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Triumph Tiger 900について

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 最近、「トライアンフ タイガー900」という検索ワードで、このブログに辿り着く方がおられるようだ。これに関しては、以前より大変もうしわけなく思っていた。このブログは、レビューやメンテナンスガイド的な記事は皆無であり、主にタイガーに跨ってどこそこへ行き何を食ったかという、ほとんどオートバイとは関係のないネタばかりを扱っている。このタイガー900に関しては、他にも扱っているブログを知っているものの、そこもウチと大差ないようだ。詳細な情報を知りたい方は、海外のサイトを参考にされるのが良いかと思う。

 そう言い切ってしまっては、わざわざ閲覧してくださった皆様に門前払いをくわせるようで、いささか良心の呵責を感じる。さりとて、今さらどうよという感じも否めない。
 学生時代にオートバイに乗り始め、以来二十年間とっかえひっかえしてきた僕が、初めて出会った人生の伴侶たりえるオートバイだから、総合的に見て悪い物であるはずがないとだけ言っておきたい。しかし、家族や知人による僕の人物評は、まことに不本意ながら「変わり者」の一辺倒であるから、それも加味しなければならない。そこで、タイガー900が出てくる動画にリンクを張ることで、タイガーに関するあれやこれやの代わりとさせていただく。題して「タイガーについて」である。



 動画を観て、虎という名に相応しい暴力的なまでのパワーをイメージした方に言っておきたい。残念でした。実際のTiger900は、虎というより魚に近い。吹け上がりは滑らかであり、捕食者の強かさ、しなやかさを感じないこともないけれど、ネコ目特有の敏捷性はない。重量級の車体をジワジワとスピードに乗せていく感触は、分厚い水の圧力を切り裂いて進む、大型の回遊魚に似ている。
 トップ画を見た限りでは、このてのオートバイにしては非常に足つきが良いと勘違いされそうだが、これは乗っているのが外国人だからこそであり、身長185センチの僕(ただし、かなりの短足)が跨ると両カカトが軽く浮く。ちなみに、最新モデルのエクスプローラーは両足ベッタリだ。
 なお、動画のロケットランチャーは純正オプションだが、現在のところ砲弾は入手困難である。
 

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by tigersteamer | 2013-03-29 23:25 | オートバイ

真実の松前漬け

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 以前、食い道楽を自負する知り合いから、こんなことを言われたことがある。

「例えばグレープフルーツ。誰もがみんな食べたことぐらいはあるだろうけど、少なくとも銀座の千疋屋なりで、一個何千円かするものを食べない限りは、その味を云々する資格はない」

 ははあ、なるほど。僕はスーパーで売っているような物しか知らないけれど、それが本当にグレープフルーツの味かと言われれば、首を傾げざるを得ない。最高品質のものとで味が天と地ほども違ったとしても、食べたことのない僕にはわからないからだ。
 僕はこのてのブランド志向が大嫌いで、いつもならスーパーのグレープフルーツに過剰に肩入れしがちなのだけれど、この時ばかりは納得してしまった。言われてみればその通りだ。たしかに今の僕には、グレープフルーツの味を云々する資格はないのだろう。

 つい最近、ボランティア活動を通じて、ある男性と知り合った。彼は僕よりずっと年上で、正直あまり話があうわけではなかったのだけれど、聞けば北海道の松前出身とのこと。男同士で話に詰まった時は、女か食い物の話題に限る。試しに松前漬けの話をしてみると、これをきっかけに大いに盛り上がった。松前漬けは僕の大好物だ。現在は同居している母方の祖母が、年末になると東京の老舗メーカーから取り寄せてくれる。なんでも、祖母とそこの社長さんとは旧知の間柄だそうだ。僕は子供の頃からこれが大好きで、母の田舎から送られてくる小包を、いつも楽しみにしていた。
 そんなことがあって暫くして、僕の元に宅急便が届いた。送り主はその男性で、中身は松前漬けだった。驚くのと同時に、ありがたくて涙がでた。たった一度会ったきりの僕が、大好物だと言ったのを覚えていてくれたらしい。一人では食べきれないほどの松前漬け。僕にとってこれ程の贅沢はない。さっそくその日の夕食に食べてみることにした。

