<   2013年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧

収穫の秋ですね。

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 実るほど

 頭を垂れる

 ジャズマグナ

 

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by tigersteamer | 2013-09-28 01:52 | オートバイ

キャプテンへ

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 趣味は何だと問われると、オートバイツーリングと食べ歩き、と答える。ただし、この2つは僕にとって、ほとんど同じものだ。たまに第3の趣味ができるけれど、早ければ3日でリストから脱落するので、ブログのネタ以外では人前で公言したことはない。読書や映画鑑賞を挙げていたこともあったけれど、前者は生活と一体化しすぎているし、逆に後者は観たい作品がある時だけの付き合いだから、それらを趣味と言っていいものかどうか。

 3年ほど前までは、禁煙をリストに加えていた。真面目に答えているわけではない。斜に構えたジョークとしてだ。なにぶん自嘲気味なのでウケた試しがなかったけれど、趣味と言っても構わないくらい何度もチャレンジしてきたのは事実だ。朝に決意して夕方には挫ける程度の遊びから、飲み薬やパッチを用意して臨む計画的なものまで、数えきれないくらい挑戦し、そして失敗してきた。最後は3年前で、経験した禁煙の中では最長となる200日と少しを記録した。そして、それっきり趣味の欄から外した。
 3年前の今頃、Twitterのタイムライン上に気になるツイートを見つけたのがきっかけだった。思わずニヤリとした。なかなかヤニ臭いユーモアだ。

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 この竹田津敏信という人は、エイ(エイは木へんに世)出版から今も発行されている「ライダースクラブ」というオートバイ雑誌の、当時の編集長だった。当時の〜だった、という書き方をするからには、今では違うわけだ。僕はライダースクラブの読者ではないし、雑誌の編集者に興味をもったこともないので、どういう経緯でフォローするに至ったのか思い出せない。おそらくマン島TTレースに挑戦した日本人ライダーの伊丹孝裕氏を先にフォローしていて、その繋がりでだったように思う。
 僕との接点はまったくないので、人物について詳しく触れるのはやめておくけれど、ネットに散見する記事やTwitter上のやりとりから、名物編集長とでも呼ぶべき人物であることを知った。同じ業界人だけにとどまらず、友人知人に読者までをも巻き込んで、常に楽しげな人の輪の中心にいるのが容易に想像できた。ついでに、前出の伊丹氏を含めて僕と同い歳だった。その竹田津氏が禁煙をするというので、面白半分で便乗したわけだ。
 僕とは違って、本格的に禁煙するのは初めてのようだった。物書きという仕事の性質上(物書きじゃないのでわからないけれど、たぶん)、一度身につけた喫煙習慣を捨てるのは並大抵ではなかっただろう。ツイートには深刻さが窺える様子はまるでなくて、それがライバル心に火をつけた。禁断症状の苦しみを知る僕としては、やっかみが半分以上だったのは認める。

 一人でじっと我慢するより、仲間がいたほうが捗るというのは本当だった。それがたとえ縁もゆかりも無い他人だったとしても。いやむしろ、他人だったからかもしれない。ヒネ者気質の僕としては、身近なところにライバルを置かない方が良かったのかもしれない。

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 タイムライン上に表示された、このツイートを見た時は、一緒に快哉をあげたい気分だった。僕が禁煙を始めたのは数日遅れだったので、一緒にというのは正確ではないけれど、まもなく同じ日数をクリアするのは間違いなかった。もっと大騒ぎしても良さそうだけれど、禁煙200日目を告げるツイートは一言だけだった。少し肩透かしをくらったような気がした。ゴールなどないことを考えれば、それで当然なのだけれど。

 そして、それから一ヶ月も経たないうちに、竹田津氏は故人となった。新型オートバイを取材している最中の事故だったらしい。
 死を悼むという感じではなかったけれど、数日先を行く目標だったし、勝手に連帯意識を育んでいた相手だったので、いきなりの訃報はショックだった。肺癌の原因No.1であるタバコをやめてオートバイで命を落としたわけだから、皮肉めいたものを感じなかったと言えば嘘になる。ただ、僕の最後の禁煙が失敗したのは意志薄弱のせいであって、竹田津氏の死とは関係がない。どう取り繕っても嘘くさくなるけれど、本気でタバコを止める気はなかった。所詮は趣味だったのだ。

