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夢のMaxFritzデビュー(予定)

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関連 仇は討ってやる

 Wilbersというドイツのパーツメーカーのリアショックを購入することにした。もう注文はしてあるので、次の休みにでも代金を支払いに行く。言わずと知れたサスペンションの最高峰、Ohlinsの半分から3分の1くらいの値段だ。高くはないが(安くもないが)、品質は折り紙付きで、むしろハイパフォーマンスを使いきれるかどうかが心配だ。

 このメーカーの製品が安いのは、一切の宣伝をしないからだそうだ。よって日本での知名度は低い。最大の売りは、ライダーの身体や用途によってセッティングを変えてくれる点にある。僕の場合だと、まず走るのは市街地が主でオフロードに乗り入れることは稀だ。ツーリングユース、タンデムはあまりしない。リアキャリアには5kgくらいの荷物を積むことが多い。そして、体重は95kg。最後のこれがキモだ。体重95kg。一昨日、風呂場で測った時点で110kg。その差は15kg。そして納期は3ヶ月先。もうおわかりだろうか。これが、まるで計画性のない僕の人生において、たびたび重用される「自分へのご褒美作戦」なのだ。

 このWilbersというメーカーは、冠に「悪名高い」という形容がつくほど頻繁に納期が伸びるので有名なのだそうだ。3ヶ月が3ヶ月で済むことは、まずないと聞く。しかし、納期通りに来たことがないわけではないとも。稀に早く届いたりもするらしい。つまり、一応は3ヶ月先に目標を据えつつ、短くなった場合に備えて戦々恐々としながら可及的速やかに減量を進め、なおかつ納期が伸びた場合は体重を目標値で維持しなければならない(ずっと使うわけだから、伸びなくても維持しなくちゃならないんだけど)。気の緩みからくるリバウンドは避けなくてはならない。我ながら完璧なプランだ。あとは痩せるだけである。

 ただ、先にも述べたように、このWilbersの売りはライダーに合わせてサスペンションのセッティングをしてくれるところにあるのだけれど、体重に関しては些かの疑問が残らないでもない。まさか1kg単位で厳密に設定するわけではなかろう。前後に遊びを残して、±5kgくらいの変動があってもいいように作るのではないか。もしそうなら、計画としては片手落ちだと言わざるを得ない。当事者の甘えを許す結果になりかねない。よって、自分を追い込むために第2弾を設定した。

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 先日、「オートバイ乗りの普段着」をコンセプトに、スタイリッシュな大人のライダーに絶大な人気を誇るアパレルメーカー、MaxFritzの福岡店に行ってきた。新製品のライダー向けデニムを予約注文するためだ。膝にあたる部分に角度をつけながらセルビッチは残すという、特殊な縫製を開発したらしい。しかも、盛り込んだアイディアは、それ一つにはとどまらないそうだ。既に実用新案権は取得済みで、発売は秋になるとのこと。時期的にピッタリだ。

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 このMaxFritzは、ここ十年の間で一番痩せていた時ですら、まったく袖の通るサイズがなかったという、僕にとっては鬼門にあたるブランドと言っても過言ではない。扱っている商品は、オリジナルかそれ以外かの隔てなく、ジャケットやパンツはもとより、グローブでさえ甲から先しか入らないのだから本物だ。これぞファッション、いっそ潔い。お洒落というのは本来、厳しく人を選ぶものなのだ。一種の特権であり、才能と努力なしに着こなすことは難しい。これが少し日和ったメーカーになると、なんとか入ることは入るけど腕とお腹周りがピチピチで気色悪いといったサイズが用意されていたりする。まあいいかと買って帰って、結局着ることがないまま箪笥の肥になるパターンだ。僕のような体型の者にとって間口が広いのは有難いが、そんなのはお洒落ではない。

