡らせながら、結局はいつものようにオートバイと食べ物のことに辿り着く。布団の中で微睡みながら、秋の夜長はしんしんと更けていく。
 

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by tigersteamer | 2013-10-18 01:41 | ツーリング飯

夏の終わり

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 リアキャリアにたなびくホクレンフラッグ。若い2人組だった。まだ大学生は夏休み中なのかと不思議に思ったが、そんなわけはない。出席日数を削る覚悟で、ギリギリまで楽しんでから帰ってきたというところだろうか。せっかく人より長くやったんだから、学生時代に一度くらいは北海道を走っておいたらよかった。あの頃は時間に限りがあるなんて思いもしなかった。馬鹿な学生だったなあ。

 なんだか嬉しくなって後ろをついて走ったら、信号待ちが終わったとたん、ものすごいスピードで逃げていった。警戒させたらしい。写真まで撮ったのはやりすぎだった。許しておくれ。
 

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by tigersteamer | 2013-10-14 14:08 | ツーリング

1199パニガーレ 〜 アダ名はマイマイ

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 こいつの面構えを見るたびに、怒って真っ赤になったカタツムリを連想するのです。地を這うようなスピードで(それでも、怒ってる分だけ普段より速い)跡を曳きながら走りそうです。路面を濡らしているのはガソリン? オイル?
 誰だよマイマイの殻を踏み潰した奴は。ちゃんと謝っとけよ。
 

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by tigersteamer | 2013-10-12 11:50 | オートバイ

孤高のソロツアラー 仙人

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 うろ覚えだが、作家の大沢在昌が作中で「ハードボイルドとは生き方だ」というようなことを言っていた。なるほど、僕はどちらかと言えば素養の問題かと思っていたけれど、生き方として自分に強いるなら、よりストイックでハードボイルド的だ。ならば僕も言っておきたい。
「ソロツアラーとは生き様だ」
 生き方というのはスタイルだから、あくまで自分の中に帰結する。対する生き様とは、「生」きていく「姿・形、有様、様子」である。文章や映像に仕立てたものを鑑賞するのでなければ、第三者の視点が必要となる。つまり、僕のように他人に合わせるのが苦手というだけでソロツアラーを自称しているのは本物ではない。誰かにレッテルを貼られる必要がある。
 今回は僕の出会った孤高のソロツアラーについてお話ししたい。どこに出しても恥ずかしくない本物だ。彼がソロツアラーを自称している事実はない。しかし、そのスタイルはまさしくソロツアラーであり、ソロツアラーであるがゆえに異端者であり、アウトローでもある。

 出会いは5年ほど前、今もお世話になっている車の修理工場だった。仕事仲間、単車仲間のたまり場であり、上は六十代の後半から下は二十歳そこそこまで、幅広い顔ぶれが集まるとはなく集まって、他愛もない雑談に花を咲かせていた。僕と彼はそこの常連客だった。
 その日は仕事帰りに立ち寄って、携帯電話をイジりながら休日のプランを練っていた。どんな話の流れでそこに行き着いたのかは憶えていない。明日は休みなので、久しぶりにオートバイで遠出しようと思いますというようなことを話したら、その男性は暫く考えてから、こう言った。
「それなら、こんなルートはどうかな。夜中に出発して大分の佐賀関からフェリーに乗るといい。愛媛の三崎に着いたら、四国を半周して倉敷に渡って、山陽を流して帰ってくるといいよ」

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 ええっと・・・。二の句が継げずにいる僕にもどかしげな視線を投げ掛けながら、彼はなおも続けた。
「大丈夫だよ、朝までには帰ってこれるから」
 僕がしたかったのは、忙しいさなかの休日に命の洗濯をするためのバイク旅であって、オートバイ乗りが武勇伝として語りたがるような鉄人ツーリングではなかった。ちなみに、うちは福岡の内陸部だ。
「昼は◯◯の◯◯道路を越えて少し行ったところにある◯◯峠の◯◯屋で、讃岐うどんを食べるといい。あそこら辺だったら、そこが一番おいしいから。そうだ、フェリーの時間を調べてあげようか」
 際限なく続きそうな話を手で遮って、愛想笑いで応えた。なにかの冗談だと思ったのだ。しかし、僕がのちに"仙人"と名付ける彼は大真面目だった。その目は柔らかさこそ湛えているものの、まったく笑っていなかった。