 今またタバコを止めようと思う。お金がもったいなくなったのが動機だ。なんだか今度は成功しそうな気がする。ついこないだダイエットをしくじっておきながら言うことじゃないけれど、ブログ用のネタではない証に、独りよがりになるのを承知で故人を引き合いに出してみた。どこかで見ていてくれよ。
 

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by tigersteamer | 2013-09-25 04:39 | 雑記

sol(太陽)

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 ずっと前から薄々気付いてはいたけれど、僕は本物のアホらしい。
 3連敗だ。いや、4度目の正直と言うべきか。以前にここに書いた夜明中町のアウローラへ行き、定休日に泣かされて帰る、ということを三たび繰り返した。毎週月曜と金曜が休みだから、他より少し多いのは否めないけれど、それを前もって把握しておきながら、7分の2の確率に引っかかり続けるというのは尋常じゃない。計画性は皆無であり、さんざんカムアウトした方向音痴人見知り思い込みの激しさと合わせて、とてもマトモな社会生活を送れているとは考えられない。自分の両肩を掴んでガクガク揺さぶりながら、「大丈夫か、本当に大丈夫か」と大声で確認したい気持ちで一杯だ。

 そろそろ良い頃合いじゃないかと思ったのだ。初めて店を訪れたのが8月の上旬だ。あれから1ヶ月以上経った。前回はアイスコーヒーだけだったから、本格的なツーリングシーズンを前に、もう一度足を運んでメニューを確認しておくのもいい。パフェを置くべきだとアドバイスしたのを憶えておられるだろうか。蒔いた種が芽を出しているかどうか、確認する意味もあった。
 ツーリングライダーの甘い物好きは、ライダーとしての適性と言ってもいい。言わば体質の問題だ。なにせ、オートバイに乗っている間はアルコールを摂取できないのだから、並の飲んだくれがオートバイを趣味にする筈がない。必然的に下戸で甘党が多くなる。もしくは飲みたいのを必死に我慢して、宿や自宅へ辿り着いた後の一杯を楽しみにオートバイに乗るという、普通に飲むのでは飽き足らなくなった末期的な輩のどちらかだ。

 非日常を満喫するという趣もある。普段は眉間にシワを寄せて仕事に勤しんでいる中年男性が、たまの休みにオートバイで出かけ、身も心も解放される。童心に帰る。どっちが速いかとか、音がどうだとか、スタイルがかっこいいかとか、おおよそ大人気ないことに夢中になる。そうした非日常の最右翼であり、普段の生活から最も遠いところに位置するのがスイーツなのだ。ゆえに多くのツーリングライダーは、非日常の〆にソフトクリームを食す。小洒落たデザートの類ではなくソフトクリームやパフェに偏るのは、働く男の発想の貧困さが由来している。
 考えてみれば、小粋なイタリア人はスーツ姿でジェラートを食べるし、アメリカの治安を守るポリスメンの主食はドーナツだ。それを食べるのに恥や衒いは必要ない。女子供の食べ物と決めつけ、暗黙のうちに恥ずべき行為と見做しているのは日本人だけだ。また、単調になりがちなルーティンに僅かなりと彩りを添えるため、ソフトクリームを活用する人もいる。詳しくは知らないけれど、血糖値をコントロールするのにいいらしいのだ。

 と、そんなことはどうでもいい。意外にもおやじライダーとソフトクリーム、パフェの相性が悪くないのは周知の事実であり、僕が説明するまでもない。肝心なのは、アウローラが大分及び阿蘇方面ツーリングのアタックキャンプとして機能するかどうかだ。日田といえば、近県在住のライダーとしては真っ先に一品街が浮かぶけれど、あそこは待ち合わせ場所であって、腹ごしらえをする場所ではない(関係者が読まないことを祈る)。