 さて、その松前漬けなのだけれど、結果を言うと、大いなる期待外れだった。僕が慣れ親しんできた祖母の松前漬けとは、似ても似つかぬ別のものだったのだ。食前と食後の心境の落差たるや、いささか自己嫌悪に陥るほどだった。なにより、せっかく送ってくれた男性に申し訳ない。
 おそらく、金額にすれば、祖母の物の方がずっと高いに違いない。なにしろ、高級素材をこれでもかとばかりに詰め込んであって、見るからに品格が違う。その男性のものはいかにも手作りといった風で、たしかに美味しくはあったのだけれど、言っては悪いがお粗末だった。
 しかし、どちらが本物の松前漬けかと問われれば、どちらかと言えばその男性の物が正解なのだろう。松前漬けは製法であって、食材ではない。バリエーションがあって当然だし、贅を尽くした物より、昔ながらの物のほうが価値があるという見方もある。なるほど、高価であればいいというものでもなかったのだ。

 高級松前漬けしかしらなかった今までの僕には、松前漬けを云々する資格はなかったのだというお話。今後とも、松前漬け好きを公言しても良いものだろうか。
 

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by tigersteamer | 2013-03-27 21:17 | 食べ物一般

決死のディフェンス

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 普段、タイガー900では追い越しやスリ抜けをしないほうだ(セロー225ではする。スルスルスルっとする)。ただし、前後のドライバーが携帯電話を使用していることが確認できたり、耳障りな爆音(音楽を含む)を発しているマナーの悪い車だったり、蛇行運転や急ブレーキを繰り返していた場合はその限りではない。一気に抜き去って距離をとるか、わざとスピードを落として後ろの車に抜いてもらう。公道でのオートバイは、ライディングテクニックなどよりも、ポジショニングこそが大切だと思うからだ。

 その日、僕の前を走っていた黒塗りのレクサスは、そのどれとも違っていた。ただ後ろをついて走る分には運転はおとなしく、交通ルールに則った安全走行だった。にもかかわらず、漆黒の車体全体から剣呑なオーラを垂れ流していた。普段は錆びついて、まともに機能したことのない生存本能が、ヒステリックに「逃げろ」「距離をおけ」と警鐘を鳴らし続けていた。しかし、こちらが少しでも追い抜く挙動を見せた途端に、まるでセンサーに触れたかのような機敏さで車体が揺らぎ始める。鉄壁のディフェンス、まるで1on1だ。路肩ギリギリに幅寄せしている上に、右から抜こうとすると反対車線に飛び出してまで進路を妨害する。リアウインドウからは目つきの鋭い男性が顔を覗かせ、恫喝まではしないものの、顔全体を歪ませて威圧してくる。停車時はセンターラインを跨ぎ、窓から左腕を突き出してスリ抜けをさせまいとする。必死だ。どうあっても先にいかせたくないらしい。あっぱれな負けん気というか、鬼気迫るものを感じる。


 何度目かのチャレンジの後、ふと気付いた。

→なんか、おかしくないか?(後半へ)
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by tigersteamer | 2013-03-25 13:50 | オートバイ

三冠王達成ツーリング

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エントリーNo.1 Triumph Tiger1050
エントリーNo.2 BMW R65
エントリーNo.3 Kawasaki BALIUS
エントリーNo.4 BMW R75
エントリーNo.5 Yamaha YZF-R1
エントリーNo.6 Yamaha Serow225

 ツーリングに参加した6台中、最小排気量は僕の85年式セロー225。最軽量も僕の85年式セロー225。ライダーの最重量は僕の72年式オレー114(乾燥重量)でした。信頼と安定の三冠制覇です。
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by tigersteamer | 2013-03-23 22:47 | ツーリング