 その狭き門に、今回あえて挑戦する。僕の本気をわかっていただけるだろうか。長年の憧れを現実のものにするのだ。ジャガイモ頭の店長さんは、おそらく僕の不安を察したのだろう、「大丈夫ですよ。この商品に限っては、少し大き目のサイズまで用意してますから」と、こちらが何も言わないうちから優しく諭すようにフォローを入れた後で、「入らない時はキャンセルできますし」と小声で付け加えた。心なしか視線が彷徨っていたように思う。

 チクショー、見てろ。キャンセルなんかするもんか。僕は改めて心に誓った。たとえボタンが弾け飛び、ジーンズの耳が裂けても(オイオイ)履いてみせる。やってやる。やってやるぞ。
 

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by tigersteamer | 2013-06-28 02:51 | オートバイ

豚は太るか死ぬしかない

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 体重が100キロを超過して、もう随分経つ。その間、固い決意と共に何度となく小さな試みを繰り返し、その度に減っては戻りしながら今に至る。

 最近の基本は食べる順ダイエットだ。それに流行りのトクホをあわせて、食事の量も徐々に減らしている。ツーリングなどのイベントと、残業終わりの夕食、誘われた時以外は外食をしないようにしている。その成果もあって、今まで入らなかったサイズのジーンズが履けるようになった。
 しかし、順調に見えるダイエットは、僕の決意一つでどうにかなるようなものではなかった。けっして大げさではなく、そこには組織ぐるみの陰謀が隠されていた。
 これは巨大な悪に立ち向かい、そして勝利した(いや、勝利するはずの)一人のデブの物語である。

「虎ちゃん、昼の野菜炒め余ったから、食べんね」
「いや、いいす」
「なんでえ?」
「最近太り気味なので、ダイエットしてるんですよ」
 急に目を伏せ、戸惑いを隠せずにいるパートタイマーのおばちゃん。
「どうかしたんですか?」
「いや、どうもせんばってん、そげん無理して痩せんでもよかやんね。男ん人は、痩せとるより太っとった方が、貫禄があってよかよ」
 おばちゃんは、どうしても僕に食べさせたいようだ。不思議に思って問いただしてみると、どうやらこういうことらしい。
 一回に作る食事が大幅に余ると、上司から怒られるのだそうだ。どこの職場で働いていても同じだが、経費は極力抑えなければならない。うちの職場の場合、一食につきいくらと材料費の上限が決まってはいるものの、利用者が毎食同じ量を食べてくれるとは限らない。メニューを一瞥して、食べたくない、おなかが空いてないと言いだす困った客がいる。飛び込みの訪問者と共に、前連絡なしで外出するケースも多い。そのために、2人分3人分と、ちょくちょく手付かずの食事が余る。余った分は、誰かが食べなければ、捨てるより他にない。
 パートさんがいない日は僕も料理を作るが、そのために雇われているわけではないので、随分大目に見てもらっているところがあるようだ。少なくとも、料理が余ったからと言って叱責された経験はない。
 タッパーに詰めて持って帰ったらいいじゃないですかと提案してみたが、これもダメらしい。以前にそれが問題視されたこともあって、職場からの食料の持ち出しは、原則として禁止だという。

「じゃあ、みんなで食べたら」
「そら、おばちゃんたちも食べるくさ。虎ちゃん一人におしつけるわけやないとよ。もちろんそうするばってん、おばちゃんたちはそげん食べれんしね。だいいち、持ってきた弁当が無駄になるやない。弁当を持ってこんで、ここで食べればよかことばってん、余る日もあれば余らん日もあるしね。ここは近くにコンビニやら弁当屋やらもなかろうが、余らんかった日に、とっさに買って食べたりもできんとよ」
 なにか打開策がありそうなものだが、僕のダイエットの為に、パートさん達に皺寄せがいくのも気の毒だ。
「虎ちゃんに食べて欲しいとよ。仕事と思って食べてくれんね。今回だけ、今回だけでよかけん」
「わかりました。じゃあ、今回は食べます」
 心の底から嬉しそうに、大盛り野菜炒めと、大盛りごはん、大盛り味噌汁の乗ったトレイを持ってきたRさんに、ふと感じた疑問をぶつけてみた。
「僕がここに勤める前は、誰が食べてたんですか」
 おばちゃんは、不思議そうに僕の顔を見ている。
「僕が勤め始める以前にも、やっぱり食事は余ってたんでしょ」
 やっと質問の意味がわかったらしい。あーあーと手を叩きながら言った。
「前はS君って男の子がおったと、虎ちゃんと、同じような体型の男の子が」
 何度も聞いた名前だ。僕の配置転換の少し前に、事務方から一般の業務、外回りの営業や配布資料の作成、簡単な電気工事やトイレの詰まりまで一通りこなせる職員が、一身上の都合で辞めたらしい。現場叩き上げの職員だったようだ。同僚達から聞いた話に照らすと、その辞めた彼がS君ということになる。
「虎ちゃんが入ってくる少し前に辞めたとばってん、そん子がまぁ、虎ちゃんに輪をかけてよお食べる子やったとよ」