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 ランチは週替わりで、AとBの2コース。今回はタイカレーのセットを注文した。まろやかな味わいで、なかなかに美味い。前回の来訪時、奥さんの顔を見た瞬間に、この店は期待がもてると直感した。今回もまた間違いはなかった。
 これは余談だけれど(例によって全編余談なのだけれど)、僕は作る人の顔を見て料理の美味い下手を予想することができる。的中率は100%を誇る。これは生まれついての才能であり、超能力と呼んでも構わないと思っているのだけれど、残念ながら実生活の役に立ったことはない。戯言と読み飛ばしてくれて構わない。また機会があれば記事にすることもあるだろう。

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 ランチセットのデザートとは別に、ケーキのセットを注文した。その結果、しみじみと実感したことがある。梨という果物は実に不思議だ。ケーキと並んで果物が出てきた場合、どちらを先に食べるべきか迷う。甘味がお互いを打ち消し合うからだ。ほとんどの場合はケーキを後に、果物を先に食べるだろう。ところが、この日に食べた梨は負けていなかった。ケーキがぐっと甘さを控えていて、梨は「品種改良の終着点」とまで呼ばれる糖度の高い秋月梨だったのもあるだろうけれど、交互に口にしても遜色ない味わいで、邪魔しないどころか相手を引き立てている感すらある。初めて飲んだ梨ジュースが、これまた秀逸だった。枝から捥いだ瞬間から急速に味が落ちていく梨を、一切の混ぜ物なしで提供する。梨農家でなければ出せないメニューだ。

 僕は己の不見識を恥じた。梨園の高笑いが聞こえそうな気がする。アップルパイのような焼き菓子にしたてるとか、ぐつぐつ煮込んでコンポートにするとか、色々と想像して楽しんでいたのだけれど、そんな考えは消えてなくなった。梨はそのままか、ジュースにして食すべきだ。実際のところ、アウローラではパフェをメニューに加える予定はないそうだ。当たり前だ。大賛成である。パフェのデコレーションに使うだなんて一種の冒涜だ。
 決めた。ややもするとメインになりかねないけれど、今後はここをツーリングの中継地とする。願わくば、夜明けと共に旅路を照らす太陽とならんことを。

※ 勘違いしてしまいそうだけれど、一枚目の画像にある道路に面した扉は裏口なのだそうだ。本当の出入り口は横手にあるので、お間違えなきよう。(間違えた人より)
 

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by tigersteamer | 2013-09-21 23:54 | ツーリング飯

夏バテ解消メニュー

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 ナポリタンの山盛りであるからして、スパゲティ・ヴェスヴィオと(勝手に)命名した。エネルギー価の高さたるやマグマの如くである。寄る歳波には勝てないと諦めて、食事制限ダイエットは一時中断とする。再開は冬くらいに・・・
 ちなみに、スパゲティ・ヴェスヴィオを所望の際は、この店でナポリタンのトリプルを注文するとよい。「ヴェスヴィオをください」と言ったところで不思議そうな顔をされるだけなのでご注意あれ。〆はコーヒーゼリーが良い。

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 甘く、ほろ苦い、スパルタカスの夢見た自由の味がするとかなんとか。

 

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by tigersteamer | 2013-09-19 13:26 | 食べ物一般

追憶という名の列車

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 今年の夏は珍しく夏バテした。日がな一日だるくて力が出ない。これはおそらく、来るべき日に備えて食事制限を課したせいだ。なにせ今まで経験したことのない症状だったものだから、なにか深刻な病気なのではないかと心底恐れおののいた。今思えば、炭水化物をカットしたのがいけなかったのかもしれない。夏の熱い盛りに一日あたり3リットル強の水を飲んで、大量の汗をかいたのも原因のひとつだったのかも。飲水ダイエットというやつで、健康にも良いのだと聞いたが過ぎたるは及ばざるが如しだ。今の職場は一日中冷房が効いているから、体が冷え過ぎたのだと思う。