餃子好きに捧げる長文

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使った金額1,000円未満
評価(星4つ)
 世の中には、決して店屋物が越えることのできない家庭の味がある。カレーライスであったり、炒飯であったり、グラタンであったり、人それぞれ育った家庭によって違う。僕の家であれば餃子だ。今までいろんな店で食べたけれど、未だに母の味を越えるものに出会ったためしがない。

 家庭の味として餃子をあげる人は多い。皆それぞれ、うちのが一番だと自負している。そこらの店屋物には絶対に負けないというのが自信の源のようだ。比較対照は中華料理屋やラーメン屋の餃子であって、よその家庭のものではない。これは是非、家庭ごとに持ち寄って自慢の味を競わせてみるべきだ。それでもなおかつ、自分の家のものが一番だと感じるだろうか。少々意地の悪い趣向ではあるけれど、試してみるのも面白い。意味は少し違うけれど、何でも切り裂く矛と何でも跳ね返す盾の故事を連想してしまった。

 そもそも、なぜ家庭で作る餃子は美味いのか。これはおそらく逆で、店で食べる餃子があまり美味くないからだと思われる。おそらく、コスト面での制約が大きいのではないか。価格設定は一皿300円から500円といったところだ。そこから利益を上げなくてはならない以上、6~10個の餃子に満足な材料費をかけられないといった事情があるのだろう。実利の希薄なラーメンのオマケに、創意工夫を凝らそうという料理人は少ないのではないだろうか。
 その点で、収益を上げることを目的としない家庭の餃子には分がある。餃子はお母さんの作ったものが一番と言いながら、子供達は具だくさん餃子を頬張る。
 最近では餃子専門店の看板を掲げる店も増えてきた。持論を裏付けるために、方々を食べ歩いたこともある。中には感心するようなものもあったけれども、焼き餃子に限って言うならば、母の作った餃子に勝るものはなかった。そのどれもに共通していて、うちと決定的に違うのは具の量だった。食べ盛りの子供達のために、愛情をしこたま詰め込んだ餃子は、やはり料理人のテクニックを上回るのだ。

 宝香閣を知ったのは、今から6年ほど前だ。安くて腹いっぱい食える店があると、知人に紹介されたのがきっかけだった。
 初めて店を訪れた時のことを憶えている。ちょうど昼飯時で、大変な混み具合だった。狭い店内にはテーブルが数台、そのどれもが埋まっていて、仕方なくカウンター席についた。隣の客と肘がぶつかりそうな距離だった。
 壁に貼りだしたお品書きの中に、餃子(10ヶ)の文字を見つけた。ご丁寧に赤マジックで囲んで、店主おすすめ!とルビがふってあった。僕がその勧めにのったのは、何も餃子が食べたかったからではない。隣の客が食べていたトリ天(大分名物、鶏肉の天ぷら)定食がうまそうだったので、同じものを頼んだ。しかし見たところ、定食だけで腹が満ちることはなさそうだ。かといって、それに加えて丼や麺類を頼むと量が多すぎる。太り過ぎを自覚して、食事を(こころもち、気休め程度に)セーブしていたからだ。しかし、おかずを一品増やすと白飯が足りなくなる。そこで餃子ならと思った。量的にも、隙間を埋め合わせるのにちょうど良い。ただそれだけのことだ。

