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好きな食べ物

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 先日、職場で仕事の合間につけっぱなしのテレビを見ていたら、お昼の情報番組の司会者が、この世のあらゆる食べ物の中で、ホヤ貝が一番好きだというような話をしていた。思わず、ウンウンと頷いた。あれはたしかに癖になる味だ。ところが他の出演者達が、口を揃えて異を唱えた。どうやら、あの姿形がいただけないと言うことらしい。ありがちな展開ではあるけれど、多勢を相手にして力説する司会者の姿が、見ていて微笑ましかった。
 僕の職場のパートさんは、好きな食べ物を尋ねると、一寸の迷いなく「牛肉」と答える。一口に牛肉といっても、食べ方は色々ある。すき焼きがいいのか、ステーキがいいのか、それともしゃぶしゃぶが好きなのか、そこを質そうとして、何でもいいのかと尋ねたところ、「松阪牛」が好きだと返事が返ってきた。あまりの即答だったので、間違いを正すこともなく、思わず苦笑してしまった。近場の佐賀牛ではダメらしい。どんなに高い肉でも、舌の上でとろけないそうだ。

 僕の好きな食べ物を三つ上げるとしたら、一番先に浮かんでくるのは「筋子」だ。ほんのひとカケラでご飯が一膳食える。子供の頃は一粒で一口だった。ちまちまと大切に食べている隣で、大人達がごっそりとちぎりとっては口に運ぶ。子供心に殺意すら抱いた。それくらい好きだ。
 次いで二つ目は、「鮭の皮」だ。血合いがへばりついたやつに醤油をかけて、炙って食べるのが好きだ。想像しただけで生唾が涌いてくる。比較するに、身のほうはさほどでもない。
 三つ目は「祖母の松前漬け」だ。これがまた美味い。「祖母の」のなんたるかを説明すると長いので、またの機会にするけれど、こいつの為に祖母には長生きして欲しいと、いささか不謹慎な思いを禁じえないほど好きだ。
 なぜ一つではなく三つなのかと問われれば、一つにしてしまうと、「無人島に何か一つ持っていくとしたら~」という、例の質問と被ってしまうからだ。大好きな食べ物のニュアンスが変わってしまう。僕の場合は、だんぜん「納豆」だ。ありきたりであまりに面白みがない。それ以前に、日本人なら「米」を持ってけよということになる。

 ところで、僕の知人には、亡き母と食べた味を忘れないために、普段から海老は一切口にしないという男性がいる。親孝行の鑑のようで、なんとも心温まるエピソードだ。単なる「好物」を、「思い出の味」に変えてみると、これまたガラリと違ってくる。僕の場合は、「お櫃のご飯にカレー味カップヌードルの汁をぶっ掛けたもの」だ。
 パブリックスクールを模した全寮制の学校で学んでいた高校生の頃だ。いま振り返って考えると、なぜにあれほど禁欲的な生活を強いられていたのか首をかしげざるを得ない。外出が許されるのは週に一度の日曜日だけで、禁制品がやたらと多く、さらには生徒間の上下関係に厳しい校風だった。カップラーメンやスナック菓子ですら、大部分の真面目な生徒たちが口にすることは叶わなかった。もちろん、そこは魚心あれば水心の言葉通り、非合法なルートで提供される品はあったのだけれど、それを口にできるのは上級生と一部の真面目ではない生徒だけだったのだ。
 当時から大食漢だった僕は、食堂で供される三度の飯だけでは到底足りなかった。いつも空きっ腹を抱えていた。そこで、厨房からくすねてきたお櫃のご飯(これだって、滅多なことでは手に入らなかった)に、不真面目な生徒から貰った食べ残しのスープをかけて、貪るように食った。僕のカレーライス好きのルーツの一端は、まさしくこれだ。もう一度同じものを食いたいかと問われると、迷いなくお断りするところだけれど、空腹とあいまって美味かったのだ。忘れられない思い出だ。