 仕事中に頻繁に立ちくらみを起こすに至って、同僚もだいぶ心配してくれたようだ。何か精のつくものを食べに連れて行ってやるとまで言ってくれた。正直何も食べたくはなかったのだけれど、「何でも好きなものを奢ってやる」と言われたら断るわけにもいかない。我ながら現金な上に意地汚い。
 毎年恒例の夏バテ防止食である焼肉や、強壮食の定番である鰻も考えたのだけれど、どちらもいまひとつしっくりこない。僕にとってこの二つは夏バテ予防食であって、治療食ではないからだ。ラムチョップを他人の金で腹一杯食うというアイディアも浮かんだけれど、お気に入りの店は自分一人のためにとっておきたい。それに、なにより重すぎた。朝食の塩鮭ですらゲンナリしてしまうのに、肉の塊が美味しく食べられるはずもない。

 そこでとっさに口にしたのがトンカツだった。焼肉やラムチョップと何が違うのだという疑問は棚上げして欲しい。毒を以って毒を制すというわけではない。口が滑っただけだ。蕎麦かうどんの類にしておけばいいものを、青白い顔でフラフラしながらトンカツとは我ながら狂っている。長年培った貧乏性と厚かましさゆえか、他人から物を奢ってもらえるような千載一遇の局面で、肉料理以外のものをリクエストする選択肢を持ちえないのだ。それに、脂っこさでは勝るとも劣らないけれど、大の好物であるトンカツなら、何とか食べられそうな気がした。
 もっとも専門店のトンカツというのは、聞いて連想するほどギトギトはしていない。どこの店もイヤミなくらい健康志向で、極力脂身を排除した肉を、これまた植物性のアッサリした油で揚げて客に出す。僕のような脂っこいもの好きに言わせればまさに目黒の秋刀魚なのだけれど、エコロジーだのロハスだのがもてはやされる昨今にあって、ヘルシーかそうでないかは、客の入りを左右する重大なセールスポイントなのだろう。
 もしどうしてもダメそうだったら、できるだけ小さな一口カツかなにかを注文すればいい。もしくは一番高価なメニューを選ぶ手もある。肉料理店の常として、値段が張れば張るほど質が向上する代わりに、肉自体の体積は減少していくものだ。下手をすると友情を損なう恐れもあったが、よもや嫌だとは言うまい。しっかり言質は取ってある。
 
 同僚はそれなら良い店を知っていると言う。なんでも、家族でちょくちょく利用する店だそうだ。まさにうってつけだと得意げに胸を張る。
 何がうってつけなんだろう。同僚と言えば今どき珍しい子沢山で、高校球児の長男を筆頭に男ばかりの5人兄弟、それに小山のようにふくよかな奥さんと、老いてなお筋骨逞しい元自衛官の父親、山姥の如き母堂をあわせた9人家族ではなかったか。なんだか急に雲行きが怪しくなってきた。トンカツと言ったのは自分だし、せっかくの厚意でもある。むげに断るのは気がひける。さりとて食欲はない。心なしか胃の痛みが増しているような気さえする。もし食べ切れなかった時のことを考えて、あらかじめ詫びを入れながらその店に向かった。恨めしいのは自分の胃袋だ。いつからこんなに脆弱になったのだろう。少し前までなら、このくらいの無理は平気だったような気がする。それもこれもみんな歳のせいなのかしら。

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 わざわざ連れて行ってくれるくらいだから、それなりのお店なのだろうという僕の予想は、ものの見事に外れた。いや、悪い予感が的中したと言うべきか。たしかに子供連れで来るには良さそうだ。
 トンカツ屋の看板を掲げていなければ、ここを食物屋だと思う客はいまい。どうみても玩具店だ。入り口に描かれている絵は、全て初期シリーズに登場するロボットだ。ということは、30年くらいは経っているはずだ。古ぼけた店構えから、なんとなく味も窺い知ることができる。こんなこと同僚の前では口にできないけれど、きっと安くて量だけは多いのだろう。