 なぜか引っかかるものを感じた。なにかがおかしい。
 なにも根拠はない。ただの勘だ。しかし、僕の第六感は箸の上下を取り違えるほどの勢いで警鐘を鳴らし続けていた。おばちゃんの話に矛盾点はないが、鵜呑みにはできない何かがあった。
 ふんふん、大変ですね、でもこれが最後ですから、と相槌をうちつつ、目の前の食事を食べ終えた僕は、努めて周囲に違和感を感じさせぬように振舞いながら、喫煙室へと急いだ。なにかの冗談のつもりなのだろう、「熊出没注意!」と書かれた黄色いステッカーの貼ってあるドアを開け、暇そうに煙草をふかしていた同僚を捕まえて、その場で問いただした。
「アルバム見せてよ、前に整理を手伝ったじゃない。できれば5~6年くらい前の、設立当初のやつ。あるでしょ? ない?」
 突然の質問に面食らった同僚のF君は、すぐには返事ができないでいた。
 僕の顔を見つめたまま、わなわなと唇を震わせている。そんなに切羽詰った顔をしていただろうか。警戒心を抱かせてはいけない。落ち着け、落ち着くんだ。僕は笑顔を取り繕った。
「・・・ああ、ありますよ。案内しましょうか。持ち出し禁止ですから、家に持って帰らないでくださいね」
 何に使うんですか。これ吸い終わってからでいいですか。うかない様子のF君を、さりげなく急かしながら、隣に座って待った。

 アルバムは、膨大な量だった。
 会社自体は古いものではない。しかし、決して少なくはない行事の度に撮りまくる写真の量は、半端なものではなかった。その上、手ぶれや逆光といった、撮影ミスとしか思えないようなものまで、後生大事にとってあった。
 僕は、ラベルの一番古いものを抜き出して、表紙をめくった。
「どの人がS君?」
「ちょっと見せてください。その頃はまだ、僕はいなかったんですけどね」
 お、○○さん若いなぁ。ほら、この人が前に話した△□さんですよ。右から左にページを送りつつ、いちいちコメントを挟みたがるF君をやんわりと遮りながら、僕は焦りを押し隠していた。
「いた、この人がSさんです。うわぁ、すっげえ痩せてる」
 そこには、横縞のトレーナーを着て、他の職員と共にピースサインをしているS君がいた。
 純朴そうな青年だ。身長は160センチくらいだろうか。はっきりとはわからないが、小柄であることは間違いない。坊主頭が少し伸びたような髪形で、最近の若者によくあるような、ピアスや茶髪などといった特徴はない。そのせいか、少し気弱そうな印象を受けた。
 次いで、一昨年のアルバムを手に取った。僕が勤め始める半年前のものだ。
「こっちは? どの人がS君?」
 S君以外には、まったく興味を示さない僕を不思議に思ったらしい。F君は興味深げに僕の顔を見つめた。
「この人です」
 指し示す人物を見た僕は、その変わり様に驚いた。
「この人がS君? 間違いない?」
 どう例えるべきだろうか。テレビでよく見る、大食い芸人の誰それといった、トーク以前に体型で笑わせるタイプのタレントなどとは明らかに違う。デブという言葉から連想される類のデブではない。強いて言うなら、マザーグースのハンプティ・ダンプティと、スターウォーズのジャバ・ザ・ハットをモーフィングした結果といったところだ。全身くまなく、あらゆるところが丸く、そして雪崩を起こしたように崩れている。愛嬌のあるデブであればいいが、脂ぎった肌からは不快感しか感じない。他人のことをとやかく言えた義理ではないが、客相手の仕事ができるような見た目ではない。
 不意に、写真の中のS君と、よく似た人物を知っていることに気付いた。それも、ごく身近な人物として。
 それは毎朝、洗面のたびに顔をつき合わせている、鏡の中の自分だった。
 僕は恐る恐る尋ねた。
「なんでS君はここを辞めたの?」
「さぁ、よく知りません。やめる少し前に、中学の頃からつきあってた彼女にフラれたとかで、随分落ち込んでましたけど・・・」
 そろそろ昼休みが終わりますからと言い捨てて、呆然と立ち尽くす僕を置きざりにしたまま、F君は出て行った。