 定食に先んじてやってきた餃子は、一見して何の特徴もないように感じた。しかし、店主がすすめているくらいだから、何か工夫があるに違いない。ためしに一つ口に放り込んでみて、思わず唸った。具は少ない。今まで食べたことのある、どの餃子よりも少ない。その上、これでもかと言うほど細かく刻んであって、咀嚼するうちにパラリとほぐれて消えてしまう。まるで魔法のようだ。舌の上には、肉と野菜の旨味だけが残る。皮は市販のものなど比べものにならないくらい薄く、水分が抜けてパリパリしている。なのに、全体的にしっとりとしていて弾力がある。焦げ付いた底の部分は酢醤油との相性がバツグンに良い。噛みしめると滋味が染み出す。具の旨味と、もっちりした皮の香ばしさ、さっぱりした酢醤油とコゲにしみこんだ脂、まさにスペクタクルだ。皮と具の間、内包しているのはなにもない空間であるはずなのに、その隙間があるとないとでは、ぴらぴらした皮の食感に大きな差が生まれる。その小さな包みの中には、すべてが計算ずくで詰め込まれていた。
 具よりも皮に比重を置いた餃子には、今まで何度かでくわしたことがある。どれも美味しくはあったけれど、その反面、物足りなさが残った。皮が好きなら皮だけを焼いて食べればいい。しかし、それでは餃子でとしての態をなさなくなってしまう。

 気がつけば一皿ぺろりと平らげていた。白飯との相性も格別で、すでに七割程は胃の腑に収まっていた。これではトリ天の分が足りなくなってしまう。もはや、禁を犯すのに躊躇いはなかった。白飯のおかわりのついでに、餃子も2皿追加した。仕方ないじゃないか、白飯なしではトリ天が可哀想だもの。
 ついでに言うと、散々ないがしろにしたトリ天を、最後まで食べきることができずに少し残してしまった。そのせいで忸怩たる思いを残すことになるのだけれど、それはまた別のお話。

 こうして巡り会った至高の皮餃子が、長年王座を守り続けた母の具だくさん餃子をおびやかす存在になったかというと、さにあらず。例えば空手に伝統派とフルコンタクトがあるように、レスリングにはグレコローマンとフリーがある。高得点を狙いもすればタイムアタックに興じるのもスーパーマリオの楽しみ方であり、日々のよしなし事をそこはかとなく書き綴る者もいれば、思い切ってネタに走るのもブロガーだ。具餃子と皮餃子、両雄並び立ってこそ初めて餃子なのである。

(※ 餃子の写真を撮るため、久しぶりに宝香閣へ足を運んだところ、営業時間中であるはずなのにシャッターが降りていました。店主の健康状態が思わしくないという話は聞いていました。一刻も早い快復を祈るばかりです)
 
店舗情報
中華料理 宝香閣
福岡県太宰府市高雄1丁目3699-1

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by tigersteamer | 2013-03-20 17:52 | 食べ物一般

本当に嬉しかったのだ

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 ここでカレーセットを食べて店を出た直後のことだ。セローの傍でヘルメットとグローブを身につけていると、フロア係の女性(おそらくマスターの奥さん)が店の外に出てきた。なんだか妙に神妙な顔をしていた。食材か何かが足りなくなって、買いに行くのかもしれなかった。

 奥さん(たぶん)は、周囲を気にするような素振りで(そんな風に見えただけだ。違うのかも)、さりげなく(目の前に立つまで、僕に用事だとは思わなかったくらいだから)近づいてくると、おずおずと(擬音ではなく、ほんとにオズオズと音がしそうなぎこちなさで)話しかけてきた。

「あの、ほんとに偶然なんですけど、わたしお客さんのブログを見つけたんです・・・」

 とっさに、しまった! と思った。その前の記事で、この店のパスタの画像を無断で使用したのだ。
 しかし、うろたえると同時に開き直った。話しかけてきたのが奥さんではなく、強面のマスターの方だったなら、何か言われる前に謝ってしまっていたかもしれない。しかし、相手は女性だ。男か女かで態度を変えるのは情けないけれど、負い目を感じる必要はない。堂々としていればいい。画像を使ったのだって、別に中傷するためではない。美味しかったのだ。文中に美味しいとは書かなかったけれど、美味しそうととられるような書き方はしたつもりだ。
 まあいい、迷惑だと言われたなら削除すればいいことだし、もう二度と来られないのは寂しいけれど、それも仕方がない。