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 入り口を入ってすぐのところに、デゴイチの車輪が鎮座していた。以下、熱海の秘宝館もかくやと思えるほどのカオスっぷりだ。
 店主はよほどの多趣味なのに違いないが、ノンセクションに過ぎて正体がしれない。とりあえず鉄道マニアだったのは間違いがなさそうだ。最近は懐かしい学校給食を模した料理店があると聞くけれど、意識してその路線を狙っているとしたら、いささか的を外しているように思う。ジャンルが広すぎて、懐古趣味に走るにしても共感が湧かない。
 
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 料理を載せて窓際を走る汽車を見た瞬間、思わずあっと声をあげそうになった。思い出した。僕は以前にも、この店に来たことがある。たしか小学生の頃だ。毎年お盆になると、久留米にある叔父の家で親戚中が集まった。その帰り・・・・・・いや、進行方向からして、叔父の家に向かう途中だったに違いない。うだるように暑い日だった。
 思い出は堰を切ったように、次から次へと溢れ出した。微速度撮影の開花シーンを見ているように歯止めが効かない。開いては散る花びらを取りこぼさないよう、とっさに両手を開いて受け皿を作った。それでも、指と指の間をすり抜けてしまった断片的なイメージがかなりある。

 うちの車は白いカローラだった。渋滞に巻き込まれて、どういう経緯だか思い出せないけれど、昼食を食べるためにこの店に寄った。父と僕と二人きりだった。生まれたばかりの弟は回想の中には登場しない。母親の姿が見えないのは、一緒に留守番をしているせいかもしれない。
 店内は子供連れの客で満員で、しばらく待たされたような覚えがある。バケツをひっくり返したような混雑ぶりだった。僕は汽車見たさに窓際の席に座りたいとせがんだだろうか。いや違う。言い出せなかったのだ。幼稚なことを言うなと父親に怒られるのが怖くて、とても口にはできなかった。歳をとって今ではすっかり丸くなったけれど、あの頃の父は子供の目から見ても恐ろしかった。横暴で強くて厳しい昭和の父親像そのものだった。父の運転する車に同乗することは、当時の僕にとって苦痛でしかなかった。そもそも、人見知りが激しくて引っ込み思案な僕は、普段は縁遠い親戚と会って時間を共にすること自体が苦手だった。

 渋滞に巻き込まれて仕方なく、と言った。本当にそうだったのだろうか。いかにも子供が喜びそうなこの店は、父の好みとはかけ離れている。食通気どりで偏好が激しく、限られた店を除いては、決して一見の店などには入らなかった。父と二人きりで外食をした記憶は、その時を除いては一度もない。ひょっとすると、最初からここに連れてくる気だったのではないだろうか。我が子の内心を汲んで、そういう事ができる人だったのだろうか。
 思い出せない事が沢山ある。この店だって、あの頃のまんまだなんてことはないだろう。でも、なぜかすべてが懐かしい。あのとき食べたトンカツを、30年後の僕が食べる。窓際で、汽車に一番近い席で。大人にならなければわからないことがある。歳をとるのもいいものだ。

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 厚さのわりに芯まで柔らかいヒレカツには、物足りないくらい歯ごたえがない。どこを食べても均一だ。ヒレ肉とはそういうものだと言ってしまえばそれまでだが、さっぱりしすぎていて瑞々しさに乏しく、肉を噛んでいるという実感はなかった。衣は薄く、脂臭さがない代わりに、サクサクとした食感もない。普段ならば、とても手放しで褒める気にはなれない。これより美味いトンカツは、そこらじゅうにいくらでもある。それでも、気が付くと食べ終えていた。食事が喉を通らなくてゼイゼイ言っていた自分が嘘のようだ。まだ少しフラフラするけれど、胃の腑の底の方に回復の兆しが見えた。同僚はこれを狙って、この店に連れて来てくれたのだろうか。単なる偶然かもしれない。しかし、たしかに効果はあった。

 魔法をかけられたような気分だった。向かいに座った同僚が笑った。僕も笑った。味はさておき、美味かった。これでまた元気に働けそうだ。ありがとう。ご馳走様でした。
 

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by tigersteamer | 2013-09-14 02:38 | 食べ物一般

君も秘密結社に入らないか

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 アパレル関連の会社に勤める若い女の子と、英会話教室を経営する友人の三人で飯を食いに行った時のことだ。