 かわいそうに、きっと断れなかったんだ。
 職場の悪循環に巻き込まれ、抗うすべもなく生贄として差し出されたS君の胸中を思った。
 さぞや無念であったに違いない。
 あれも食わんね、これも食わんねと、次から次へと出てくる賄飯を前に、夢のような職場だと感じた自分が恥ずかしい。
 あやうく騙されるところだった。
 全てが罠だったのだ。
 既にもう、僕一人のダイエットではなくなっていた。
 それは、S君の無念を晴らすための弔い合戦だった。
 僕はS君の遺影に誓った。

「目指すは2ケタ。これは戦争だ」

 

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by tigersteamer | 2013-06-23 14:18 | 雑記

ZX-10Rファンの皆様へ、心からお詫び

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 エキサイトブログの設定画面にはレポートという項目がある。その日に何人の閲覧者がページを開いたかとか、人気のある記事はどれかとかを日毎/月毎に集計して教えてくれる機能だ。ブログを開設した当初こそ興味深々で眺めていたけれど、ちっともアクセス数が増えない上に、頭を捻って書いた思い入れの強い文章ほど人気がないことががわかってからというもの、なかば放置していた。

 先日、久々にレポート覗いてみたら、その集計項目の中のひとつ、検索ワードのランキングがとんでもないことになっていた。例によって練りに練った記事が、まったく順位に反映されていないのは予想の範疇だ。僕の愛車であるトライアンフやタイガーがランキングに載らないのは、他にもっと優れたブログが沢山あるからで、これもまた仕方がない。そんなことはいい。しかし、映えある第1位が「ZX-10R」とはいかがなものか。実に4人に1人はこのオートバイが目当てで、当方の過疎ブログを訪れていることになる。
 そもそも、僕はZX-10Rが好きというわけではない。どちらかと言えば関心が湧かないジャンルである。さらに、僕にとって、国産4メーカーの中で最も縁遠いのがカワサキだ。乗ったことがあるのは後にも先にも1台だけ。学生時代に中古で購入して、たった2週間で廃車にしたZXR250だけだ。オーバースピードで突っ込んだコーナーを曲がりきれず、見事ガードレールの肥やしになった。ちなみに、この事故が元で地方紙の片隅に載ることになるのだけれど、それはまた別の話。

 わざわざ検索してまで読んでもらっているのが申し訳ない。なにせ、僕がZX-10Rについて触れたのは一回こっきりなのだから。それも大した扱いではなかった。日毎のランキングを遡ると「ZX-10R」と同じ日に、「初心者」とか「免許とりたて」なんてワードもあるから、余計な先入観を植え付けた可能性もある。大昔の話でもあるまいし、今どき国産で初心者の手に余るオートバイなどあるわけがない。