 また、こんなこともあった。
 オートバイにサイドケースのステーを取り付けた時のことだ。わざわざドイツに発注したあげく、半年近く待たされて、ようやく届いた品だった。嬉しくないわけがない。オートバイの傍で、あらゆる角度から写真に収めんと携帯電話のカメラを構えていると、背後から声がかかった。

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「虎蒸気君は仕事をやめたんだね」
 もちろん辞めてなどいない。どこかでそんな噂が流れているのかもしれない。誤解されるような事を口にしただろうか。首をかしげている僕に、それ、と指をさして言った。
「パニアケースは、一週間くらいのロングじゃなければ要らないでしょう」
 茶化されているのだと思った。とっさに作り笑顔を浮かべようとして、凍りついた。彼は心底、不思議そうな表情で僕を見つめていた。
「仕事の都合で連休が取れないから、日帰りのツーリングしかできないって言ってなかったっけ」
 何を入れたらいいのか迷わなかったと言えば嘘になる。自分には無用のアイテムだと、わかってはいた。しかし、こんなにダイレクトに指摘されるとは思ってもいなかった。僕の心の柔らかい場所を深々と抉りながら、それでいて皮肉めいた嫌らしさはまったくないのもショックだった。この一件がトラウマになって、僕はまだ一度もサイドケースを取り付けることができずにいる。

 仙人は五十代の半ば、自身はBMWのR100RSに乗っている。この組み合わせもまた、僕の意識下に深く刻み込まれた。絶妙のチョイスだ。もし仙人が国産のツアラーやクルーザーに乗っていたとしたら、ここまで印象には残らなかったかもしれない。
 この時代のBMWは、弁当のおかずに例えると昆布巻きや佃煮だ。基本的に味付けは醤油で、ぷんとダシの香りがする。子供の喜びそうなタコさんウインナーやケチャップのかかったハンバーグは含まれない。たまに珍しい配色を見つけたと思ったら、でんぶや福神漬だったりする。見た目の派手さはないけれど、時間を経ても味を落とさず、濃いめの味付けが疲れを癒してくれる。弁当のおかずとしては最良だ。仙人のR100RSもまた、醤油で煮しめたような業物だった。刃渡りは短いけれど切れ味は良さそうでいて、剣呑さはまったく感じさせない。
 こんな事を書くと、R100RSのオーナーからは反感を買うかもしれないけれど、僕がこのオートバイにダブらせているイメージは技術大国ドイツの生んだ由緒正しい工業機械であり、おしゃれな佇まいのオールド・モーターサイクルではない。搭乗員約1名を乗せて走る為の乗り物だ。

 僕が仙人のライディングを見たのは、後にも先にも一度しかない。年に数回、たまり場のメンバーでマスツーリングに出かけた。その時の行き先は山口県の角島を経由して秋吉台だったように記憶している。いつもは誰かの思いつきで突発的に企画されるので、総勢10数台にのぼるのは珍しかった。スーパースポーツからクルーザーまで幅広い車種が参加していた。

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 出発時に案内役をかってでたのは、リーダーである工場の主だった。僕は2番手を走っていた。長蛇の列を作って走るような場合は、信号や他車の割り込みで分断した時のことを考えて、できるだけ先頭を走らないで済むポジションに身を置く。土地勘がない上に重度の方向音痴だからこそ身についた一種のマナーだ。
 何度目かの休憩を挟んだ後で、千鳥を組んで進む一行の横を、スルスルッと追い抜いて行く者がいた。仙人だった。彼の人となりについて、その頃にはだいぶわかってきていた。大人しく行列の後ろをついて走るのに飽きたに違いなかった。
 リーダーは、しばらく仙人と並走したのち、仕方なくといった風に列を下がって行った。もともと決まった役割などなかったし、何と言っても仙人はオートバイツーリングのエキスパートだ。日本中に行ったことのない場所はないと噂され、西日本ならゼンリンのロードマップはすべて網羅、九州に限るなら地図に載らない裏道まで熟知している。本来ならば、こんなに心強い存在はない。ロケットが予備エンジンを切り離すように、不慣れな道に入ったので先導役が入れ替わった。僕はそのように理解した。そして、そこから阿鼻叫喚の地獄絵図が始まった。