 料理をあらかた平らげて、満腹感にひたりながらとりとめのない会話を交わしていた。会話の主導権を握っているのは、主に英会話教室の社長だった。大手の英会話教室が倒産した時の顛末から、会社を運営する上での苦労話まで、聞くとはなしに聞いていると、何かの拍子に突然話が変わった。ふと見ると、社長の視線は、ニコニコしながら相槌を打っている女の子の胸元に注がれていた。
 事前からギャルだギャルだと騒いでいたと思ったら、さてはこのエロオヤジ・・・いやまて、実際に見たわけじゃないから断言はできないけれど、彼女はそれほど立派なものは持っていないように感じる。ひょっとするとマニアックな趣味なのかしら、などと邪推していると、どうやら様子が違った。

「それって、※※※※?」
「はい、よくわかりますね」
「なんぼした? 100万位?」
「えーっ、そんなにしませんよ」
「いやいや、そんくらいするって。ダイヤやんかそれ。何カラットくらいあんの」
「プレゼントなんでよくわかりませんけど、でも100万もしませんよ」
「その指輪は※※※※※?」
「アハハ、よく知ってますねー」
「高かったんちゃう?」
「これもプレゼントなんで・・・」
 この男は副業でアクセサリーの行商でもしているのかと思った。そんな僕の視線に気がついたのか、真顔で「そんなん常識やで」などと言う。せやからいつまでたっても独り者やねん・・・暗にそう含められているような気がして、少し引け目を感じた。

 昔からおしゃれには疎い。特にアクセサリーの類にはまるで興味がわかない。15、6年ほど昔だろうか、京都で勤め人をしていた頃に、職場の女の子からアン・クラインの時計が欲しいとせがまれて、クリスマスまでの一月ほどを、足を棒にして探し回ったことがあった。
 アン・クラインをアンクル・ラインだと聴き間違った僕は、持ち前の思い込みの強さで、これを読んで字の如く、足首の線を美しく見せるためのアクセサリーだと信じ込んだ。足首につける腕時計、足時計とでも言おうか、およそ実用性のなさそうな物体をイメージしつつ、ファッション業界も行き着くところまで来たなと、妙に得心した気分だった。
 そういえば、何かの雑誌で見たことがあるような気がする、と、ありもしない記憶をでっち上げつつ下心で胸をいっぱいにした僕に、京都の冬はひたすら厳しかった。当時は稲垣潤一の「クリスマスキャロルが聞こえる頃には」が流行っていた。あの曲を耳にするたびに、今でも心が痛い。

 その後も暫くは、高級ブランド品の話で盛り上がった。社長は、ロレックスが欲しいなどと言う。いや、いまどき腕時計なんか要らないでしょ。携帯電話についてる時計でいいじゃない。そう口を挟もうとして、彼が愛しげに手首をさすっていることに気がついた。まるでそこにロレックスが巻かれているような仕草だった。自分にまるで関心がないからといって、他人にまでそれを押し付けるのは気がひけた。立場が逆ならば、なおのことよくわかる。誰が何と言おうと、好きなものは好きなのだ。
 夜遅くまで頑張って仕事してるんだし、なんと言っても一国一城の主だ。自分へのご褒美に買ってもいいんじゃないだろうか。それに、彼の良くいえば日本人離れした、悪くいえば東南アジアの悪徳プロモーター風の顔立ちには、ロレックスのもつある種のイメージが似合うような気がする。できれば金無垢で大粒のダイヤが埋め込んであるようなのがいい。

 自宅に帰った後も、暫く腕時計のことが頭から離れなかった。ロレックスとはいわないまでも、僕も腕時計くらい高価な奴を持っていてもいいような気がする。学生の頃に、どうしても欲しくて衝動買いした腕時計を、引き出しに放り込んだまま使わなくなって何年も経つ。NASAの最新技術を応用した絶対に狂わない時計(といいつつ1年でキッチリ5分狂う)という触れ込みで、あれはあれで結構な値段だったものの、今僕が買おうとしているのとはだいぶ違う。
 そうだ。僕も腕時計を買おう。そう思い立ってはみたものの、なんとなくしっくりこない。僕が欲しいのはロレックスのような、一種のステータスシンボルではない。なにかそれに代るようなブランド物でもない。
 頭を悩ませるうちに、子供の頃、憧れていた時計があったことを思い出した。昔はよく雑誌の広告などで見かけたのに、最近ではとんとお目にかからない。