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 そこで、罪滅ぼしを兼ねて、今さらながらZX-10Rのレビューをしたためようと思ったのだ。スーパースポーツに興味がないとは言え、最新のテクノロジーを搭載したオートバイには関心があった。こうみえて、若い頃はホンダのレーサーレプリカに乗っていたことがある。鈴鹿の8耐に憧れて、今は亡きバリバリマシンが愛読書だった。自己流のインチキ臭いフォームだったけれど、膝スリだってマスターしていた。「俺たちのハングオン」に僕の(撮った)写真が採用されたこともある。いやはや、あらためて文章にすると、こんなに恥ずかしい過去もない。しかも語り口が完全にオッサンだ。

 さっそく試乗を・・・と思ったのだけれど、事はそんなに簡単には運ばなかった。まず、近所にカワサキのディーラーがなかった。一番近いところで40キロ近く離れている。ちょっとしたツーリングだ。貴重な休日の半分をそれに費やすことを決意して、事前に電話で試乗車の有無を確認したところ、今は無いという返事が帰ってきた。無いものは仕方がない。
 久しく会っていない友人の一人が、旧型のZX-10Rに乗っていたことを思い出した。正確な年式まではわからないけれど、意地の悪い金魚のような面構えだった。最新型のカマキリでないのは残念だけれど、他にないのだから仕方がない。たしか住まいは北九州の方だったから、自宅まで押しかけるとなると半日どころではすまなくなる。しかし、これも甘んじるより仕方がない。
 飯にでも誘い出して、積もる話をしながら頼んでみよう。ついでにアイツとアイツも呼ぼう。ところが、すっかりその気になって、同窓会でも開くような気分で電話をしてみたところ、またもやつれない返事を聞くはめになった。子供ができたのを機に、オートバイから降りたのだそうだ。これもまた仕方がない。仕方がないことばかりで嫌になる。

 そんなわけで、レビューはBMWのS1000RRに変更だ。既に「お詫びを兼ねて」ではなくなっているけれど、ZX-10Rからの乗り換えを考えている人の役には立つかもしれない。排気量は似たようなものだし、同じスーパースポーツだ。個性の差はあれど、まさかクルーザーとオフ車ほどには違うまい。なにより、カワサキに比べればディーラーが近い。僕はビーマーではないけれど、社外パーツを取り寄せるために何度か利用したことがあるから、顔見知りのスタッフもいる。そうだ、それがいい。明日にでも仕事帰りに寄ろう。

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 長い長い駄文につきあっていただき誠に恐縮だが、オチまであと少しなので、今しばらく我慢していただきたい。

 浅慮というか盲点というか、もっと早く気が付くべきだったのだけれど、僕の車歴には比較できる対象がなかった。タイガーやセローと比べるのはナンセンスだし、一番形が近いのはVFR400Rだけれど、排気量は半分以下で、それも二十年近く昔のことだ。だから、同じタイプのオートバイと比較して、どこがどうという評価はできない。
 単に乗った感想というのなら、思い出すだに凄まじいものがあった。加速と高回転の伸びは暴力的だ。とかくジェントルなイメージで語られてきたBMWにはそぐわない。無造作にパカッと開けると、ドゴーンと周りの景色が後ろにスッ飛ぶ。信号待ちからの発進で2回ほどエンストしたのは、そのぶん下がスカスカなのではなく、単に慣れていないからだ。もしくは余程のヘタか。後者でないことを祈りたい。

