三瀬峠の呼び声

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 職場で書類仕事に精を出しながら、女性職員の井戸端会議を聞くとはなしに聞いていたら、三瀬峠のことが話題に上っていた。とっ散らかりがちになる会話を纏めて要点だけを抜き出すと、こういうことらしい。屋根に花壇のある店があって、そこのパンがとても美味しい。天然酵母を使用しているらしい。他にはピザなどの軽食が揃っており、買ったものは店内で食べることができる。お店は設計からすべて手作りで、とても味がある。優しそうな奥さんとは対照的に、店主はホームレスのようで一見とっつきにくいが、実はとても親切で人好きのする人物だ。
 右に左に蛇行する話を追いかけるうちに、仕事の方はすっかりお留守になっていた。どっと疲れた。

 普段なら気にも留めないのだけれど、三瀬峠とあっては聞き流すこともできない。あそこらへん一帯はオートバイで散々走り回ったけれど、そんな店があることは露ほども知らなかった。もっとも、ここ1年ほどは御無沙汰していたから、ひょっとすると新しくできたのかもしれない。屋根の上に花壇があるというのも想像しにくい。先日亡くなった作家の赤瀬川原平氏は、自宅の屋根にニラを植えていたそうだ。うろ覚えだけれど、新聞か何かで写真を見たことがある。瓦の間にビッチリと繁殖したペンペン草をイメージしかけて、慌てて頭の中から追い払った。女どもが騒ぐからには、そんな地味な見た目ではないはずだ。色とりどりの花が咲き乱れ、チョウチョが舞い飛んでいるに違いない。
 幸いにも、次の日曜日は何も予定が入っていなかった。ここ数日の冷え込みから考えて、早晩にも道路が凍結することは目に見えていた。ツーリングがてら探しに行くなら今しかない。

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 ひと口に三瀬と言っても馬鹿にできない広さがある。屋根の上に花壇があること以外、店の名前すらわからないわけだ。てっきり難航すると思っていたのだけれど、拍子抜けするほどあっさり見つかった。名を「屋根に花壇のある店」という。そのまんまだ。佐賀市三瀬村と聞いていたけれど、正確には限りなく佐賀に近い福岡市内だった。おまけに、ここには何度か来たことがあった。なぜ記憶に残らなかったのかといえば、いつも閉まっていたからだ。土日のみの営業らしい。今年の春に配置換えがあるまで、業務の内容から日曜日に休みが貰えなかった。僕の場合、お店の印象は食べた物と直結しているから、うまくタグ付けができていなかったのだ。

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 時節柄、花壇というよりは手入れを怠った芝生のようだった。曇天とあいまって寒々しい印象を受けたものの、店内は薪ストーブが燃え盛っていて、自然志向を基調としたログハウス風の造りが、目にも体にも心地良かった。店主は山小屋の主人といった雰囲気の優しげな男性で、ホームレスに例えた同僚の無礼を心の中で詫びた。ただし、パンもピザも話どおりの美味しさだったから、店主の代わりに許してやることにした。なんにせよ、お気に入りの店が一軒増えたことだけは間違いない。

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 木造りの椅子に根を生やしてしまいそうな尻を、気合いとともに引き剥がして店を後にした。吐く息が白い。せいぜい10分かそこらの滞在時間だったから、気温は来た時と大して変わりないのだけれど、温かいピザとコーヒーが奇妙な里心を植え付けてしまい、なかなかに去り難かった。オーナー夫婦の息子になったような気持ちで、山小屋でパンを焼いて暮らす人生を夢想していた。
 ふとした折に、田舎暮らしに憧れている自分に気付いて、恥ずかしいような、後ろめたいような気分になることがある。それが現実逃避であることは、自分が一番よく知っている。都会で生まれ育った僕には、自然の中で生活する苦労がわからない。だから余計に近くて遠い異国のことのように映るのだ。

 まだ日が高かった。回れ右して帰途につくのは物足りないので、そのまま県境を越え、吉野ヶ里経由で帰ることにした。

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 福岡側から国道263号線を佐賀方面に進み、三瀬有料道路の手前で旧三瀬峠へと逸れる。昔から難所と呼ばれていた曲がりくねった山道を抜けると、左手に今にも崩れ落ちそうな荒屋がある。ここにはかつて「寺子屋 誠典寺」というお寺があった。山奥の破れ寺だから、本業の仏事だけでは経営が成り立たなかったのか、あるいは檀家を抱えていなかったのかもしれない。縁むすびという小さなおむすびと、福岡界隈では珍しい鶏ガラで出汁をとったラーメンを販売していた。誠典寺はまた、ちょっとしたツーリングスポットとしても知られていた。僕も何度か来たことがある。オートバイ好きの住職が、ライダー限定で無料のコーヒーを振舞ったり、バイク雑誌とのタイアップでイベントを催したりしていた。
 と言っても、繁盛していた様子はない。ライダー相手の商売などそんなものだろう。数年前に休業と移転の告知をして、それっきりだ。どこかで営業を再開したような噂は聞かない。

 その誠典寺が、建物はそのままアンティークショップに挿げ替わっていた。外観は大きく変わってはいないはずなのに、店構えを見た途端に通じるものがあった。ふらふらと誘われるように入り口の戸をくぐった。

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 狭い店内には小物がひしめいていた。アンティークと言うよりはガラクタだ。とても売り物にはなりそうもない、ごみ捨て場からかき集めてきたような商品の数々に胸が高鳴った。少年時代の抑圧された生活の反動なのかもしれない、僕はこのてのジャンク品を前にすると、時が経つのも忘れて見入ってしまうことがある。何に惹かれているのか、自分でもよくわからない。骨董品が好きなのではないと思うのだけれど、素養の欠片くらいはあるのかもしれない。

 入って右手の奥、ラーメンが売り物だった頃は漫画雑誌が並んでいたあたりに、シンガーの古ぼけた足踏みミシンが据えてあった。戦前に作られたものを祖母が持っていたから、それより新しいことだけは、なんとなくわかる。調度品としては使えそうもない、機能性だけの飾りげのないデザインだ。一般家庭向けではなく、縫製工場などで使われていたのかもしれない。

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 そのミシン台の上に、黒く塗られた弁当箱のような物が置いてあった。横にツマミがあるのだけれど、一見した限りでは何をする装置なのか、どこがどう連動しているのかわからない。店の主人に尋ねてみると、「これはアレよ、ほら、ドアノブの内側」と答えが返ってきた。
 ドアノブの内側! よりによってドアノブの! 思わず小躍りしてしまいそうな衝動を、ぐっと抑えた。間違いない、この店は本物だ。

 荷物を入れるスペースがないから、何も買うまいと決めていたのに、気がつくと財布から小銭を取り出していた。七宝焼の丸い球体が2つ、振るとフヨンフヨンと不思議な音がする。表面に描かれているのは象だ。ガネーシャだろうか。ドアノブの内側を売っているような店だから、たいして意味のある品ではないに違いない。しかし、単なる飾りでもないような気がする。後で調べたところによると健康器具の一種らしい。手で握ってクルクル回すのだそうだ。ますます意味がわからない。

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 月に一度、骨董品のオークションが開催されているそうだ。寺子屋がなくなったのが寂しくはあるけれど、これからは今まで以上に足繁く通ってしまうような、なんとなく嫌な予感がする。これをきっかけにズブズブとのめり込んで散財することになりませんように。
 

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by TigerSteamer | 2014-12-14 23:58 | ツーリング | Comments(0)
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