 読み返してみると、「筋子」に「鮭の皮」に「松前漬け」に「納豆」、そして「米」、とどめは「ラーメンの汁かけご飯」ときた。あまり豊かな食生活を送れていない人のようで、我ながら呆れてしまう。でもいいのだ。好きなものを問われて、およそ庶民的でない食べ物を即座にあげたりするよりは、よほど食文化に優れているような気がする。残念なことに、あくまで気がするだけなのだけれども。
 

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by TigerSteamer | 2011-09-15 20:08 | 食べ物一般

おかしな二人

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 僕のお気に入りのあの店は、特に料理が美味いというわけではない、雰囲気が良いというのでもない、何の変哲もない洋食屋さんだ。値段が安いこともなく、長居がしやすいというのでもない。メニューを見た限りでは、オムライスが看板料理らしいけれど、目玉になるほど美味しいものではなかった。ついでに言っておくと、綺麗なお姉さんもいない。

 いや、いないと言い切っては失礼かもしれない。お姉さんはいる。歳の頃は二十代の後半だろうか、いつも髪をポニーテールにしていて、化粧っ気はあまりない。顎がしゃくれていて、目が細くて、美人というわけではないけれど、すらりと背が高い。スタイルもよさそうだ。白いワイシャツと黒いスラックスの上から、これまた黒いエプロンをしている(おそらく、それが店の制服なのだ)。薬指には指輪をしているから、既婚者なのだろう。いるとそれだけで売上げが上がるといった華やかさとは無縁の女性だ。そしてもう一人、店のオーナーらしき五十がらみの男性もいる。こちらは常にラフだ。「しょぼくれた小父さん」と言われて、なんとなく脳裏に浮かぶイメージそのもののような人で、女性よりも頭一つ背が低い。他には特に書きたくなるような特徴はない。いつも、カウンターの向うにいて、黙って料理をしている。

 客の相手はお姉さんがしていて、小父さんは料理が担当のようだ。しかし、仕事の分担ができているのかと言えばそうでもない。お姉さんは頻繁にキッチンに立ち入り、小声で指示を与える。小父さんは黙ってそれに従う。時には激しい口調で詰め寄ることもある。客の席から、その内容までは聞き取れないのだけれど、あきらかに叱責しているようだ。小父さんは困ったような顔をして黙って聞き、特に言葉を返すこともなく仕事に戻る。時には、お姉さんが小父さんを押しのけて、自ら料理をすることもある。小父さんよりはるかに手際がいい。
 実はお姉さんが店のオーナーで、小父さんのほうが雇われているのではないかとも思った。しかし、毎晩、閉店の21時まで店にいるのは小父さんのほうで、お姉さんは19時過ぎには帰ってしまう。帰る前に礼儀正しく挨拶をしていたことからみても、まずそれはないだろう。

 この一見して主従関係の入れ替わった二人が、ものすごく濃厚な空気を漂わせていたことがあった。お姉さんが小父さんの背後からのしかかるように立っていた。そうしておいて、小父さんの肩にちょこんとあごを乗せ、何事か小声で囁いていた。またある時は、殆ど身体を摺り寄せるようにして寄り添い、体をよじって小父さんの顔を覗き込んでいた。そうした間も、小父さんは常に無表情で、黙々と仕事をしている。一顧だにしない。一時は父娘を疑ったけれど、絶対に違うと言い切れる。あの生々しい雰囲気は、肉親に対するものではない。むしろ、歳の離れた夫婦のほうがありえる。

 と、そんな事をあれこれ思いながら飯を食う。考えても答えは出ない。二人の謎に飽きるまで、僕はこの店に通うことになるのだろう。願わくば、下世話な仲ではありませんように。いやむしろ、手っ取り早くそこに結びつければ話は早いのだけれど、それだけで終わらせてしまうのが勿体無い。二人の間には妙にコミカルなところがあって、見ているだけで実に飽きがこない。飯のオカズになるのだ。
 

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by TigerSteamer | 2011-09-14 03:41 | 食べ物一般