 ワンワンと呼びたくなるほどスパルタンな乗車姿勢なのに、首と手首への負担は殆どない。これは構えていただけに驚愕の事実だった。ライディング・テクノロジーの進歩というやつだろうか。急加速をしても、首がカックンとらなない。身体がオートバイと完全に一体化して、空気の壁を切り裂いて進むイメージだ。背中と太腿でダウンフォースを稼いでいる実感がある。唯一キツイのはお腹だけれど、これは単なる中年太りでオートバイの性能とは関係がない。
 パカッと開けるとドゴーンと加速して、それが天井知らずにギュイーンと伸びていく。それでいて、ブレーキはガツンと効くのだ。ガツンと効きながら危なげはなく、余裕をもって止まる。慣れない感覚に首をかしげながら、何度か試すうちに気が付いた。ああ、これがABSか。お恥ずかしながら、オートバイのABSは初体験だった。
 曲がりやすさにも目を見張るものがあった。感動のあまり、なんじゃこりゃーと叫んだ。ただし、これに関しても僕のアナクロな感覚が起因している。普段から慣れ親しんでいる、寝かしこむ寸前でヨイセッと外側に振らなければならないオートバイなんて、最近は殆どないに違いない。
 オートシフターについては存在すら忘れていた。走行モードもスポーツだけで、他を試す余裕はなかった。

 レビューとしてはトホホな結果に終わったけれど、僕の言いたいことは一つだ。まだZX-10Rには乗ったことがないから迂闊なことは言えないけれど、これだけはハッキリしている。もし、二者を含め数多あるオートバイから1台を選ぶ必要があって、どれにしようか決めあぐねているのなら、どんな道を走るのかとか用途がどうだとか、自分がビギナーだとかベテランだとか、予算がいくらかとか置き場所がどうだとかは関係なく、とりあえずセローにしなさい。

 S1000RRから降りて自分のセローに跨ったときの安心感ったらなかった。S1000RRが切り裂いた風を、全身に感じて走る気持ち良さ。SSがレースで勝つために犠牲にしたすべての要素を、セローは持ち合わせている。その代わりセローがレースで勝つことはないだろうけれど、最初からレースに勝つ必要なんてないんだから問題はない。だからこそセローは素晴らしい。もう一度言う、声を大にして。

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 セローって素晴らしい!
 突き詰めて考えれば、これさえあれば他のオートバイは必要ないんだわ、実際のとこ。
 

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by tigersteamer | 2013-06-21 04:30 | オートバイ

雨とアップルパイと父の日ツーリング

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 ほんの数分前まで、今年の米の収穫量を心配しつつ空梅雨を憂いていたのに、いざ雨に降られた途端、とんでもない不幸に見舞われたような気分になる。この小市民っぷりは、いったい誰に似たのだろう。母だろうか、父ではないような気がする。

 休みの日の昼過ぎ、朝食を食べに階下へ降りたら、浮かない顔で窓の外を睨んでいる父に出くわした。しきりと「弱ったなあ」を繰り返している。理由を尋ねたところ、「今日はアップルパイを買いに出掛ける予定だったのだが、どうやら行けなくなりそうだ」とのこと。何か他の用事が入ったのかと思って、そんなら僕が・・・と軽い気持ちで申し出ると、「それはありがたいけれど、オートバイで行くんだろ?」と何やら妙に歯切れの悪い返事が返ってきた。オートバイで行くからなんだと言うのか。こちとらは昨日今日からの単車乗りではない。四十過ぎの息子を相手にそのセリフは、もはや過保護とか親馬鹿とかいうレベルでもない。
 父は慌てて何かを言いかけて、それでもアップルパイの誘惑には抗い難かったらしい。結局は千円札を差し出して 「じゃあ頼む」とあいなった。

 あの「弱ったなあ」のわけは、こういうことだったのだ。天気予報すら確認せずに出掛けたことが悔やまれた。雨具一式はセローのリアキャリアにくくりつけてあるから、ほぼ無防備だ。
 コンビニで軒を借りて煙草をふかしながら、すぐにはやみそうにない雨を眺めていた。幸い、横殴りの雨というわけでも、凍えるような気温でもない。天気が回復するのを待つより、覚悟を決めて走り出してしまおう。