「あの、最近のだけで、あんまり前のは読んでないんですけど、面白かったです。更新、がんばってください」

 今度は本当に狼狽えた。開き直る余裕はなかった。そのまま、黙ってセローにまたがり、キックペダルを踏んだ。去り際になんと答えたのか憶えてない。また読んでください、とかなんとか言ったような気がする。いや、言った。ニヒルな口調を装って、ボソリと呟いたはずだ。それは理想で、実際はモゴモゴモゴだったかもしれない。先方に正しく伝わった自信はない。完全に挙動不審だったかも。

 一秒でも早く、その場を立ち去りたかった。その後、店の角を曲がったところでエンストし、とっさに足で漕ぎながら路側帯を走った(こういう時、セルなしのオートバイは辛い)。信号待ちで2回ほどN芋(ローに入れたつもりがニュートラルに入ってしまい、発進時に盛大な空ぶかしをすること)をやらかした。
 嬉しかったのだ。初対面のライダー同士がコミュニケーションの手がかりとして互いのオートバイを褒め合うように、それはブロガー同士(お店のブログは彼女が更新しているらしい)の挨拶だったのかもしれない。それでも嬉しかった。日に一桁アクセス(ゼロのこともある)の過疎ブログを、よくぞ見つけてくださった。小躍りしたい気分だった。帰途につく間じゅう、ヘルメットの中で歌をうたっていた。ハイロウズの「日曜日よりの使者」だ。サビばかり繰り返す上に半分以上はシャララーラとハミングだった。

 普段はおくびにも出していない(つもりだ)けれど、ブログを褒められると嬉しいのだ。なによりの励みになる。アフェリエイトに換算すれば、一言100万円だ。だから、もし気に入ってくれたらコメントをください。上手く返事ができるかどうか、あんまり自信がないけれど。
 

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by tigersteamer | 2013-03-17 03:38 | 雑記

ゴキブリと食欲の関係

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 事務室で書類仕事に精を出していたら、台所の方から絹を裂くような悲鳴が聞こえた。おっとり刀で駆けつけると、若い女性職員がガスコンロと壁の隙間を指差して立ちすくんでいた。わざわざ確認するまでもない。僕の職場では、一年を通して室温を一定に保っている影響で、冬場でもゴキブリが出るのだ。

 女性職員は僕を見てホッしたようだった。恐怖に引きつった表情が、みるみる緩んだ。視線が熱を帯びている。いつもの醜いガマガエルに投げかける一瞥ではない、颯爽と現れた白馬の王子様に向ける眼差しだ。両腕を広げて迎えに行ったら、頬を桜色に染めて胸の中へ飛び込んでくるに違いない。
 ここで普段の汚名返上とばかりに、怪傑ゾロよろしく立ち回るべきだったのかもしれない。しかし、僕はとっさに真逆の行動をとった。とりあえず彼女には少し待つように伝え、すがるような視線を振り払ってパートのおばちゃんを呼びに走った。これを境に僕の評価はリカバリーが不可能なほど土に塗れるだろうけれど、刹那的で浮ついた女性の評価など知ったことではない。
 ゴキブリが苦手だ。男だからとか年甲斐もなくとか、そんなことは関係がない。テラテラと黒光りした見かけから受ける生理的嫌悪感を克服できないのだ。名前を聞くだけで虫唾が走る。背筋が凍りつく。きゅっと生唾がわき、脊髄反射でお腹がグウと鳴る。
 戦いは一瞬でケリがついた。手に持ちかえたスリッパで、一撃のもとにゴキブリを屠ったおばちゃんの技倆を褒め讃えながら、僕は僕で降って湧いたような空腹感と戦っていた。
 
