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カツ丼とカツ重

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 まずは、カツ丼とカツ重に対する認識を改めて欲しい。先ほど、インターネットで二つの違いについて調べてみた。どこのサイトも記述に大差はなく、概ね容器の違いだけで中身は同じという考えのようだ。たしかに最大の違いは容器にあるのだけれど、それだけでは説明不足だ。なぜ器を変えなくてはならないのか、その理由がない。逆にいうなら、違う性質のものだからこそ、容器に差が生じるのだ。

 仕事帰りに、近所に新しくできたトンカツ屋に寄った。造作は海辺のコテージを模しているのに、店内は和洋折衷のファミレス風、調度品からはエスニックな香りがする。何を食わせる店なのか一見した限りではわかりにくい。建物自体はシンプルな作りなのに、どことなく軽薄な印象を受けるのは、きっと色のせいだ。濃いブルーと緑を満遍なくあしらった外壁は、夏が過ぎたらどうするんだと思わずツッコミを入れたくなる。ごちゃまぜなのに多国籍風と呼ぶにはそぐわない。そんなところも含めて、昨今ではごくごくありきたりの店だ。
 立地は、高級ではない住宅地を貫く片側一車線の国道沿い、最寄駅まで歩いて5分、民家と背中合わせで、ミスタードーナツとレンタルビデオ店に挟まれている。

 ご存じの通り、トンカツという食べ物は、定食系メニューの中では上位に位置する。天ぷら程のセレブリティは醸していないけれど、白身魚のフライや鶏の唐揚げよりは格上で、焼き肉とは双璧に位置する。ただし、扱う店によって質と価格設定はまちまちで、ステーキ並みの料金をとるところもあれば、ハムカツと見紛うばかりの低価格店もある。

 最初に店構えを見て値踏みしたのは、所持金が心許なかったからだ。ならば外食などしなければいいという指摘はさておいて、この店を諸々の要素から、良くて中の上ランクだと見極めた。
 ところが、いざテーブルに案内され、お品書きを開いてみて驚いた。予想していたよりずっと高かった。改めて周りを見回してみれば、普通なら料理の名前を貼り出しているあたりに「きなこ」だの「東京X」だの、豚肉のブランドがずらりと並んでいる。どうやら素材に重きを置いた店らしい。

 あらためて品書きに目を落とす。一応は選んでいるふりをしながら、しかし選択肢はひとつだ。「特上ロースカツ定食」やら「厳選ヒレカツ御膳」やらは、間違い探しクイズの間違いじゃない部分くらいの価値しかない。探し求めるは「カツ丼」、場合によっては「単品で」もくっつける。違いは味噌汁と漬物の有無で、店員の「単品はやってません」に阻まれるリスクはあるけれど、上手くすれば五十円くらいは削ることができる。
 ところが、この店には「カツ丼」がなかった。その代わり「カツ重」があった。なるほど、さり気なく高級感をアピールすることで、高価格を正当化したいわけだ。実にしゃらくさい。

 ここで冒頭の一行へ戻る。「カツ丼」と「カツ重」は違うものだ。思ったほどの値がついていないことに胸をなでおろしながらも、空きっ腹を抱えてすべてがどうでもよくなりつつあった僕を、目の前の「カツ重」は強引に揺さぶった。それは単なる重箱に入っただけの「カツ丼」だった。熱い汁がたっぷりと染み込んだ衣は早く食べないと千切れそうだし、柔らかめに炊かれた飯は半熟の卵とつゆに浸されて早くもお互いがくっつき始めている。湯気が溢れて鼻腔を刺激する。たしかに美味そうだ。今が食べどきなのには違いない。しかし、これは「カツ重」だ。もはや素材の良し悪しなど関係ない。

 重箱とは弁当箱である。通常は積み重ねて使用する。古来より、正月のおせちや行楽のお供に欠かせない。中に収める食物は日持ちのするものが多くなるが、単なる保存食ではない。用いられるのはハレの日であり、それだけに時間が経過しても美味しく食べられる一手間が必要となる。それは素材の吟味でもあるし、時間の経過と共に味を落とさない気配りと料理方法でもある。

 熱が冷めない内に食べることを前提にした「カツ丼」と、冷めてから食べることまで想定した「カツ重」。実際はここまで極端ではないし、カツ重にしろ作りたての方が美味しいのは間違いない。しかし、後者に高級なイメージを根付かせている所以は、味を保たせるために負ったデメリットと、それを補う、例えるなら松花堂弁当のような細やかな手間と気配りなのだ。
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by TigerSteamer | 2010-09-09 05:04 | 食べ物一般