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 そういえば、もうすぐ父の日だ。毎年、母の日には贈り物をするけれど、父の日に何か特別なことをした覚えがない。たまには、こんなのもいいだろう。
 高血圧と糖尿病を患い、肺には根治できないままの結核菌を抱えて、今もステロイドを飲み続けている。感染症は軽いものでも命取りで、人混みと悪天候を避けて生活している。もともと大の甘党だったのだけれど、普段は甘いものを一切口にしない。大好物のアップルパイだけは、年に数回、なにか特別なことがあった時に食べる。家族としては、それも諌めるべきなのかもしれないけれど・・・。


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 アップルパイと林檎タルト、アップルチーズタルトを一つずつ。三日に分けて、一人で全部食べるそうだ。相伴に預かろうとして待ち構えていた母が、空いた口が塞がらないと嘆いていた。
 七十数年を、家族のために精一杯走り続けてきた父へ。どうもありがとう。この調子で、いつまでも元気で。


福岡県浅倉市山田758 アップルパイの店 林檎と葡萄の樹
 
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by tigersteamer | 2013-06-13 00:50 | ツーリング

また会えたね

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 ナポリタンはおいしい。これに尽きる。決して懐古的な意味ではなく、あのボリュームと栄養のバランスは素晴らしい。さすがは日本の食文化から生まれただけのことはある。もし、ナポリタンが正真正銘ナポリ生まれだったとしたら、きっとスパゲッティに半殺しのトマトソースをぶっかけた手抜き料理か、あるいはその上にチーズをトッピングした、歴史と伝統だけの、つまらない食べ物になっていただろう。バジリコの葉などなくても同じだ。

 パスタとは、イタリア料理において、小麦粉を練って作られた食品全般を指す。しかし、何故かこの言葉が日本に上陸した当時は、スパゲッティの別称であると同時に、旧来のものとを区別するかのように用いられていた。今から二十年以上前のことだ。
 好物はなんですかと問われて、スパゲッティですと答えようものなら、「パスタの美味しい店、知ってますよ」などとお節介を焼かれる。僕が好きなのはスパゲッティであって、広義のパスタではない。しかし、そこはあえて反論しない。おそらく相手の知っているパスタの美味しい店のメニューにはスパゲッティしか並んでいのだから、教えてもらっても損はない。
 
 急速に人口に膾炙しつつあるパスタという言葉が、本来の意味とは違う使い方をされていることには気付いていた。
 当時はまだ耳なじみのない、ボンゴレやマリナーラ、カルボナーラやペペロンチーノといったメニューをパスタと呼び、子供の頃から慣れ親しんだナポリタンはスパゲッティと呼ばれた。両者の間には純然たる格差があった。本来ならミートソースも負け組の一員だったはずなのだけれど、ずいぶん後になってから、なぜかボロネーゼという名前でパスタ入りを果たした。
 その一方で、本来ならパスタの顔役としてハイソサエティの顔になるべきだったマカロニは、依然としてサラダやグラタンの具としてのマカロニであり、パスタの名で呼ばれることはなかった。家庭料理に深く根ざしていたから、今さらイタリア料理だと言われても、認識を新たにしにくかったに違いない。しかし、マカロニよりもずっとスタイリッシュで洒落た雰囲気を纏っているラビオリやペンネを用いた料理ですら、パスタと呼ばれることは稀だった。

 こんな風に仕分けると、当時をよく知る人からは厳しい指摘をもらいそうだけれど、認識に個人差こそあれ、スパゲティがパスタでなかったことだけは事実だ。
 当時はイタリア料理がブームだった。「イタ飯」と呼ばれて、都会的な若い男女の間でもてはやされた。フランス料理ほど格調が高くなく、値段に幅があって、オシャレで洗練されていながら野趣も含んでいる。デートのマストアイテムだったと言っても過言ではない。昔から女性に縁のなかった僕は、このての食べ物が苦手だった。努めて興味のないふりをしていた。

