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婆のピアノと僕のウクレレデュオ

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作品名ウクレレ・アイランド
アーティスト名オムニバス
評価(星4つ)

 友人にフルートを貰った。
 長年に渡ってフルートを学んできた彼が、片手間にギターを練習し始めてしばらく経つ。だいぶ上達したので一緒に演奏しようという誘いを、なにかしら理由をつけては先延ばしにしてきた。
 何か楽器をマスターしたいと言ったのは僕の方だ。しかし、音楽に関してはズブの素人で、楽譜もろくに読めない。吹き方についてはマンツーマンで教えてあげるとは言われたものの、渡されたそれを見て思わず尻込みをしてしまった。

 少々趣味が偏ってはいるけれど、音楽を聴くのは好きだ。歌をうたうのも好きだ。オートバイを運転している間中、ヘルメットのバイザーを挟んだ内側で、ずっと歌を口ずさんでいる。口笛を吹かせればプロ並みとはいかぬものの、中々大したものだと思うし、大学時代はバンドブームの煽りもあって、僕もいっぱしにドラム叩いた。自惚れが許されるほど熱心にやったわけではないけれど、割と上手かった。ギターでもボーカルでもなく、なぜドラムかといえば、それがメロディを奏でなかったからだ。

 僕の楽器嫌いを根付かせた原因は、学校教育だ。これは間違いない。
 今はどうだか知らないが、少なくとも僕と同年代の者ならば、今までの人生で最低3つの楽器を演奏したことがあるはずだ。ハーモニカに始まり、ピアニカ、リコーダーと、選択の余地なく教材として押し付けられる楽器に、酷い嫌悪感を抱いて育った。今になって冷静に振り返ってみれば、決して楽器が苦手なわけではなかった、と思う。嫌だったのは音楽の授業だ。みんなと同じ譜面を読んで、みんなと同じメロディを演奏する。寸分の狂いなく奏でることが良しとされ、そのために一人ずつ教師の前で演奏し、音が外れれば叱責され、それが安直に評価と結びつく。たまらなかった。
 クラス単位で行う演奏会では、一人だけ下を向いて、ただ時間が過ぎるのを待った。指はピクリとも動かなかったし、縦笛を口に咥える気力もなかった。とてつもなくみじめで、それが元でさらに楽器が嫌いになった。当然ながら、いつも成績は最低だった。僕は義務教育が終わる頃まで、自分に音感がないものだと信じていた。

 今年91歳になる祖母が、ピアノを習い始めたのは11年程前のことだ。これがもう、素人が聴いてもお話にならないほど酷い。もともと音楽的な素地がないところにきて、さらに高齢であもあり、まったく上達の兆しを見せない。僕が休みの日にやられると、それこそ昼寝もできないありさまだ。本人もそれはよくわかっているようで、しきりに詫びる。ごめんなさいねごめんなさいねと言いながら、それでも練習する。毎日やらないと、あっという間に下手になるそうで、僕としてはこれ以上どう下手になるのか理解しがたいところだけれど、ピアノを弾いているときの彼女がとても幸せそうなので、それはそれでいいと思って諦めている。
 若い頃から、ずっとピアノを弾いてみたかったのだと祖母は言う。戦争や台所事情や、その他諸々の困難があって実現しなかったけれど、ずっとやりたかった。そして、夫に先立たれてしばらくして、娘夫婦から同居の申し出を受けたとき、彼女は一つ条件を出した。それが、ピアノだった。

 フルートを手にして、しばし逡巡する。
 やっぱり駄目だ。友人には申し訳ないが、丁重に謝罪して引き取ってもらおう。三つ子の魂は、思った以上に根が深かった。おそらく、メロディを奏でる楽器の中でも、笛という形態が特に駄目なのだ。どうしてもリコーダーを連想してしまう。彼の性格からいって、黙って受け取るとは思えない。君にあげたものだからと断るに違いない。でも、買うとなったら高価なのだろうし、僕が持っていても仕方のないものだ。十数年経って、未だに拘りを捨てきれない自分に辟易した。

