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大根おろしの美味しい食べ方

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 先日、知人の男性宅に一泊したときのことだ。

 相手が独り暮らしであれば比較的気も楽なのだけれど、その男性は結婚して一年経たぬほどの、まだ新婚と言ってもいい家庭を持っていた。僕より四つ年上であることだけが唯一の救いだった。彼と同い年の奥さんは非常によくできた人で、突然だったにもかかわらず、嫌な顔一つせず迎えてくれた。これが最近のうら若いカップルだったならば、いくら熱心に勧められようと、駅のベンチで夜明かししたほうがずっと気が休まる。

 しかし、居心地が悪いことには違いない。どこぞに箒が逆向きに立てかけていないかと、戦々恐々とした心持ちだった。聞けば共働きとのこと、出勤前のあわただしい時間を邪魔するのは気がひける。あすの朝は極力長居せずに、起床と共に帰宅の途につこう、などと思って身構えていた。ところが、一晩明けて目が覚めたら夫婦は二人とも既に起きていて、出かける準備まで整えていた。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
 慌てて身支度を整えているところに知人が顔を覗かせて、これから朝食なので一緒にどうかと言う。せっかく丁寧にもてなしてもらったのに、逃げるように暇を告げるのは逆に失礼のような気がする。ありがたくいただきますと答えて、食卓についた。

 朝食は、大根おろしと納豆にゆでたまご、それにカボチャの味噌汁だった。既にスーツ姿に着替えた奥さんが、茶碗にご飯をよそいながら申し訳なさげに言った。
「何の用意もしていないもので、大したものはできませんが」
 ますます肩身が狭い。
「納豆、お嫌いじゃありませんか?」
 反射的に答えた。
「とんでもない、大好物です」
 決して気を遣ったわけではない。我が家では毎日、朝は納豆を食う。独り暮らしをしていた頃は、納豆のトッピングに凝ったこともあった。梅干を叩いてペースト状にしたものを混ぜたり、海苔の佃煮を入れたり、これが結構楽しい。食べ方を人に尋ねて、片っ端から試してみた。その家ごとに方法はまちまちで、醤油もカラシも入れずに、味噌だけで味をつけるという情報を半信半疑で試したら、それがえもいわれぬ美味さだったりもした。身近な食材だけに、新たな食べ方を発見した時の喜びも大きい。
「こんなに美味しいのに、嫌いな人の気が知れないよね」
 知人が言った。まったくもって同感だ。好き嫌いとは関係なく、アレルギーが原因で何それが食べられないなどという人がいるが、それより納豆が苦手なほうがずっと気の毒に思える。

 早速、納豆の小鉢を手にとって、箸でぐるぐるかき混ぜた。納豆はまぜればまぜるほど美味しくなるのだ。あのグルメの大家、北大路魯山人先生がそう言っていたのだから間違いない。僕は魯山人についてはあまり詳しくないのだけれど、納豆が好きならきっと悪い奴ではないに違いない。そういえば、砂糖を入れると美味だとも言っていて、昔試したことがある。なんとも曰く言いがたい味だった。だからきっと、賢い奴ではないような気がする。

 鏡を見なくてもわかるくらいの満面の笑みを浮かべながら、猿のひとつ覚えのように箸を動かしつつ、ふと隣のご主人の手元を見た。そして驚いた。納豆に大根おろしをかけていた。その上から醤油をたらして、ほとんど混ぜずに食べている。ご飯の上に乗せすらしない。
 それは違うだろと、思わず口にしそうになった。納豆はねばねばしているからこそ美味いのだ。大根おろしをかけたら、肝心の粘り気が消えてしまう。ひょっとして、納豆の糸をひくのが苦手で、わざとこういう食べ方をしているのではないか。ならばなおのこと、「嫌いな人の気が知れないよね」などと言う資格はない。それは苦手で食べられないのと同じだ。

 いっそこの場で指摘して懇々と説き伏せてもよかったのだけれど、やめておいた。食べ方は人それぞれだ。そんなことでむきになるほど子供ではない。それに、悠長に会話などを楽しんでいる場合でもない。すっかり忘れていたけれど、今は出勤前の慌ただしい時間帯であるはずで、僕は一宿一飯の恩義を感じるべき居候だ。そこで、一計を案じた。僕も真似して大根おろしを混ぜてみることにした。美味ければよし、口にあわなければその時は、知人に似非納豆好きのレッテルを貼るだけだ。煮えきらぬ気持ちをうやむやにするよりはずっといい。
 そう思ってやってみたのだけれど、これが拍子抜けするほどに美味かった。しゃりしゃりした大根の繊維が、ねっとりとした納豆に絡んで意外な口ざわりのよさを生んでいる。粘り気が薄れるといっても、完全に失せてしまうほどではなく、むしろ後味のさっぱりとしているところがいい。これは美味い、と素直に思った。ひいた糸が着衣を汚す心配もない。まったく、四の五の言う前にやってみるものだ。

 そんなわけで、以後納豆のことには一切触れずに知人宅を後にしたのだけれど、なにかこう奥歯にものの挟まったような気分が拭えない。美味いのはわかった。百歩譲って、これもありだと認めよう。しかし、納豆の食い方としてはいかがなものか。やはり、ネバネバこそが命と信じる僕にしてみれば、断固として認めたくはない。むしろ、大根おろしの美味しい食べ方としてカテゴライズしたい気分なのである。

by tigersteamer | 2011-06-16 00:07 | 食べ物一般 | Comments(0)