 僕がパスタに手を出したのは、イタ飯ブームが沈静化して暫くしてからのことだ。それまでは、むしろイタリア生まれの麺類そのものから距離をおいていた。思春期特有の過剰な自意識でもって、なにやら物凄く恥ずかしい食べ物だと感じていたからだ。その頃には、だいぶ裾野が広がって、オシャレなイタリアンレストランでなくても、パスタを食すことができるようになっていた。
 その時、たしかメニューにナポリタンの文字はなかったように思う。既になかったのか、単に気付かなかったのか、あるいは意識して見ないようにしていたのかは定かでない。アルデンテには程遠い、柔らかめに茹でた麺と、野菜とハム、もしくはソーセージ、そしてケチャップで味付けした日本生まれのスパゲティは、パスタの攻勢に駆逐されて、人しれず専門店では食べられない料理になっていた。それっきりだ。我ながら薄情なことだと思う。しかし今に至るまで、ナポリタンのいないメニューに物足りなさを感じたことはなかった。

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 そして冒頭の一文に続く。この日、何年ぶりかに出会ったナポリタンは、思わずお代わりするほど美味かった。子供の頃に食べた味とは少し違うけれど、このボリュームとエネルギーは、まさしくナポリタンだ。

 久々に見る彼は、健康そうに日に焼けていた。なまっ白い肌にやたらと血色だけがよく、緑や白の野菜で不相応に着飾ったコシのない青年の姿は、そこにはなかった。謂れのない迫害を受けて、長年にわたって辛酸を舐め続けたにもかかわらず、昔より酸味が抜けていた。そのかわりに、刻まれていたのは年季だ。
「やあ」
 ナポリタンは言った。きのう別れたばかりの友達に会ったような口ぶりだった。
「ひさしぶり」
 思わず目頭が熱くなった。昔からそうだった。この素朴さと優しさは彼の持ち味だ。
 今まで忘れていたことを謝ろうとしたのだけれど、とっさに言葉が出てこなかった。代わりに、目を閉じてフォークを口に運んだ。
 色んなことがあったに違いない。姿を消してからの年月を、どこをどう旅して、この海の近くのカフェに辿り着いたのか、その経緯が知りたかった。
「いたさ、いつも、すぐそばに」
 そんなはずはない。
「君が気付かなかっただけだよ」
 そういう物は、他にもたくさんあるよ。彼は笑って言った。

 我ながらバカバカしく感じるけれど、本当にそうだ。いつの頃からだろうか、時々ふと思い出したかのように、食べ物で感傷的になることがある。
 

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by tigersteamer | 2013-06-07 03:43 | 食べ物一般

深海ライダー

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http://jet.reconinstruments.com/

 そろそろ、こんなのをインナーバイザーに仕込んだヘルメットが発売されても良さそうな気がする。ガジェット好きとしては買うんだろうな、間違いなく。海外のヘルメットメーカーに先駆けて、日本で作られることを考えるとワクワクするけれど、先鞭をつけるのはSHOEIやAraiではないだろう。「日本の技術力は世界一」なんて言うけれど、こんな風に活かされることは稀だ。
 ただでさえデカ頭に優しくない日本のヘルメットメーカーには、最初から期待していない。これはただの逆恨みだけれども。
 

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by tigersteamer | 2013-06-03 02:23 | オートバイ

梅雨明けを待ちわびて

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 雨上がりの湿った空気のなかに、かすかな潮の香を感じる。初夏の雨を全身に浴びて、草木だけが濃く色づいている。雨音にかき消されていたかすかな人いきれが、少しずつ動き出す街を兆す。洗濯物が乾かないとこぼしていた主婦も、書類仕事に精を出していたサラリーマンも、みんな手を休めて窓の外を眺めている。

 僕の育った町は、こんなに海が近くはなかったけれど、ちょっとした丘の中腹にあって、まわりは坂ばかりだった。高台から雨上がりの街を見渡すと、遠くで煙る霧雨が、雲間からさしこむ淡い光を浴びて、きらきら輝く海のように見えることがある。

 遠い昔、学校帰りに傘をさして歩いた坂。雨がやんだことに気付いてふと振り返ったとき、はるか彼方にこんな光景を見たような気がするのだ。
 

 
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by tigersteamer | 2013-06-02 03:01 | 雑記