 その店は、とにかくゴキブリが多い。食い物を扱う店だから、ある程度は仕方がないとは思うけれど、そこいら辺の事情をさっぴいても多い。シャモジくらいの丸々と太った奴が、堂々と壁に張り付いて触覚を震わせていたりする。客のほうも慣れっこになっていて、それにいちいち過剰に反応したり、わざわざ店主に苦情を申し立てたりはしない。友人に連れられて初めて店を訪れた時は、これは何かの悪い冗談で、実は作り物なのではないかと思った。店と常連客が一丸となって、新参の客をからかっているのではないかと勘ぐったのだ。
 なにせ、店内が汚い。そこら中に油が跳ね飛んでいて、入り口の引き戸からテーブルの裏側まで、なんだかヌルヌルベタベタする。店内に短時間滞在するだけで、体中がベトつくような錯覚を覚える。ところが味は絶品ときた。看板の餃子もさることながら、サイドメニューの質たるや絶賛に値する。中でも粥は匠の域に到達している。とろりとしていて意外とあっさり味なのに、噛みしめると滋味とコクが沁み出す。その上、値段はお手ごろでボリュームがある。付けあわせで出てくる梅干がまた絶妙だ。肉厚で汁気があってエグいくらい塩辛い。単体で食べるなら間違いなく口に合わない筈なのに、口当たりはむしろ良くて、後味はすっきりと甘い。食べ合わせても粥の風味を殺さない。

 ゴキブリ嫌いの僕は自然と足が遠のくのだけれど、一度でもあの粥の味を知ってしまうと食べずにはいられない。ゴキブリを見るたびに、パブロフの犬の如く生唾がわくのだ。今夜あたり行ってみようかな、という気分になる。そして毎回、店の暖簾をくぐる際に、今日はデカイのに当たりませんようにと念じながら足を踏み入れる。店内に入ったら、そこから先は料理を味わうことだけに集中する。石になる。見えていないものは存在しないのだと、自分に言い聞かせる。仮に遭遇したとしても、それはゴキブリではない。這っても黒豆ならぬ、這っても壁のシミ。いや手ぬるい。飛んでも壁のシミだ。  
 

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by tigersteamer | 2013-03-15 04:38 | 食べ物一般

阿蘇の名バイプレイヤー

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使った金額2,000円~2,999円
評価(星4つ)
 基本的にソロツーリング志向で、一人で勝手気ままに走り回るのが好きだ(集団行動が苦手なだけだ)。しかし、一人旅は気楽な反面、どうしても疎かになってしまいがちな点がある。そのひとつが食事だ。

 前もって予定を組むわけでもなく、その場の気分で行き先を変えるのが普通だ。極端な話、平尾台(福岡県)に出かけるつもりで、気がついたら秋吉台(山口県)にいたり、そのままカルスト地形を求めて四国へ渡ったりもする。無計画な旅はいかにも自由といった風情でこの上なく楽しいけれど、下調べをしないので旅先で美味しいものに出会えることは稀だ(最近はiPhoneのおかげで改善されつつある)。
 訪れた土地の名物料理を食したいと思いつつ、文字通り「名物に美味いものなし」でお茶を濁すこと幾たび。せっかく海べりに来たのだから新鮮な海産物をと思い、たまたま前を通りがかった良さげな店に飛び込みで入ったら、魚はすべて外国産だったりする。ギリギリ妥協案の御当地バーガーはマシな方だ。どうかすると、コンビニの店先でカップラーメンを啜ったりなんてことも珍しくない。

 ツーリング先の食事というのは、あらかじめ計画に組み込むとなると難しいものだ。旅の主役になるのは「オートバイに乗ること」であり、どれだけ気持ちの良い道を走るかが大前提となる。どんなに美味しそうな料理でも、市街地で延々とストップ&ゴーを繰り返さなくてはならないなら、わざわざオートバイで行く意味はない。
 それに、もともと目的地などあってないようなものだ。始めにコースありきで、目的地は目印の旗竿代わり、食事は旗で、まともに風にたなびく間もなく収納される。
 このあたりのニュアンスは、ツーリングライダーでなければわかるまい。上でも書いた、食事がコンビニの店先ですするカップラーメンでも許せるのは、ひとえにソロツーリングだからだ。
 しかし、これがマスツーリング(複数人で行くツーリング)になるとそうは言えなくなる。人数が多くなればなるほど、自由度が制限される。どこに行き、何を見て、何を食べるかが求められる。参加者の排気量や懐具合を鑑みた上で、脇役のキャスティングが重要になる。そこのところを理解して計画を練るのは骨が折れる。毎度のことながら、プロデューサー役には頭が下がるばかりだ。