 先頭を走る者は、全体のペース配分に気を配らなければならない。ベテランもいれば不慣れな者もいる。時速300キロまで刻まれたスピードメーターがあれば、その3分の1がやっとのオートバイもある。分断された後続集団が迷わないように、曲がり角の手前で待機したり、複雑なルートを避ける配慮が必要になる。仙人のライディングには、その配慮が決定的に欠けていた。無理な追い越しやスリ抜けこそしないものの、赤に変わりかけた信号の手前で速度を上げたり、わざわざ細くて曲がりくねった道を通ったり。オートバイによっては、パッシングスイッチや燃料計がないのと同じように、もともとそんな機能は備わっていないかのように思えた。
 仙人が先頭を走り始めてから、一行の進むペースはぐんと早くなった。有能な指揮官に交代することで兵隊の士気が上がり、行軍スピードに変化をもたらした。そんな好意的な解釈は、間もなく木っ端微塵に打ち砕かれた。たしかに面白いコースではあった。つづら折れのワインディングを、仙人のテールランプを見失わないようにハイスピードで駆け抜け、ようやく休憩地点とおぼしき場所にオートバイを停めた時には、先頭集団は3、4台になっていた。

 仙人はヘルメットを脱いで汗を拭いながら言った。
「楽しかったね」
 そうですね・・・としか言いようがなかった。たしかに楽しかった。
「他のみんな、ついてこれますかね」
「さあ、大丈夫じゃないかな」
 仙人はそのままスタスタと歩み去った。おそらく、そこが彼のお気に入りの場所なのだろう。勝手知ったる様子だった。トイレにでも行ったに違いない。暫くして戻ってくると、所在無さげに佇む僕らを一瞥して、さも驚いたかのように言った。
「あれ、みんな来てない?」 
 手分けして後続チームと連絡を取り、僕らのいる場所が前もって決めていた休憩場所とは、かけ離れた場所であることを知った。一行は干からびて踏みつぶされた蛇の抜け殻のように散り散りになっており、なおかつ免許取りたての1名は行方知れずだった。
 ようやく全員が集まり、再出発の態を成した時には、かなりの時間が経過していた。リーダーはカンカンに怒っていた。
「今度は頼むぜ。いちばん道に詳しいのはお前なんだからな」
 仙人はうなだれ、照れ笑いを浮かべていた。

 このエピソードを読んだ限りでは、仙人はよほど集団生活に慣れていない、社会不適合者のような印象をもたれるかもしれない。しかし、普段の彼は大手自動車メーカーに勤め、大勢の部下をまとめ上げる管理職だ。にわかには信じ難いけれど、オートバイに乗ることによって、完全にオンとオフが切り替わるのだとしか思えない。
 あの日、再び先頭を走り始めた仙人は、反省の甲斐もなく瞬く間に小さくなって、芥子粒のように消え去った。みるみるうちに遠ざかっていく彼の後ろ姿を見つめながら、僕の心の奥底から湧き上がってきたのは苛立ちではなかった。憧憬と憐憫と羨望と失望をゴチャ混ぜにした、同族嫌悪にも似た感情をなんと表現したらいいのだろう。僕は初めて自覚した。彼は追いつこうとしても追いつけない、夜空に輝く北極星だった。

「ソロツアラーとは生き様であり、また血脈でもある」
 仙人の孤高の魂は、その日、確実に受け継がれ、一人のライダーを覚醒せしめた。まだ遠く及ばないけれど、まぎれもなく僕もまた一人のソロツアラーだったのだ。
 

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by tigersteamer | 2013-10-08 00:06 | ツーリング

魔法使いの競演

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使った金額1,000円~1,999円
評価(星4つ)
 かれこれ二ヶ月前だ。気鋭のジャズギタリスト 内山覚さんのギター演奏を聴きに、福岡市内のカレーショップへ行った。ディナーショー的なものを想像していたのだけれど、カレー屋さんはあくまで会場で、美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、音楽を楽しむ催しではなかった。当日、それを知って少しガッカリしたのだけれど、今となっては別々で良かったと感じている。

