2013年 07月 07日
真昼の決闘
昼過ぎに夜勤から帰ってきまして、自室で寛ぎながら、夜まで一眠りするかなぁと煙草の箱に手を伸ばして、仕事からの帰り道に吸ったのが最後の一本だったことに気がつきました。
我慢ができないほどの禁断症状がでていたわけでなし、そのまま寝てしまえばよかったのですが、部屋着に着替える前だったので、そのまま買いに出ることにしたのです。財布を尻のポケットに捩じ込んで、サンダルをつっかけて玄関を出た途端・・・
「キサン、いつ持ってくるとや」
「だまっとったらわからんめェが」
「・・・・・・」
「大きい声で言わんや、聞こえんめェが」
凍りつきました。
バックには低いエンジンのアイドリング音。この音は自動車のものじゃありません。オートバイです。二気筒かな。それも一台じゃありません。他のものも混ざって聞こえますので、正確な台数はわかりません。
おっかなびっくり、こっそり生垣の隙間から覗いてみます。
うわ~、暴走族です。いや違うかも。どちらにしろ大した違いはありません。なんだってこんな真昼間から。すかさず泣きが入ります。こんな閑静な住宅街の中にまで入ってくるんじゃねえよ。このくされヤンキーが! 角度の加減ではっきりとはわからないのですが、どうやら数人が一人を囲んでいるようす。詰問口調です。
流行の少年犯罪でしょうか。カツアゲかな? 三人の見るからにキレやすそうな高校生くらいの少年に囲まれて、これもまたパッと見同様に思える少年がちぢこまっています。仲間割れでしょうか。暴力は振るわれていないようですが、時間の問題かもしれません。
可哀想だとは思いましたが、なにせ眠いし、割って入って僕が殴られるのはシャレになりませんし、電話で警察に通報するのは単純に面倒臭い。隠れて立ち去るのを待つのはさらに面倒臭い。という具合に、思いつく限りの言い訳を用意して、スルーすることにしました。
幸い、彼らが争っているのは我が家の表通りに面した門扉の前ではなく、どちらかと言えば道一本挟んだ隣家に近い辺りなので、このまま門扉から外に出て、彼らに背を向けて逆方向に歩けば、何ら問題なくやり過ごすことができそうです。
何食わぬ顔をしながら、且つドキドキオドオドしているのを見抜かれないように胸を張って。さらに、できることなら彼らの視界に入らないようにと心がけつつ歩き出します・・・大丈夫でした。
近所のコンビニで煙草とオニギリ、氷菓子を購入し、雑誌数冊を立ち読みしてから自宅へ。家を出てから、かるく三十分は経ちました。二十数年来の愛読誌である週刊プレイボーイの巻頭グラビアを眺めるにあたっては、彼らのことなど殆ど忘れかけてましたが、いいかげん立ち去ったでしょう。念のため、少し遠回りして来た時と同じ道を通って帰ります。最後のホームストレートへと続く角を曲がった途端・・・
・・・まだいました。いいかげんしつこいな。
進行方向上、背中を向けて歩くわけにはいきませんから、顔はしっかり前を向いて、視線は心持ち下向きに無用な刺激を避けつつ歩きます。近所の主婦が、エプロン姿で遠巻きに眺めています。いいから早く通報しろよ。
正直なところ、家の前まで辿り着いた時はホッとしましたが、門扉をくぐってふと見やった瞬間、彼らの一人が手にしているものが目に入って足が止まりました。
一気にアドレナリンが沸騰しました。門扉を叩きつけた音に反応して、彼らの視線がこちらに集中しました。不意をつかれたんでしょうか、剣呑な空気は消し飛んだようでしたが、なんといっても多勢を嵩に着ている状況ですから、身構える様子はなく、それがかえって僥倖でした。その場に立ち尽くしている彼らにツカツカと歩み寄り、そのうち一人が手持ち無沙汰に振り回していた物を問答無用で奪い取りました。
「これはなあ、てめえらが手にしていいようなものじゃねえんだよ!」
・・・と言えたら褒めてやってもよかったのですが、正確に言えたのは「これ」まででした。自分の声の、あまりの裏返りっぷりに驚き、おまけに少し震えてもいましたので、最後までつっかえずに言い切れるか心配になったのです。我ながら溜め息がでるようなヘタレっぷりですが、普段大声を張り上げることなど殆どありませんし、暴力とは縁遠い生活を送っていますので、いざとなるとこんなものです。
家の中に戻って、念のためにおそるおそる傘をもう一度確認します。というのも、過去にこれと同じケースで殴り合いの喧嘩に発展した挙句、僕の勘違いだったという非常にイタい失敗をしたことがあるのです。大丈夫、間違いありません。
祖母の部屋を覗くと、彼女はちょうど昼寝の時間帯でした。気持ちよさそうに寝息を立てています。大切な物を盗られるような場所に置いておくなと、一言注意を促そうかと思ったのですが、まあいいか、幸せそうですし。