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 秘密結社フリーメイソンの時計。僕が記憶しているのは、これよりもずっと安っぽいデザインだったけれど、間違いない。僕が手にするとしたらこれしかない。
 ところがおかしなもので、長年培った価値観というものは、容易に揺るがない。もし仮にただで手に入るなら、一生物だと思って大切にしよう。死んだら棺桶に入れてもらって、火葬場で一緒に焼いてもらおう。そこまで欲しいと思いながら、自分の金を出す気にはならない。こんなものに散財するくらいなら、他にもっと優先順位の高いものが幾らでもあるような気がする。
 そこで、誰か僕にプレゼントしてくれないだろうか。高価なものでなくて構わない。できれば同じのをお揃いで買って、一緒に秘密結社ごっこができたら楽しいに違いない。ソロモンの神殿を信奉する団体の、神秘と謎に包まれたシンボルだ。たとえどんなに遠く離れていても、この腕時計を身につけてさえいれば、なにかスピリチュアルな導きで繋がっていられるに違いない。

 考えるだけでワクワクした。思わず自分の手首をさすっていた。まるでそこにフリーメイソンの時計が巻かれているような気がした。これで今日から僕もフリーメイソンのメンバーだ。唐突な思いつきに、大人気なく高鳴る胸を押さえきれないでいる自分に気付いて、なんだか急速に醒めた。
 どうやら僕は、根本的に高級ブランド品とは縁のないタチのようだ。
 

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by tigersteamer | 2013-09-09 03:06 | 雑記

吉野家の功罪

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 仕事帰りに久々に吉野家へ寄ったら、牛丼(の並だけ)が安くなっていた。しかし、お得感があるかと問われると、さほどでもない。年がら年中、経営が危ぶまれているので、こんなことでは喜べない。苦し紛れのテコ入れを図ったところで、やれ味が落ちただの肉が少なくなっただの陰口を叩かれるのがオチなのだけれど、この会社にとってはどんな批判もカエルの面に小便だ。

 僕は??野家の牛丼が大嫌いだ。いや、正確に言うと大嫌いというわけではない。ただ単に嫌いだというニュアンスでは語り切れないのだ。もとい、決して嫌いではない。そもそも好きとか嫌いとかいう基準は適切ではない。どちらかと言えば好き寄りだか、それは嫌いかと聞かれれば好きだと答える程度であって・・・ええい、大好きだ。吉野家とすき家となか卯と松屋が喧嘩をしたら、どんな原因であれ吉野家の肩をもつが、誰も見ていないところではコッソリ蹴りを入れる。そのくらい大好きだ。
 この大嫌いだけど大好きという、わけのわからない矛盾した感情は、なにも少女漫画チックな乙女心に根ざしているわけではない。四十を過ぎた男が、気色の悪いことこの上ない。いや、どっちみち気色の悪いことには違いないのだけれど、この際だからハッキリ言っておきたい。

 一人暮らしをしていた頃は、毎朝出勤の途中に立ち寄り(夜は毎晩これ)、丼や定食を食べていたこともあった。味は悪くないし、値段もリーズナブルだ。店内の雰囲気も以前ほど(中島みゆきの歌に出てくるような)には悪くない。定期的に品書に加わっては、定着する前に消えていく新メニューも良い味を出しているし、定食メニューは言うに及ばず、サイドメニューの類も好きで毎回食べている。今回、牛丼の並と一緒に初めてカレーを頼んだのだけれど、これはこれで悪くはなかった(特別美味しいとも思わなかったけれど)。