 僕と内山さんと出会ったのは半年くらい前のことだ。仕事がらみで知り合い、お客様になっていただけたのをきっかけに、初めはiTunesでアルバムを購入し、招かれてライブに足を運んでからというもの、どっぷりとハマってしまった。この一連の経緯と今回のイベントついては、いずれブログで報告しようと思いつつ、なかなか実行に移せなかった。なにより、僕の音楽的な素養のなさは折り紙付きで、果たしてブログで扱って良いものか迷った。記事を書くからには、そこそこの知識が必要だ。何かしら判断基準が必要なわけで、ジャズにはとんと疎い僕としては、どんな賛辞を送ったらよいのかすらわからなかったのだ。
 思えば大学生の頃に傾倒していた時期もあった。当時は寝ても覚めてもジャズばかり聴いていたけれど、今思うにアレは一種の中二病だったのに違いない。コテコテのメタルキッズがメインストリームの推移と共にグランジやパンクへ乗り換えるのを潔しとせず、ちょっと原点回帰してみようと目論んだだけだった。やれ音源だライブだと散財したにもかかわらず、いったん距離をおいたら後には何も残らなかった。

 とはいえ、そんな音楽音痴の心にも、内山さんのギターは心地良く響く。それは新鮮な感動だった。
 決して広いとは言えない店内にオーディエンスがぎっしりとひしめいていた。メガネが曇るほど篭った湿気が、張り詰めた弦が音色を奏で始めたとたんに霧を払ったように薄れた。雨だれにも似た旋律を固唾を飲んで追いかけるうちに、いつの間にか汗が引いていた。当日は茹だるような熱帯夜で、なおかつ店のエアコンが故障するという災難に見舞われたのだけれど、まったく苦にならなかった。手練れのギタリストには、こんな魔法が使えるのだ。
 同じように、演奏会が終わった後で食べたカレーも新鮮な感動をもたらしてくれた。よって、ここではカレーについて褒めることにする。こちらの方が与し易いのもあるけれど、決してこじつけではなくて、僕にとっては二つとも根っこが同じではないかと思えるのだ。

 ハイダルはバングラデシュ人のハイダルさんが経営する店だ。バングラデシュのカレーというと、少し耳慣れないかもしれない。一般にバングラデシュカレーは、あまりスパイスを使わない。まろやかで素材の味を活かしており、トゲトゲした辛味はない。その点では日本のカレーライスに近い。
 ところが、ハイダルはバングラデシュカレーの看板を掲げているわりには舌に優しくない。薬膳カレーといって、複雑に配合されたスパイスがデトックス効果をもたらす。とろみのないサラサラのスープには人参やジャガイモが浮かんでおり、一見すると馴染み深いオーソドックスな家庭のカレーを連想するのだけれど、食べ進めるうちに身体中の毛穴から水蒸気の如く汗が噴き出す。汗と一緒に疲れまで抜けていく。肩が軽くなるのがハッキリわかる。また食感がユニークだ。香辛料がしこたま入っていて、スプーンで掻きこんで(掻きこむ、これがミソだ)おざなりに噛みしめると、溶けきれていない繊維質のザラつきやクミンのパリパリした歯ごたえが舌と喉越しを楽しませてくれる。
 例の「カレーは飲み物」ではないけれど、ご飯をスプーンで突き崩して、熱々のスープと一緒にジャバジャバ掻きこむのが旨い。胃の腑の奥で方がカッと火が点ると、薄皮一枚の下にみるみる漲った行き場のない熱が、出口を求めて鼻から口から溢れ出す。思わずハーッと深く息を吐いたら、それがそのまま笑いに繋がる。ウーンと唸ったり、ナルホドと納得したり、ホホウと感心したり、ニヤニヤが止まらなかったり、食物ごときで忙しない奴だと自分でも思うけれど、中でもハハハハは珍しいのだ。

 この薬膳効果、決してプラシーボ効果などではない。カレーを食べれば身体が熱くなるのは当たり前だ。ハイダルのカレーは、食べてからオートバイで33キロ離れた自宅へ帰り着くまで、薬膳効果が途切れず持続する。汗が出続ける。
 子供の頃の夢はキレンジャーになることだった。カレーが大好きで、洋の東西を問わず、ありとあらゆる国のカレーを食べた。薬膳カレーだって、ここが初めてというわけではない。その僕にしても、こんな経験は初めてだ。今年の夏は、連日の37℃超えで死人が出るほど暑かった。その炎天下でさえ、大量に汗をかいた後の気化熱のせいで涼しく感じる。ひんやりとした冷気を全身に感じながら、「もう秋か」などとトンチンカンなことを口走りそうになる。もともと汗っかきではあるけれど、初めて食べた時は心臓疾患を疑ったほどだ。