 ソロツーリングが好きだからこそ、たまに出かけるグルメツーリングは貴重だ。一人旅の垢にまみれた無精者なれば、できればガイドブック片手に一人で探すのではなく(それも醍醐味には違いないが)、誰かにオススメの店へ連れて行ってもらうのが望ましい。そこでマスツーに参加するわけだ。この日の名脇役はしゃも料理 鶏家で、これはもう絶対に欠かすことのできない重要な役回りだった。
 じっさい、鶏家は素晴らしかった。料理も美味ければ、ツーリングの主役であるファームロードを丸々組み込んだ立地条件も最高だ。値段も良い。食材の豊しゃもを自前の牧場で飼育しているからこその価格だ。街中で食べるならプラス千円くらいが妥当な線ではなかろうか。ご飯(漬物付き)と味噌汁がお代わり自由なのもいい。主役を張れる力量を持ちながら、あえて脇役に徹する姿勢に助演男優賞を送りたい。

 この日の復路は雨に祟られ霧にまかれて、全身ずぶ濡れ、10メートル先も見えないような最悪のコンディションだった。景色を楽しむどころか、まともに走ることすら覚束ない。しかし、いかに主役の大根役者ぶりが目立っても、それを補って余りある脇役の仕事っぷりに救われた。まさに名バイプレイヤーだ。
 
店舗情報
しゃも料理 鶏家
大分県竹田市久住町大字久住2338−2

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by tigersteamer | 2013-03-12 14:14 | ツーリング飯

物欲の人

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 今月はちょっとしたアクシデントのため、懐事情が世知辛いことになっているのは確かだ。ただ、別に高いものではないから、どうしても欲しければ買えばいいと思う。考えようによっては必要な物ではあるし、ないよりはあった方が便利なのに違いない。

 今回、僕が購入すべきか迷っていたのは、通勤に使っているセロー225用のタンクバッグだ。いろいろと探したけれど、理想の形に一番近いのがこれだった。
 決め手はナビ代わりのiPhoneを入れるポケットがあること。静電容量方式に対応しているので、クリアポケットごしに操作できるのがいい。本当はツーリングマップルが入る大きさだとなおいいのだけれど、A5サイズの冊子を載せるにはセローのタンクは小さすぎる。マップケースではなくてバッグに拘るなら諦めるしかない。

 iPhoneに対応しているところにばかり目がいくけれど、荷物はほとんど入らない。ただし、これは大きな荷物をリアキャリアに回せば解決する問題で、そもそもセローでロングツーリングに出かけることはないから、貴重品と使用頻度の高い物さえ収納できればいいとも言える。
 マイナス材料は他にもある。セロー専用のタンクバッグではないから、やや丈が長い。上下左右に1つずつ付いている磁石のうち、下の1つが余ってしまう。残りの3つでくっつかないことはないから、見苦しいなら下に織り込んで縫い合わせるか、いっそ切り取ってしまうのがいいかもしれない。

 しかし詰まるところ、そんな理由で購入を躊躇っていたわけではない。実は既にあるのだ。タンクバッグは1つ、シートバッグも2つ持っている。距離や用途に合わせて、大きさで使い分けるという言い訳は通用しない。実際は、なんでもかんでもトップケースに放り込めば済むので、タンクバッグはおろか、これ以上の収納スペースを追加する必要性はないからだ。貴重品はウエストポーチにしまえばいい。iPhoneだってジャケットの内ポケットに入れっぱなしだ。要らないのだ。悩む理由など欠片もない。安物買いの銭失いになること請け合いだ。