 その代わりに、僕は以前から考えていた計画を実行に移すことにした。一歩踏み出すには、これがいい機会だ。僕はこの楽器のことをよくは知らないけれど、フルートよりは気楽に演奏を楽しむ気分にさせてくれるかもしれない。
 以前に思うところあって、エディ・コクランのロックスタンダードナンバー"Summertime Bluse"のカバー曲を集めていたことがあった。その時に誤って購入したこのCDが、それ以来僕の耳を捉えて離さない。シンプルで繊細で深みがあって弾むような旋律。おそらく僕が思う以上に、弾きこなすのは難しいのだと思う。トラウマを克服するなどという、しゃっちょこばった決意はない。でもやってみたい。

 数十年かけて夢を実現させた祖母と一緒に、いつか僕もこの楽器を使って合奏がしてみたい。それまでに、彼女のピアノの腕は上達しているだろうか。

ウクレレアイランド(2004 東芝EMI)
オムニバス, ポール・ボーイ, マーク・ルオンゴ, カワムラマミ, ジェームズ・ヒル, エ・コモ・マイ, ラガー・サヴェア, ジム・ビロフ
 

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by tigersteamer | 2010-10-23 00:56 | 雑記

自称ベテランライダーから君たちへ

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 狭い部屋でノートパソコンをカチャカチャするのも飽きてきたので、気晴らしにオートバイツーリングに出かけた。ツーリングとはいっても片道100キロ以内の、いわゆるプチツーリングというやつだ。
 ラーどんという食べ物をご存じだろうか。ラーメンのスープに、うどんの麺、2つ合わせてラーどん。実に安易なネーミングだけれど、これが実に美味いのだという。以前から話でだけは聞いていたのだけれど、良い機会なので食べに行くことにしたわけだ。

 ところが、そういう名前の食べ物があると聞いてはいたものの、場所までは知らなかった。その上、ラーどんがお店の名前なのか、あるいは食い物屋のメニューのひとつなのか、はたまたどこか特定の地方の名物料理で、そこに行きさえすれば食べられるものなのかすらわからないときた。
 かれこれ20年近く前、オートバイに乗り始めた頃の僕なら、そこまで不確定要素が並んだ時点で既に諦めていたに違いない。ところが、今はインターネットという便利な道具がある。わからないことはググってみればいい。
 それともうひとつ。僕は筋金入りの方向音痴で、慣れた土地でも道に迷うことが多々ある。初めての土地ならなおさらだ。前々から念入りに下調べをした上で、なおかつロードマップを見ながら走るロングツーリングならまだしも、思い立ったが吉日のプチツーで、なおかつ独りで行くとなれば、まず無事には帰ってこれないに違いない。

 科学の進歩とは素晴らしいもので、そんな富士の樹海並の磁気異常でもって年がら年中コンパスの針がクルクル回っているような僕でも、安心してツーリングに出かけられるアイテムが存在する。
 それがこれ、携帯電話のアプリケーション、auの「助手席ナビ」だ。個人的に、これとハンズフリーキット、携帯用の充電器をして、ツーリング三種の神器と呼んでる。
 この三種の神器が活躍するのは、ソロツーリングの時だけではない。例えば大規模なマスツーリングで、1人だけはぐれてしまったとしよう。とりあえずオートバイを停めて、ツーリングの本隊に連絡をとろうと考えるのが普通だ。ところが、電話をかけたところで、オートバイを運転している相手は受信することができない。走っている間はハンドルで両手が塞がっているからだ。
 そんな時でも、この三種の神器さえあれば大丈夫。自分はナビの指示に従いながら目的地を目指しつつ、着信があったときは留守電を介さずに連絡を取り合うことができる。単なるカーナビではなく、携帯電話のアプリだからこそ重宝する。

 たかがアプリと侮るなかれ、カーナビとしての性能も優秀だ。『ラーどん』で検索したところ、たちまち所在地を割り出してくれた。あえて渋滞を考慮しないという条件で、有料道路は使わないルートを選択した。出発地点である自宅から、約83キロ離れたところにあるらしい。時間にして、片道2時間弱。小回りの利くオートバイなので、時間はかなり短縮できるに違いない。午前中の遅い時間に出かけたとしても、3時のオヤツまでには帰ってこられるだろう、そう思った。
 あとはこれにイヤホンを繋げば、やや聞き取りにくいものの、運転しながらでも音声案内が聞ける。指示通りに進めば、あっという間に目的地というわけだ。
 そんなわけで、順風満帆のツーリングが始まった・・・筈だった。