 では何が気に食わないのかと言うと、僕は吉野家の牛丼に対して抵抗があるのだ。牛丼が嫌いなのではない。別にそれが、「吉野家の牛丼」であれば構わない。数年前の狂牛病騒動から長い自粛期間をおいて、メニューに復活すると聞いたときは諸手を上げて喜んだものだ。しかし、すっかり人口に膾炙した吉野家の「牛丼」だけは断じて受け容れがたい。

 初めて口にしたのは中学2年生の時だった。クラスメイトに誘われて初めて吉野家を訪れた。クラブ活動の帰りだったように記憶している。吉野家と言えば、牛丼の並と大盛と特盛、ごぼうサラダとお新香。あとは、味噌汁くらいしか選べなかった頃の話だ。カウンター席しかない狭い店内といい、殆ど選択肢のないメニューといい、明るい配色ながら華やかさに欠ける雰囲気といい、かなり物珍しさを覚えた。子供だけでの外食などしたことのない頃の話だから、少ない小遣いを握りしめて、感慨もひとしおだった。

 さて、肝心要の「牛丼」を目の前にして、僕は正直なんじゃこりゃと思った。たしかに牛丼を頼んだはずなのに、出てきたものは僕の慣れ親しんだ牛丼とはかけ離れたものだったからだ。
 我が家の牛丼は、必ず卵とじの形態をとっていた。世間でいう「他人丼」という奴だ。後に「牛とじ丼」という名を目にすることがあったから、ひょっとすると地方によって呼び名が異なるのかもしれない。ちなみに、うちの田舎で「他人丼」と言えば牛肉ではなくて豚肉が入っているのだけれど、同じ物を「豚玉丼」と呼ぶ場合もあるので、同様に場所によって異なるものを指すのかもしれない。

 おそらく、牛丼と言えば吉野家のものが一般的になる以前は、作る家庭によってまちまちであり、これといって決まったスタイルはなかったのだろうと思う。現に、僕と同年代から年配の人の中には、吉野家の牛丼は世間一般で言う牛丼ではなくて、あくまで吉野家独自のものであると認識している者が少なくない。それに対して、若い年代の指す牛丼は、ずばり吉野家のスタイルである。これは絶対と言っていい。

 なにも「吉野家の牛丼」が嫌いなわけではない。吉野家が世に送り出し、続くすき家やなか卯が世間に定着させてしまった「牛丼」が受け容れがたいのだ。
 これは余談ではあるけれど、僕の父は料理に対して大変厳格(偏屈と言ってもいい)で、考えようによっては手抜き料理の代表格である丼物を毛嫌いしているきらいがあった。だから、丼物は子供達のための料理であり、それは学校が午前中で終わり、なおかつ父が不在の土曜日にのみ作られる特別な味だった。我が家の牛丼とは、決して上等ではないけれど、しっかり味のしみこんだ牛肉にふっくら卵と甘辛いタレが絡まる至福の料理なのだ。

 ママの作った料理が一番なんて力説するのは、四十をすぎた男として気色の悪いことこの上ないが、子供の頃から培われた観念だけは捨てられない。マザコンだと笑わば笑え。どう転んでも吉野家の牛丼を牛丼と言いたくない理由がここにある。
 

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by tigersteamer | 2013-09-05 04:13 | 食べ物一般

XB12X 〜 聞くからに退屈そうな名前のオートバイ

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 数年前、SNSで知り合った友人が、今はなきビューエルのユリシーズ XB12Xを買わないかともちかけてきた時、深く考えずに断ったのは金がなかったからではなくて(たしかに金もなかったけど)、既にタイガーがあったからというのもあるけど、単純に眠たくなりそうな名前だと思ったからでした。
 学生時代に何度かチャレンジして、一度たりとも完遂したことのないユリシーズ。たった一日の日帰りツーリングですら途中でリタイアしてしまいそうで、せめてダブリナーズくらいにしてくんねえかと思ったり・・・。これに比べりゃイーハトーブは万人受けしそうなネーミングだと感心したり・・・。

 今あらためて見ると・・・かっこいい。もったいないことしたのかなあ。
 

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by tigersteamer | 2013-09-03 01:30 | オートバイ