 そんなわけで、極めて冷静な分析を挟みながらタンクバッグの欠点を列挙して、買わなくても困らないことを自分に言い聞かせていたのだけれど、これがなかなか手強かった。ほんのついさっき、一つ前の段落を書き終えたところで膝を屈した。
 なんて愚かな奴だと思うかもしれないが、本物の馬鹿なのだから仕方がない。そもそも、賢かったらオートバイには乗ってなかったような気がする。他のライダーの実態を知っているわけではないけれど、きっと大差ないに違いない。同じようなライディングウエアを何枚も持っていたり、使わないヘルメットがゴロゴロしていたり。

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by tigersteamer | 2013-03-10 07:26 | オートバイ

幻の温泉を求めて

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 休みの日の朝、布団にくるまったままiPhoneでグーグルマップを眺めていたら、高良山の付近に気になるものを見つけた。「温石温泉」という。高良大社から山頂を挟んで反対側に位置する。距離にして3kmあるかないか。しかし、あの近辺に温泉があるという話は聞いたことがない。

 近くにお住まいでない方のために、簡単に説明しておきたい。この高良山は、東西に長い福岡県久留米市の真ん中あたりに位置する。決して高い山ではないが、古来から神格化されていて、数々の歴史的建造物や遺跡が残されている。ツツジの名所であり、天然記念物や鳥獣保護区もあるのだけれど、そこいらへんは枚挙の暇がないのでバッサリ割愛する。
 何を隠そう、ウン十年前まで県内有数のローリング(死語だ)スポットとして栄えた場所だった。今ではセンターラインにキャッツアイが敷設され、いたるところに段差が設けられ、巧妙にカモフラージュした警察車両が鵜の目鷹の目で獲物を漁るハンティングレンジと化している。それでもツーリングスポットとしては健在で、走り屋風情もいないことはない。
 僕が福岡に移り住んでから10年以上経つ。その間に何度となく通い(残念ながら全盛期は知らない)、ライダーの溜まり場である頂上付近の公園でダベったり、たまには周辺の飲食店に金を落としたりしていた。

 そんなわけで、あらかた走り尽くした感があるのだけれど、よくよく考えれば訪れるのはオートバイに乗っている時だけであり、観光めいたことはしたことがない。僕にとっての高良山は、溜まり場としての公園か、そこからどこか他の場所を目指すための経由地、もしくは集合場所だったからだ。高良大社を拝んだことすらない。これでは何も知らなくて当然だ。
 幸い天気は良い。予報も崩れるおそれがないと言っている。絶好のツーリング日和だ。さっそく行ってみることにした。

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 着いて早々に思い出した。神社仏閣に興味がなくて高良大社を詣でたことがないのではない。いつも、この高低差を前に気後れしていたのだ。なんて軟弱な。弱り切った足腰を痛感しながら石段を上った。
 本殿でお参りを済ませ、御神籤を引き(吉だった。焦らなければ良縁に恵まれるらしい)、ついでに高良茶屋でうどんを食べた。薄味の出汁が美味しかった。

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 適度な運動も済ませたし、腹もくちくなったし、もういつでも帰って構わない心持ちだったけれど、まだ肝心の温泉探訪が残っている。
 高良大社前から上陽町に向けて、いま上がってきた道を東へ突き進む。2kmほど行けば高良山林道との分岐点に差し掛かるはずで、そこからさらに林道を走れば、後はもう目と鼻の先だ。
 心地の良いワインディングを、ひらりひらりと車体を傾けながら駆け抜ける。まだ風は冷たいけれど、陽なたと木陰の境目が明瞭で、肌で感じる温度差が楽しい。


→しかし、お散歩気分は束の間だった。(後半へ)
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by tigersteamer | 2013-03-08 11:24 | ツーリング