 ハイダルのカレーのおかげで、今年の夏は楽しかった。この薬膳効果が冬の寒さにどう作用するか見ものだ。きっと、内山覚さんのギターにも同じく、効能の変化があるに違いない。「内山覚が紡ぐソロギターの世界」は年に4回、不定期に催される。次回12月の第6章を首を長くして待っている。
 
店舗情報
ハイダル
福岡市中央区警固2-9-10

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by tigersteamer | 2013-10-04 06:12 | 食べ物一般

R100RS 〜 君にはまだ早すぎる

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 醜い嫉妬心であることは承知の上だ。なんて器の小さい男だと嘲笑いたければそうするといい。
 乗りたければ何にだって乗ればいい。君が選ぼうとしている、そのオートバイが初心者の手に余るなんてことはない。メンテナンスに手間がかかるという事はあるだろうけれど、クラシックのカテゴリーに含まれる程ではない。きっと従順で、滑らかで、乗り手に優しいオートバイなんだろう。ただし、自分の物にするには資格が必要だ。だから、もう少し回り道をしてからでも遅くはない。まだ早い。君が乗っていいオートバイではないのだ。

 過剰なイメージを植え付けてしまったオートバイがある。もちろん勝手な思い込みだ。誰にでも心当たりくらいあるだろう。僕の場合なら、これとCB750four、SRX-6だ。
 BMWのR100RSは、社会に出て初めて勤めた会社の同僚が乗っていたオートバイだ。同僚とは言っても二回り以上は年上だった。なかなかに馬の合う人物で(そもそも、僕と馬の合う人というのが珍しい)、彼に惹かれるあたりに自分のダメさ加減の所以があるのだと知りつつ、どこへ行くにも金魚の糞のようについて回った。
 元々は喫茶店チェーンのオーナーだった彼が、ギャンブルで身を持ち崩し、奥さんに逃げられ、しがない会社の平社員になるに至った経緯には(当時がバブル経済の真っ只中であったことを加味しても)にわかには信じ難いエピソードが沢山あるのだけれど、そんな絵に描いたようなダメ人間であるところを含めて師匠と呼んでいた。教えてもらったのは酒の飲み方と麻雀とラーメンの食べ方だ。仕事に関してはからっきし、どちらかと言えば反面教師にすることの方が多かった。彼はもっぱらソロツアラーで、一緒にオートバイでどこへ行ったという事はない。ただ、自宅マンションの駐輪スペースでカバーを被っているのを見せてもらったことがある。
 そして今また、僕の先を行く孤高のソロツアラーにして、畏敬と羨望と失望の意を込めて「仙人」と呼ぶ人物(この人については、また次の機会に書く)の愛車でもある。

 つまりは、そのオートバイは十年くらい経ってから僕が乗る予定のオートバイなのだ。勘違いして欲しくないけれど、ダメ人間御用達という意味ではない。BMWの持つ一種のステータスシンボルとも違う。酸いと甘いを噛み分けるように、数多のオートバイを乗り継いできた人が最後に辿り着く、終着点のようなものなのだ。
 前にも同じようなことを書いた。あれについては正式に謝罪しよう。すまなかった。僕はまったく偏屈でケツの穴の小さい男だ。だから君も、スタート地点から過程をすっとばしてゴールにコマを進めるような真似はやめよう。何より自分のためにならない。若い時には若い時に乗る用のオートバイがあるじゃないか。

 どうしても、どうしても欲しいと言うのなら、一つ案がある。名義上は君が所有していることにしておいて、実際に乗るのは僕というのはどうだろう。君は僕のタイガーに乗ればいい。さしあたって所有欲は満たされるだろう。タイガーは大切な相棒だし、R100RSは僕にとってもまだ早いけれど、断腸の思いで譲ろう。仕方ないじゃない他に方法がないんだから。
 

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by tigersteamer | 2013-10-01 15:39 | オートバイ