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 長々と書いても退屈なだけなので、ここから先の顛末はかいつまんで説明しようと思う。
 家を出てしばらくは順調だった。しかし、家の近所を走るバイパスから幹線道路に合流したあたりで、「その先、しばらく道なりです」と言ったのを最後に、行けど進めど次の指示がなくなった。どうやら、ハンズフリーキットのコードを引っ張った拍子に断線したらしい。途中コンビニでコーヒーブレイクを挟んだ際に、目的地までの距離が大幅に増えているのを見て、ようやく異常に気がついた。
 諦めて帰ろうかとも思ったけれど、引き返すにはまだ陽が高かった。仕方がないので、気を取り直して再出発した。信号で止まるたびに携帯電話のディスプレイでマップを確認しながら、ようやく目的地に辿りついた頃には午後5時を回っていた。
 そこで思わず愕然としてしまったのは、徒労と空腹のせいだけではなかった。そこが、時々遊びに行く峠の、目と鼻の先だったからだ。散々遠回りした挙句、着いたのは地図なしでも行けるような場所だった。

 僕はまたひとつ賢くなった。単車乗りの諸兄よ、心して耳を傾けたまえ。
『いくら便利な世の中になっても、ツーリングに行く時は、目的地の住所とルートくらいは確認してから出かけなさい』
 これを他山の石として、ゆめゆめ怠る事なきを願う。自称ベテランライダーからの、ありがたい教えである。
 

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by tigersteamer | 2010-10-20 18:22 | ツーリング

スモークシールドのこちら側

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 傷だらけだったヘルメットのシールドを交換した。濃いスモーク入りからクリアへ。ただの気まぐれだったのだけれど、これが思いのほか具合がいい。眼鏡に薄く色を入れているおかげか、眩しさはさほど気にならなかった。

 透明なプラスティックごしに流れる世界の美しさ。木々の深い緑と真っ青な空のコントラスト、センターラインとガードレールの白。コーナーを抜けるたびに広がる鮮やかな光景に目を奪われて、ハンドル操作を疎かにしそうだった。初めて眼鏡をかけたときの感動を思い出した。
 つづら折りのワインディングを堪能し、沿道の喫茶店で軽く昼食を済ませてから帰途についた。色とりどりな秋口の山道を越えて、代わり映えのしない灰色の市街地へ。字幕のない洋画のように、聞き取れない台詞に出くわすたびに再生と停止を繰り返す。
 いくつ目かの信号待ちでふと気付いた。

 クリアシールドだとミニスカートの女の子の脚を安心してジロジロ眺められませんね。
 

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by tigersteamer | 2010-10-06 19:57 | オートバイ

百年の恋

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 何に書いてあったのか忘れたが、『昔食ったカツ丼と初めての女』とかいう下世話な例えがある。焦がれるほど大したものではない、というのがそのココロだそうだ。納得できるような、できないような・・・。
 昨日は、昼食にラーメンを食べた。無論、朝食は抜いて、夕食も軽めにする覚悟でだ。近所にできたラーメン屋が気になって仕方がなかった。休みの度に行列ができているから、きっと美味いに違いない。
 無類のラーメン好きで鳴らした僕が、ダイエットにあたってきっぱりと断ってから半年が経った。その間、どれほど恋い焦がれたことか。コッテリとしたスープ、コシのある麺、とろけるようなチャーシュー。誇張ではなく、本当に夢にまで見た。

 さて、お味の方はどうだったかと言えば、さしずめ可もなく不可もなくといったところか。細麺によく絡むこってり目のスープ、確かに悪くはないけれど、それだけでは弱い。ウェブ上の評価は上々だったから、単に好みの問題かもしれないが、肩透かしを食らったような気がした。
 百年の恋はしらじらと冷め、おまけに胸焼けのオマケ付きときた。『昔食ったカツ丼と初めての女、ついでにダイエット明けのラーメン』と安易に付け足せば、少しニュアンスが違ってしまうかもしれない。忍ぶる恋もいいけれど、あんまりご無沙汰が過ぎると、相手の心は離れていってしまう。ついでに、手痛いしっぺ返しにも御用心。と、鳩尾に肘鉄を食らったようなムカつきを感じつつ、知ったようなことを言ってみたり。
 

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by tigersteamer | 2010-10-03 06:14 | 食べ物一般